ペルシャ絨毯の紋様

横沢真希(58)は、宝石商としての成功を収め、郊外の美しい洋館に住んでいた。


森に囲まれたその洋館は、静寂と自然に包まれ、見る者を魅了するような美しさだった。


横沢にとって、この洋館は彼女のステータスの象徴でもあった。彼女はスマホに保存してあるこの洋館の写真を、事あるごとに周囲に見せ、自慢した。


しかし、この美しい洋館にはひとつの欠点があった。


森に囲まれているが故に、虫が多く出るのだ。


横沢は虫が大嫌いで、家の中に見つけると即座に殺虫剤で駆除した。


家の周囲にも農薬を撒き、虫を寄せつけないように細心の注意を払っていたが、効果は完全ではなかった。


彼女はさらには、自分の敷地外の森にまで大量の農薬を撒く計画を企てていた。



         * * *



そんな横沢がアンティークショップ「時の結晶」で出会ったのは、見事なペルシャ絨毯だった。


細かく織り込まれた複雑な模様がとても美しく、横沢は一目で気に入った。


絨毯の価格は300万円と高価だったが、彼女にとっては惜しくない金額だった。


購入の際、店主の岡本に自慢の洋館の写真を見せながら語った。


「森は素敵なんですけどね、虫がすごいんですよ」


「…なるほど…」


「隣接している森は私の敷地ではないのですけどね、業者に頼んで、大量の農薬を散布して、一網打尽にしてやりますわ。ハハハ」


「『一寸の虫にも五分の魂』という諺があります。復讐されないように、気をつけてくださいね」


岡本は静かに微笑みながら忠告した。


「ふ…何をおっしゃいますか?」


横沢は、そのことわざを聞いて鼻で笑った。


虫に魂なんてあるわけがない――そんな迷信に耳を傾ける必要などないと思った。



         * * *



絨毯が届いたその夜、横沢はそれをリビングの中央に広げ、部屋を見渡した。


淡い光を放つシャンデリア、美しい彫刻が施された家具と、複雑な模様が織り込まれたペルシャ絨毯が、豪華な空間を一層引き立てている。


完璧なコーディネートに、彼女はご満悦だった。


モーリス・ラヴェルの組曲を流し、フランス産の古い赤ワインを開け、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


しかし、ワインを飲んで暫く経ったその時だった。


絨毯の紋様が、ゆらゆらと揺れ始めたのだ。


最初は、ワインの酔いが回ったせいだと思った。


しかし、目を凝らして見ると、紋様はただ揺れているのではなかった。


「な、何よ、これ…?」


横沢は驚愕し、背筋が凍りついた。


よく見ると、それは無数の蛾の群れだったのだ。


美しいペルシャ絨毯の模様が、次第に形を変え、数え切れないほどの蛾が渦巻いているのがはっきりと見える。


恐怖で足がすくみ、体が硬直した。


次の瞬間――。


蛾の群れは、一斉に羽を広げ、大量の鱗粉を空中に撒き散らしながら、横沢の方へと飛びかかってきた。


目も鼻も開けられないほどの濃密な鱗粉が部屋中に舞い上がり、彼女の視界を奪った。


蛾の羽音が耳元で鳴り響き、その数に圧倒され、身動きがとれない。


「ぎゃぁぁぁ!!!!!」


横沢は断末魔のような悲鳴をあげ、必死にもがいた。


しかし、無数の蛾が彼女の顔や体にまとわりつき、口や鼻を塞ぎ、息もできなくなるほどだった。


蛾の群れは、横沢の体を包み込むようにして飛び回っていた。


その時、スピーカーから流れていた曲は、ラヴェルの組曲 鏡 第1曲・蛾 だった。



         * * *



それから、横沢の姿を見た者は誰もいない。


洋館は無人となり、周囲の森には蟲達が静かに暮らしてる。

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