@IO0728

第1話

ある日、ある少女が亡くなったというニュースが流れてきた。

その少女の名前は、石澤翡翠。僕が好意を抱いている相手だ。

そのニュースを耳にした僕は唖然としてしまった。好意を抱いていた相手が死んでしまったのだ。当然の反応と言える。死因は、自殺。自ら死を選んだと報じられていた。

彼女は何故、そんなことを……?

それをいくら考えても、馬鹿な僕の脳みそは何も動いちゃくれなかった。

だから、僕は行動することにした。

僕の家には、代々伝わる伝統のような物があった。

そうの物の名は、「戻り時計」。

この時計に想いを込めることによって、過去に戻れるらしいのだ。

そんな話、僕は信じちゃいなかったし、今まで使おうともしてなかった。

けれど、今回だけはそんなものに縋った。

彼女を救うために。だから祈った。過去に戻れと。

…その瞬間だった。意識が落ちるような感覚に遭った。

そして、僕は目を覚ます。

「…うん?」

何が起きたんだ?僕は確か、戻り時計を手に持って、それで祈って……。

それで、意識を失った?

その瞬間、僕は現在の日付を確かめるために携帯を確認した。

確認してみると、その日は彼女が自殺する先日だということがわかった。

「っ、本物だ、戻り時計」

だったら、話は早い。早く石澤さんを見つけて、自殺を止めよう。

…けれど。夜になっても、彼女の姿を確認することはできなかった。

「どこに、いるんだよ……」

今日は休日であるため、学校はないから楓の居場所のアテが見つからない。

タイムリミットはもうない。きっと、彼女はもう既に自殺の道を選んでいる。

そうだ、僕は石澤さんが自殺したという情報を仕入れただけで、どこで自殺したかを把握しちゃいなかった。

それを理解した僕は、その日は戻り時計を使わずに、次の日を迎えることにした。

ニュースを見てみたところ、屋上から飛び降りて自殺したとのことだった。

「学校、だったのか……」

休日だったから、そこを確かめるのを忘れてしまっていた。だったら、明日はそこに向かおう。彼女が、その場所に来るまでに。そして、再び戻り時計を使う。戻り時計は、僕の想いに呼応するように、再びその能力を発動した。

「よし、昨日だ……」

この時計が、どのような原理で動いているか。そんなこと僕にはわからないし、そんなことどうだっていい。ただ、今はただ、石澤さんを救うことだけを考える。

そうして、僕は朝早くから学校に向かった。すると、すでにそこには彼女がいた。

「……石澤さん…」

「んなっ、どうしてここに?」

「そんなことどうだっていいでしょ。逆に石澤さんこそ、どうしてこんなところにいるの?」

「な、なんでもいいじゃん。君には関係のないことでしょ?」

「関係あるに決まってるだろ!!」

僕は思わず叫んでしまった。

「なんで、今日はそんなにおかしいの?」

「お前だっておかしいだろ……!!なんでこんなとこにいるんだよ……」

知っている。こいつが自殺をするためにここにいることくらい。

でも、この世界の石澤さんはまだ死んじゃいない。

それなのに、こんなことを言うのはおかしい。だから僕はそれを口にすることはなかった。

「……なんだっていいじゃん、これは私の問題だし」

「何か……嫌なことでもあったのか?」

「ないよ、別に」

「あるだろ、僕は知ってる。君が何かを隠してることを。その抱えきれない闇を!」

「……何の話?私は君にそんな話をしたことはないのに……。そもそも私たち特別関わってきたっていうことでもないのに…ねぇ、教えて。どうして君はそんなことを聞こうとしたの?」

そうだ。僕と石澤さんはこれまで特別仲が良かったというわけではない。ただ、彼女の醸し出す雰囲気が、かつて僕のことを救ってくれた人と似ていたから、だから僕は彼女に好意を抱いているのだ。

「……なんでって……」

石澤さんがこれから死ぬことを知っているから、なんて言うことはできず、僕は、押し黙ってしまった。

「邪魔をしないで。何かを知っているなら、私に関わらないで。」

そう言って、石澤さんは振り返った後、ジッと空を見続けていた。

「消えて、ここから。見せるもんじゃないし君に迷惑がかかるから」

そう言われて、僕は引き留めるわけでもなく、その身体を掴むわけでもなく、僕は屋上を、後にした。

その、数秒後。どこからか悲鳴が湧いた。

……救えなかった。それに、あろうことか見捨ててしまった。どうして僕はあの時彼女の身体を掴めなかったのだろう。……どうして、引き留めることができなかったのだろう。前に、足を踏み出す事が出来なかった。声を発することが、出来なかった。

……それから、何度も何度もチャレンジした。

それでも、結果が変わることはなかった。

僕は彼女を救えず、歯を食い縛りながら帰路を辿っていた。

なんで、僕はこんなにも駄目なのだろう。これだけ頑張っても、これだけ特殊な能力を持っていても、たった一人の少女を救うことが出来なかった。

「……わかってるよ」

僕は無力だ。あまりにも無力な存在だ。

それに、僕は彼女の痛みや苦しみを何一つとして理解していないのだ。

……本当に、本当に。僕という人間は、無力だった。

そこで、僕は昔、僕を救ってくれた人と見た光景を思い出す。

 エメラルド色の海。その海岸沿いに僕らはいた。

そして僕の隣にいた女性は口を開いた。

「知ってる?エメラルドって、希望っていう意味があるんだ。だから、君が何かに絶望して、諦めたくなったら、この海を思い出すといい。」

今でもたまに思い出す、その光景を。太陽の光で美しく輝かされるエメラルド色の海を。僕に生きる希望を持たせてくれた、光景を。

だけど、無理だ。僕なんかじゃ、君を救うことができない。

そんな感じに、僕が絶望していたその時だった。

いつものように、ニュースが流れていた。楓が死んだことを告げるニュースだ。

いつものようにそれを聞いて、僕は戻り時計を使おうとして。

「えっ?」

その瞬間、僕は素っ頓狂な声を発していた。

アナウンサーは、昨日午後8時頃に楓が死んだと言っていたのだ。

僕の記憶が正しければ、石澤さんが自殺するのは朝だ。

僕のせいで、死が早まる事はあった。

けれど、死が遅くなるというのはこれまで一度もなかった。

つまり、つまり、つまり。

「世界は変わるということか?」

ずっと、同じ世界が繰り返されているわけじゃなかった。

様々な出来事が交差して、初めて今日石澤さんの死はやや遅らされた。

つまりそれは、その瞬間が来るまでずっと世界を繰り返していたら、いつか、彼女が死なない。そんな世界があるんじゃないだろうか……?

いや、そんな都合の良い話があるわけがない。

とりあえず僕は戻り時計を使って、前日の世界に戻った。戻ったとしても、やる事は変わらない。どうせ行ったところで何も変わらないのだ。だから僕は自宅にて時間を潰していた。けど、ふと僕は気になったので確かめてみることにした。今はもう、石澤さんは死んでいるのか。

「えっ?」

学校の校門は、閉鎖されていなかった。普通、女子高生が飛び降りたとまると絶品に封鎖されるはずだ。それだったら、もしかして。

僕は気がついたら走り出していた。

校舎に入り、階段を駆け上がり、屋上に向かう。

……そして。

そこで、未だに生きている彼女を見つけ出した。

「……石澤さん」

僕は、理解してしまった。

彼女の運命は、変えられるということを。だから…。

「……石澤翡翠!」

僕は、叫んだ。

「えっ……どうして君が…」

いつものような反応をする石澤さん。そんな彼女に、僕は言葉をかける。今回は、引き留めるようなことは言わない。僕が言いたいことを言うだけだった。

「君は、強い!僕なんか必要ないくらいに強い!だから頑張れ!頑張って抗え!僕も、諦めないから!君も、諦めないでくれ!」

彼女には、この言葉の意図がわからないだろう。僕がどうしてこんなことを言っているのか、きっと理解できないはずだ。

「何を……言っているの?大丈夫?」

心配そうに僕を見つめる石澤さん。けどそんな事どうだっていい。これが、僕が最後に彼女にかけられる言葉だ。これ以上は、僕は要らないから。だから今、ここで全てを吐き出すのだ。

「僕は無力だから、今君を救うことはできないけど……だけどいつか、君のことを救って見せる!だから、君も諦めないでくれ、」

きっと、今もなお彼女の心の奥底にいるもう一人の彼女は必至に彼女のことを救おうとしているのだ。そして、それは彼女の力だ。だけど、彼女一人の力では彼女を救い出そうとするのはとても困難だ。だからこそ、僕は彼女を救うために、行動する。

「ほら、そこから海を見てみろよ、」

「…海?」

彼女は疑問を抱きながらも、屋上から見える海に視線を向けた。

「わぁ……」

彼女は感嘆の声を漏らす。

これで、何かが変わるのだろうか。それは、僕にはわからない。だけど、今の僕には祈るしかない。

彼女が彼女のことを救うことを。そして、いつの日か僕が救える日が来るまで。

僕らは頑張るしかないのだ…。

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