世界に認められない者たちへ

@tamakki

第1話 すべての始まり

 生まれながらに不平等。命の価値が全てを決める世界。


 始めから虐げられる側として生まれたものに何ができるのだろうか。


 そんな苦悩は当たり前。口にするまでもない暗黙の了解として誰もが心の中に抱いている疑問、葛藤、不安、絶望。


 これはそれに抗う者たちの物語。


 彼らは絶望の果てをまだ知らない。





 この不可解な事件は少年院で起こった。


 少年院に収監されていた少年が一人の少女を相手に殺害未遂事件を起こした。


 よくあるのはランキング弱者が強者を妬んだ、あるいは強者が妬まれたからという動機。しかし、今回の事件はランキング弱者同士だった。しかも前日まで仲が良好だったようだ。


 少年は精神的におかしく、とても話を聞ける状態ではなかった。


 動機は不明だったが、少年は殺人の前科があり、証拠も十分そろっていたため、犯行は確実と言える。


 少年はアルビノという生まれながらにしてのランキング弱者であり、擁護する意見もある一方で、人の心がないと批判する意見が大多数を占めた。


 事件の全貌解明を期待している。





《少年》

 僕は気づいたら知らない部屋にいた。どうやら少年院と呼ばれている場所に連れてこられたらしい。


 僕は少年院に行く前の記憶がなかった。


 知らない人が何回も来た。


「お前は……の時、何をしていた?」

「お前はなぜ……をしたんだ?」

「本当にお前は……なのか?」


 頭がボーっとしていて、何を言っているのか分からなかったが、何も覚えていないので全部分からないと答えた。


 そう言うと大きなため息をついてその人は去っていった。


 分かったことは、ただ僕は何か悪いことをしたらしく、その罰として少年院にいなきゃいけなくなったらしい。


 僕が一体何をしたのかは教えてくれなかった。反省しろ? 何したか分からないのに反省どうのこうの言うのは意味が分からなかった。


 何もわからないまま

「お前が今日から住む部屋はここだ」

 と言われて部屋に入れられた。


 ここに来る前僕はどこに住んでいたんだろう。僕は何をしてここに入れられたんだろう。本当に意味がわからなくて、頭おかしくなりそうで、トイレに吐いた。最高に気分が悪い。


 とりあえず怖かった。何も知らないのが。何をすればいいのか分からないまま、一週間が過ぎようとしていた。


 誰かが部屋に入ってきた。


「移動だ。荷物全部持ってこっちこい。おい、聞いているか?」


 僕は唐突の光に目をチカチカさせながら、一体何が起こっているのか把握しようとしていた。


「荷物全部まとめてこっち来いって言ってるんだ。早くしろ。ボケっとするな」


 数少ない荷物が入った鞄を片手に少し夢を見ているような気持ちで後をついていく。ほとんど眠れていなかった。


「全くなんでこれを連れていかなきゃいけないんだ」


 そう言う看守の顔は少し強張っていた。めんどくさがっているというよりは、少し何かを恐れているような様子だった。


「ほら、着いたぞ」


 促されるがままに扉を開けると、そこには二つのベッドと一人の少女がいた。


 その少女はこちらを見ると少し首をかしげて言った


「私は梨央。あなたの名前は?」


 



 《梨央》

 先日、ルームメイトが少年院を出所した。


 清々した気持ちだった。その人といい思い出なんてみじんもなかったから。さっさとどっかへ行ってほしいと思っていたので好都合だった。


 もうこれで終わりと思ったらまた新しい人が私の部屋に来るらしい。今度は男の人じゃないといいな。


 そんな期待はあっさり裏切られ、今日普通に男の子が来た。いくら私たちに人としての価値がないにしても、プライベートを守りたいと言うのはわがままなのだろうか。また男女での同居生活が始まるとなると憂鬱だ。


 その子はとにかく白かった。肌も毛も目もまるで漂白されたようだった。作業着の汚れが異常に目立つ。こういうのなんて言うんだっけ? アルビノ? でも遺伝子的に欠陥がある個体に高いランキングがつけられる訳がない。この子に少しだけ同情した。


 この子を案内した看守はそそくさと出ていった。


 本当は子供同士で話すのは禁止されている。でも、この子のことが少し気になって質問した。


「私は梨央。君の名前は?」

「名前? 僕記憶がなくてわからない」


 ん? 記憶がない? それでも自分の名前くらいは覚えているものじゃない? そもそも看守から教わっていないの?


 疑問符が私の頭を埋め尽くしたが、困っているようだったので質問攻めはあとにすることにした。


「一応ルームメイトだからこれからよろしく」


 そう言って手を差し出す。そうしたら男の子は泣き出してしまった。え? なんか悪いことした? どう対処しようか困っていると


「ごめん。こんなにやさしくされたのは初めてだから」


 優しくしたつもりはないんだけどなぁ……。まぁ悪い気はしなかった。


「分からないことがあったら何でも言ってね」


 そうは言ったものの、まさか一から十まで聞いてくるとは思わなかった。


「少年院ってどんなところなの?」

「名義上は更生する場所じゃない?」

「なんで僕は少年院に入れられたの?」

「私が知っていると思う? こっちが聞きたいくらい」

「梨央はなんで入れられているの?」

「デリカシーってわかる? 嫌われるよ」

「明日から何するの?」

「社会の役に立てって仕事をさせられるの。私たちランキング弱者でもできる単純作業」

「ランキングって何?」


 その一言でついに呆れてしまった。


「もうそれ少年院どうのこうのというより、常識がないじゃん」

「そうなの?」

「はぁ~」


 もうこの少年に常識を求めるのはやめることにしよう。


「ランキングっていうのは命の価値を順位付けしたものだよ。その人の命は日本で何番目に大切にされるべきかがわかるもの。これ知らない人なんて見たことないわ」

「なにそれ? 人に優先順位をつけるってこと?」

「始まりはトロッコ問題だと言われている。知ってる?って知ってるわけないか」

「ばかにしてる?」

「制御不能のトロッコはこのままだと五人をひき殺してしまう。でもスイッチを押せばトロッコの線路が切り替わり、五人は助かるが別の人一人がひき殺されてしまう。スイッチを押す?」

「単純に考えれば一人より五人のほうが助かる人数が多いからスイッチ押したほうがいいんじゃない?」

「じゃ例えば、五人のほうは救いようがない犯罪者で、一人のほうは将来有望な天才少年だったとしたら?」

「.……つまり君が言いたいのは、そうゆう場合命の価値を基準にして決めるべきじゃないかということ?」

「それがランキングができた大雑把な理由ってことね。ただ勘違いしないでほしいのは私は必ずしもこの制度に賛成じゃないってこと」


 ランキングの話をしてたら思い出したくない過去まで思い出してしまった。


「私今日もう寝る。カーテン閉めるからこっち側絶対入るな」


 そう言って勢いよくカーテンを閉めて寝た。







 《少年》

 次の朝、僕は7時に起きて仕事に参加した。梨央さんに教えてもらったおかげで、大体何をすればいいのかわかっていた。本当に感謝しかない。


 梨央さんは意外と丁寧に教えてくれる人だった。初めは面倒くさそうにするけど。


 落ち着いて歩いて、作業場に入る。たくさんの院生たちがそれぞれの持ち場に向かって足を機械的に動かしている。全員が持ち場に着いたところで作業開始の笛が鳴り響いた。


 一定の間隔で鳴り響く機械音は頭をぼーっとさせる。必要以上に明るい照明の光は、僕の全てを照らしてさらけ出しているように感じた。


 あきれるような単純作業だった。何かよくわからないパーツを言われたとおりにつなげるだけ。最終的に車になるとか想像できない。


 一時間も続ければ考えずとも手が勝手に動くようになっていた。


 何も考えずにできるから、何か別のことを考えなければいけなかった。これからのことや梨央さんのこと、そして自分の過去。


 重々しい空気が施設内を満たす。周りの人を見ても全員絶望に浸っている様子だった。昨日梨央さんから聞いたのだがここの少年院はランキング十億位以下の人が集まっているらしい。だから人としての最低限の権利すら無視される場合がある。


 例えば普通の少年院であれば男女それぞれの施設があり、部屋が一緒になることはおろか、一緒に働くことさえない。現代の日本の総人口は約十億六千万人。十億位以下でかつ年齢が若い子なんてごく少数だ。そのためにわざわざ二つ施設を造ることはばかげているらしかった。


 ここにいる全員が過度なランキング弱者なのだ。


 そうこう考えているうちに、長かったようで短かったような三時間の労働は終わり、昼休憩に入った。




 昼休憩中、僕と梨央は呼び出された。どうやら部屋で話していたのがばれていたらしい。


「院生同士私語で話すのは禁止事項だ。今回は厳重注意にしておくが、次からは罰があるので慎むように」


 そう言って看守が去っていった。梨央は振り返ってまじまじと僕を見る。


「注意で終わるなんて珍しい。こんなこと一度もなかったよ。体罰とかでもおかしくない」


 注意された後すぐに私語で話す梨央がおかしくて、笑ってしまった。




 午後は授業を受ける。あくまで更生を目的とした施設だからだ。だが、教師のやる気は皆無。ほぼ全員寝ていて、まるで睡眠の時間だ。


 僕は一応ちゃんと聞いたが、教師の活舌が悪すぎて何を言っているのか分からなかった。汚い文字で汚い黒板が埋め尽くされる。多分消すということを知らない。


 教師の声はほぼBGMだ。歌の歌詞が聞き取れないように、教師の声も理解不能。


 次からは寝ようと思った。


 梨央は隣で小さく寝息を立てながら寝ていた。現実と相反して、幸せそうに寝る様子に少しドキッとする自分がいた。


 部屋に戻る。梨央は看守に見つからずに話す方法を伝えてくれた。その名も糸電話作戦。プライバシー上、カーテンの内側には防犯カメラはない。ただカーテンの外側には防犯カメラが付いていて、大声で話すと録音されてしまう。しかし、糸電話の糸を発見できるほどカメラの画質はよくないらしい。この方法が一番安全なのだという。


 まるで子供同士の遊びのようだ。


「お風呂とかないの?」

「お風呂はあるにはあるけどお勧めしない」

「なんで?」

「プライバシー上防犯カメラがないから、暴動とかが起きやすい」


 それでも、少なくとも一週間以上お風呂に入っていないので試しに行ってくることにした。


 お風呂はさすがに男女別だった。決して期待していたわけではないが。僕は着替えて風呂の中に入る。


 大浴場というほどは広くなかったが、思っていたより広かった。みんな体がごつい。タトゥーが入っている人もいる。色々な意味で暑苦しい空間だった。


 髪を洗っていた時に話しかけられた。

「おい、お前見ない顔だな。新人か。ランキングを見せろ」

 目がふさがっていて誰なのか分からなかった。なんか左手をいじくられた。

「ランキングは……は? こいつボーダーじゃねーか」


 その瞬間風呂内がざわついた。ボーダー? 何のことかさっぱりわからない。水で髪を流して周りを見渡すと、さっきまで話しかけていた人らしきものは見つからなかった。周りの人も目を合わせようとしてくれない。結局気まずいまま風呂を出た。


 部屋に帰ってこのことを梨央に話した。


「ボ、ボ、ボーダー? あんたが? 今すぐランキング確認して」

「ランキングってどうやって確認するの?」

「左首にあるチップのボタンを押して」


 言われたとおりに押すと空中に数字が浮かんできた。


「十億五千九百万位」


 僕のランキングはこれ? 低いっていうかほぼ最下位。

「ランキングは百万ごとに分けて表示されるんだけど、一番低い順位――つまり十億五千九百万位はボーダーと呼ばれてるの。どうやったらそんな順位になるの?」


 僕が聞きたい。僕はいったい何をしたんだ。梨央は呆れたような、怯えるような声音で言った。


「私は十億百万位。この順位高齢者も入るから若いだけでそんなに低くならないはずなのに。いくらアルビノでも普通に生活していたらそんな順位にはならない」


「アルビノ?」

「君の肌とか目とか白いじゃん。先天的なものだったらアルビノだよ?」


 そっか、僕はアルビノだった。なんで忘れていたのだろう。


 梨央とは少し気まずい会話が続いた。そしてまた朝が訪れる。


 梨央は僕を怖がっているのだろうか。





 《梨央》

 昨日、少年がボーダーだと発覚してからずっと彼のことを考えていた。


 本当に信用していいのかという疑問。記憶喪失のふりをしているのではないかという疑問。彼は過去何をしたのかという疑問。


 疑問は不信に変わり、不信は恐怖に変わり、恐怖は表情にでる。恐らく少年もそれに薄々気づいているのではないかと思う。


 それでも私にやさしく接してくれるのは私を慕っているからか、それとも……私をだまそうとしているからか。


 だまして何をしようとしているのかは分からない。でもボーダーというだけで様々な可能性が頭の中をよぎる。


 昨日、看守が私たちの部屋の会話について注意までしかしなかった理由は今になって分かった。きっと少年が怖いのだ。少年が初めて部屋に来た時を思い出す。看守は少年を連れてきたら、すぐに出て行ってしまった。唇を震わせて。きっとそういうことだったのだ。


 でも、だからこそ、本当に騙すのだったら自分がボーダーだということを自分から言うだろうか。こんなに不信感を持っていて大丈夫なのか。


 ……わからない。それが一番怖い。


 気づいたら朝になっていた。全く眠れなかった。最悪だ。でも結論は着いた。心の中の不安を全部押し殺して口を開く。


「少年、君の記憶を取り戻そう。」


 私はまだ、少年を信じたかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る