片目の中の君へ

くろーばー

あなたのために

第0話:エンディング

 私はこの世で最も尊敬された魔道士、ユアン。

 御年67歳。人間の割には長生きした方だろうな…死も近いと感じている。


 思い残した事がある。過去のものもあれば、最期に残してしまった研究もある。


「ああ、転生できるものならしたいな…次の人生は剣でも習ってみようか…はっは…」


「転生なんて…そんな人生に飽きた人が言うような言葉言わないでくださいユアン様…それで、体の調子はどうですか?」


 彼女は私が雇っている、ゼリアという女性だ。年齢は10歳後半。詳しくは聞いていないが、多分その辺だろう…


「ああ、そこまで悪くない。私の死も近いとあなたも感じているでしょう?

何かどうこう思わせる訳ではないですが、私はあなたに遺産の1割を預けると言う契約であなたに介護をお願いしました。遺産の残りは家族に…あなたにとって私は早く死んでもらうほうが都合が良いでしょう?」


「ユアン様に雇ってもらって早3年…かなり仲良くなったと私自身感じてはいましたが、まだまだのようですね。それにまだ名前で呼んでもらっておりませんし」


「…私があなたを雇った理由を覚えていますか?」


「ユアン様の遺産が欲しいと」


「そう、安直で素直なその言葉に惹かれた。他の奴らは、”介護学校を出た“、“遺産はいらないのであなたを精一杯介護させて欲しい”、“あなたから魔法を教わりたい”そんな言葉がうざったらしくて仕方がなかった」


「そう言うと私も同じでは?」


「いいや、違う。自己誇示、肩書きが欲しい、力が欲しい、人間の本能としては正しいけれど、余りにも陰湿すぎる。

 言葉とは恐ろしいものだ。例えば嘘をつけばそれだけで相手の人生を変えるにまで影響を与えてしまう。

 正しいことを言ったとしても、相手によってはそのまま潰してしまうかも知れないし、逆に潰されてしまう可能性すらある

 だから、“遺産が欲しい”その率直な言葉が嬉しかった。それに君を雇って本当に良かったよ」


「お世辞は結構です。早く遺産が欲しいので早く死んでください…」



 ◆◆◆3年前◆◆◆



 世界最強の魔道士ユアンの体調よくないらしい。報酬は遺産の1割。

仕事の内容は、ユアンの介護。ユアンの遺産ともなれば、ものすごい量の大金になるに違いない。ゼリアはこの期を逃すわけには行かなかった。

 そんな風の噂を聞いて、私は親にバレないように応募した。


「次の方どうぞ」


「ゼリアですよろしくお願いします」


「志望動機は?」


「遺産が欲しいので応募した次第です」


 虚無を見ていたユアンの目がこちらに向いた。

なにか希望に満ちたような目を向けられる。部屋に入ったときは虚ろでなんにも興味関心がないような目をしていた。


「確かに遺産を1割渡すとは書きましたが、あまりにも失礼です。ユアン様の名誉を汚すよう感じ取りました。御退出下さい」


「いや、待て。最後まで面接させろ」


「!?…分かりました。先ほどは失礼いたしました。面接を続けさせてもらいます。」


 そこからは謎の緊張もあったが、すんなり面接が進んだ。出来ることを話し、生まれなどを聞かれた。

 面接官からの嫌がらせで、ゼリアのみすぼらしい見た目からどこで育ってきたのか、どうやって生きてきたのか、どんな親なのかなど面接には関係のないことばかり聞かれた。

 面接官視点からしても、こんな人を採用するなんて嫌だから自主退場するように促していたんだろう。


「面接は終了です。現時点では不g…」


「合格だ。今日から早速お願いしてもいいか?」


「ユアン様!?面接でも聞いたでしょう?彼女の生まれ、生い立ちを…」


「何か不満でも?」


「いいえ、ユアン様がそうおっしゃるなら…」


「残りの受けにきた者たちに全員不合格だと伝えろ。では付いて来なさい。仕事内容を話す。」


 面接前の顔と今の顔では全く違う。ものすごく嬉しそうだった。私だって嬉しい。こんな私を雇ってくれたんだから…


あとで採用した理由を聞いたが、逆にあの面接官の嫌がらせの質問がユアンの心に響いたみたい。

 でも何より、遺産が欲しいという素直な言葉に惹かれたみたい。理由はあまり聞けなかった。

 傍らから聞けば早く死んでというように聞こえるが、ゼリアにとってそんな気持ちがあったりなかったり。


 最初の一年は心配になるほど簡単だった。遺産目的で雇われた以上、かなりの激務を覚悟していたが、これだけで遺産を獲得できると言うなら得しかないと浮かれていた。


「―――ユアン様、朝食の準備ができました。早くしないと冷めてしまいます」


「―――ユアン様、部屋の掃除が終わりました」


「―――ユアン様、昼食の準備が…」


「―――ユアン様、夕飯の…」


「ありがとう。お疲れ様」


 言葉に寂しさがあるが、関係はこのくらい離れていたほうがこちらとしていても楽でいい。


「なあ、つくづく思うが敬語はやめて貰えないか?私としても疲れる。」


「いいえ、主従関係である以上、敬語はやめません。では逆にお願いしてもいいですか?冷たい返事や、命令口調をやめてほしいです。私も一人の人間です。多少のストレスはあります」


「わかった。じゃあこちらも敬語で話させてもらおうかな。」


「それとこれでは話が違うでしょう!?あくまで主従関係。ユーモアのある言葉で話してほしいということです。」


「だいぶ難しい難題をふっかけるじゃないか?んー…まあ、主従関係を利用して、”私は今後あなたに敬語を使って話す”としよう」


「!?……仕方ありません。ですが、過度な敬語はおやめください」


 一年が経つと、ユアン様の状態が悪くなった。腰が常に痛いらしく、車椅子を使った生活を強いられるようになった。私の生活には大きな支障は出なかった。だけどユアン様の苦しんでいる姿を見るとこちらとしても苦しくなる。


「ユアン様、朝食をお持ちしました。」


「ありがとう。申し訳ない、雇って多少の給料は支払っているとはいえ割にあっていないだろう?」


「いいえ、1年前から変わらない生活を続けられていて今の生活には慣れていますよ」


「それなら良かった。それと、今年でもう一年近くか…年を取ると月日が経つのは早いものよ…記念になにか欲しいものはあるか?」


「早く遺産が欲しいですね」


「早く死ねと?…っふ、あなたのことだ…毒を盛ってもいいのだぞ?」


「それだと、もらったとき罪悪感があって今後うまく生きていけませんよ。それに早く死ねだなんて思っていませんよ」


 だいたいこの頃からだろうか…心が開けてきたのは。


昔は”今日も介護か…”なんて思っていたけど今ではなんとも思わない。ただの友人。


正直、遺産なんてどうでも良くなってきた。ただただこの人と話していたい。死んでほしくないというのも本当だ。


 ユアン様と出会って2年が経った。


 ユアン様の体調はもっと悪化し、寝たきりになった。この頃から仕事の量が増え大変になってきた。


「すまないな…元気に死にたかったものだが、苦しんで死ぬ運命になったか…」


「そんな悲しいことは言わないでください、ユアン様。まだ回復の希望はあるのですから、早々諦めないでくださいよ。それに私の苦労も水の泡になるでしょう?」


「はっは、あなたは早く遺産が欲しいのでしょう?殺したら私はもう苦しまなくて済みますし、あなただって早く遺産が得られるお互い得なことでしょう?」


「そうですね。早く遺産が欲しいです。前にも行った通り私も人間ですし、殺人なんて相当頭のおかしい人じゃないとできません。罪悪感も押し寄せてくるので控えます。」


「嘘は良くないぞ?嘘は泥棒の始まりとも言うではないか?」


「こんなに元気で話せているなら、苦しんでいるわけではないでしょう?普通ならもっとだんまりしているはず。」


「イテテテ…あー腰が痛いなーーあー胸も痛いよー」


「本当の嘘つきはどちらでしょうかね?」


 ユアン様のスネを叩く。”痛い!!”といっていたが余裕そうなので、冷やすだけで済ました。



 ユアン様と出会って3年が経った。



 スネを叩いたのは今となってはいい思い出。今はそんなことしたら骨折もしかねない。今は殆ど寝たきり。1年前と変わっていないけれど、状態は悪化している。ユアン様も何かを察しているのか、とても親身になっている。


 ―――だから、“遺産が欲しい”その率直な言葉が嬉しかった。

 それに君を雇って本当に良かったよ―――


―――「お世辞は結構です。早く遺産が欲しいので早く死んでください…」


―――「嘘は良くないぞ?嘘は泥棒の始まりとも言うではないか?」―――


―――「本当の嘘つきはどちらでしょうかね?」―――


しかし、いざ死が近づいてくるとそれを受け止められるような気になれなかった。3年という長いようで短い期間ではあったが、ゼリア、ユアンともに思い出が残っている。

まだ関係性はギクシャクしているところもあるが、親友と呼んでもおかしくないというところまで来ていた。

それなのに、ゼリアにとっての最初で最後の親友になると、ユアンを失うことに感情を隠しきれない。



 (……ごめんなさい。本当の嘘つきは私です。早く死ねだなんて言ってごめんなさい。本当はもっと話したかった……あなたのことを知りたかった……もっと一緒にいたかった……遺産なんてもうどうだっていい……ユアン様と一緒に暮らしていたい…)




 ◆◆◆しかし、時間というものは

           ときに残酷◆◆◆




「ユアン様、おはようございます。朝食をお持ちしました。……?ほら早く起きてください!せっかくの朝食が冷めてしまいますよ?」


 いやだ!信じたくない!ユアン様起きてよ!あんなに一緒にいてくれたのに別れもなしなんて……

 まだ名前すら呼んでくれてないじゃない…


「ユアン様!いい加減起きないと…」


 魔法でどうにかしてよ!世界最強の魔道士なんでしょ?

 でも………そっと胸に手を当てた。浮き出た肋骨が手を通して伝わってきた。自分の胸にも手を当てた。なにか足りない。そう、なにかが足りない。ふと…


”自分のも止まっていればよかったのに……”




 その後は自暴自棄になった。作った朝食も食器ごと壊して、額から血が出るほど頭を打ち付けた。もうどうでもいい……




 あとの処理は早かった。すぐに葬式が行われ、遺産の話になった。

 幸い葬式には私も参加させてもらえることになった。


 葬式では親族みんな泣いていた。でも私は泣けなかった。あれだけ、仲良くして親友になったのに…


心の中に穴が空いていた。ユアンの死ともなれば泣けると思ってた。

だって、だって、あれだけ仲良くしてきたのに…

今は、ユアンが死んだことより、ユアンとの思い出が途切れたこと、この関係を続けられないことにただ呆然と立ち尽くしていた。



 とうとう、遺産の話になった。死ぬ前に遺書を残したようで、それに従って分配が行われた。


 私の手元には大金がある。解雇の手続きを済ませ、大きめのバッグに入れ、3年ぶりの家に帰った。


 本当は行く当てもなかった。実家へ帰るべきなのだろうか。


 だが、ユアン様が逝ってしまった今、私を知る者など他にいない。どんな形でもいい、ただ一人きりになりたくなかった。ユアン様との思い出を共有したかった。


 慰めなど期待していない。けれど、わずかな人の気配でもあれば、この胸の穴が埋まる気がした


 しかし、本来家がある場所に家がなかった。でももう何も驚かない……驚けない。私自身最底辺の庶民の生まれ、いづれかは奴隷に売られると思っていた。両親もクズと言うにはもったいないくらいのゴミだった。私は親の遊び半分で生まれた子供。望まれていなかった。だから私は、早くこの家から出ていきたいと心に誓っていた。だから家族に愛着なんてものはない。


「ユアン様……」


 いや、これ以上考えても苦しいだけ……もう何も考えたくない。


 私は、もらった遺産をユアン家に返して―――した。


 

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