マスク美人

大手総合商社・小沢商事の経営企画部には、誰もが目を奪われる美貌の持ち主、高橋ユキ(26)が在籍している。


彼女は身長172㎝という高身長に、バランスの取れた抜群のスタイル。小顔で、その顔立ちは彫刻のように整っていた。


大きく美しい瞳は丸い宝石の様で、目が合うだけで時間が止まる。


そして、艶やかな黒髪は絹糸のように滑らかだ。


一度見れば絶対に忘れることができないその容姿は、まさに「絶世の美女」と言われるにふさわしかった。


しかし、彼女はいつも顔の下半分を覆うマスクをしていた。


それもまた、彼女の謎めいた魅力の一部となっていた。


高橋ユキが入社したのは、ちょうどコロナ禍真っ只中のことだったので、マスクをつけていることは不思議ではなかった。


しかし、コロナが終息しても、彼女は決してマスクを外すことはなかった。社内では高橋ユキの素顔を見たいという声が高まる中、彼女はいつも微笑みながらやんわりと「素顔見せて」とのリクエストをかわしていた。


「食事中はどうしているのか?」という疑問は当然あったが、彼女はなんと1日2食、自宅で朝食、夕食しか取らなかった。


ジュースなどの飲み物はストローを使い、マスクをしたままで飲む姿が社内でたびたび目撃されていた。その謎めいた行動もまた、彼女への関心をさらに強めていった。


経営企画部の部長・竹辺は、彼女の履歴書に添えられた写真を見たことがあるという。彼によると、口元まで含めた素顔もまた驚異的に美しかったという。


その情報が社内に伝わると、ますます憶測が飛び交うようになった。


しかし、今の時代は写真加工の技術が進んでいる。誰もが「本当にそんなに美しいのか?」という疑問を抱くようになり、次第に「もしかして口元に何か欠点があるのでは?」といった噂が広まった。


「たらこ唇なのでは?」


「エラが張っているのでは?」


「あごがしゃくれているのでは?」


「出っ歯なんじゃないか?」


「吹き出物がいっぱいあるんじゃない?」


挙句の果てには、「口裂け女なのでは?」といった荒唐無稽な噂まで飛び交う始末だった。


社内はその話題でいつも盛り上がり、彼女のマスクを外す方法までが冗談交じりに議論されるようになった。


高橋ユキのマスクを外す方法


1. 無理矢理剥ぎ取る

2. 業務命令だと言う

3. 無理矢理食事に誘う

4. 拝み倒す


2、3、4については実際に試みた社員もいた。

しかし、彼女は「それはパワハラですよ」と言い、優しくも毅然とした態度で断った。


そんなわけで、この挑戦は全て失敗に終わった。


そして残されたのは「1」の無理矢理剥ぎ取るという過激な選択肢のみだった。


この無謀な行動に出ようとした人物が、橋本桃香(29)だ。


彼女はかつて社内一の美人と称され、周囲からちやほやされていた。


だが、高橋ユキが入社して以来、その座は完全に奪われてしまった。美貌では高橋ユキに到底太刀打ちできないことがわかり、次第に彼女への嫉妬が膨らんでいったのだ。


半分くらいの男性社員たちは「マスクを外さない方が夢が壊れなくていい」といった消極的な意見を持っていた様だが、それも橋本桃香の怒りに火をつけた。


ついに、橋本桃香は決断した。


背後から強行するのだ。


「ねえ、ユキ、せっかく美人なんだからさ、マスク取んなよ?」


橋本桃香は、PC作業に集中している高橋ユキの背後から、そのマスクに手を伸ばした。


その瞬間、社内は騒然となり、皆が固唾を飲んでその光景を見守った。


ついに、高橋ユキの素顔が露わになった——。


鼻筋がまっすぐ通り、高い位置にあるその鼻は、完璧な形をしていた。


そして、何より注目すべきは、その口元だった。


均整の取れた唇は、まさに黄金比そのもので、その美しさは言葉では表現しきれない。


肌はまるで陶器のように滑らかで、無瑕そのもの。


頬にはほんのりと紅が差し、艶めかしく輝いていた。


その瞬間、社内からは驚きと感嘆の声が一斉に上がった。


彼女の美貌は、想像を遥かに超えるものだった。


橋本桃香ですら、その美しさに絶句し、呆然と立ち尽くしていた程だ。


高橋ユキの顔は、まさに完全無欠。誰もがその美貌に目を奪われたのだ。


そして、高橋ユキは何を思ったのか、にこりと微笑んだのだ。


その笑顔は、見る者すべてを虜にする、あまりにも美しいものであった。


完全に時が止まった——


男も女も、その場にいた全員が、息を飲んで見つめるしかなかった。



         * * *



その日を境に、高橋ユキはマスクを外し、素顔で出勤するようになった。理由は誰にも分からない。


しかし、経営企画部の社員たちはその後、彼女のあまりの美しさに圧倒されてしまい、全く仕事に集中できなくなった。


男性社員はもちろんのこと、女性社員までもが高橋ユキの美貌に心を乱され、会社の心臓部とも言える経営企画部は完全におかしくなった。


しかし、高橋ユキを口説く様な勇者は社内には現れなかった。あまりにもレベルが高過ぎた為だ。



         数ヶ月後

         


勇者はついに現れた。社長の小沢靖だ。


彼は高橋ユキに贅沢の限りを尽くし、彼女を手に入れようとあらゆる手段を講じた。


彼女は贅沢に慣れていき、その要求は次第にエスカレートしていった。


ついに、小沢靖は会社の莫大な資金にまで手をつけ、背任容疑で逮捕されるまでに至った。


会社は上場廃止となり、事業は急速に縮小していった。


橋本桃香は、「パンドラの箱」を開けてしまったことに気づいた。


「高橋ユキのマスク」――それが現代のパンドラの箱だったのだ。


大手総合商社小沢商事の崩壊後、高橋ユキは新たな就職先を探し始めた。


そんな彼女が次に選んだのは、なんと衆議院議員であり、国土交通大臣を務める伊藤虎太郎(65)の秘書というポジションだった。


伊藤虎太郎は次期総理大臣の有力候補として名を挙げられており、その重要な立場を考えると、まさに特別な位置を与えられたことになる。


彼女がなぜこのような重要人物の秘書として抜擢されたのか?


それには小沢靖との繋がりが一因であることは確かだったが、最も大きな理由は、それ以上に単純かつ決定的なものだった。


———圧倒的な美貌。


高橋ユキは、その美貌ひとつで道を切り開き、様々な場面で自分の存在を際立たせてきた。


そして、その美しさが彼女に新たなステージを与えたのだった。


         * * *


国民の予想通り、伊藤虎太郎はついに総理大臣になった。


秘書として働きながら、日々贅沢な暮らしを重ねていくうちに、高橋ユキはふとした瞬間に自分の中で奇妙な感覚を覚え始めた。


高級なフレンチレストランでディナーを楽しみ、豪華なアクセサリーに身を包んでいる時、ふと、何か懐かしい感覚が胸に押し寄せてきたのだ。


「この感覚…前にも経験したことがある気がする…」


その感覚が次第に強まると、高橋ユキはある確信を抱き始めた。


自分はただの美人ではない。


もっと特別な存在、歴史に名を刻んだ美人として、再びこの世に生まれ変わってきたのだ。


その時、頭に浮かんだのは、玄宗皇帝の寵愛を一身に受け、唐の滅亡を招き、「傾国の美女」と呼ばれた「楊貴妃」の姿だった。


傾国の美女・楊貴妃———


自らの過去世を、完全に思い出した高橋ユキは、世にも美しい顔でにこりと微笑んだのだった。


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