三度目の。極寒公爵を娶って魔王を倒します!

安ころもっち

01 - 黒き髪のマリア


 マリアは王国のモレッティ子爵という貴族家に末娘として生まれ、黒髪であったがゆえ不幸を招く呪いの子だと生まれた時から別館で隔離されて過ごしていた。


 質素な食事により細く小さな体のマリア。

 日中は部屋に積み上げらえている本を読むことだけで時間をつぶす。室内にある数百冊の本はすでに何度か読んだ物ばかりだった。それでも時間を持て余したマリアは気に入った本を何度も読み漁った。

 ここ数年は時事関連の読み物を定期的に追加されていたが、何度も読み返すほど暇を持て余していた。


 そんなマリアが15才の誕生日の日、初めて父である子爵に呼び出され、少しだけ期待に胸を膨らませ子爵の待つ執務室までやってきた。入り口に立つと執事長が顔を顰めながらのお出迎え。

 ドアを開けると無表情な子爵から「帝国の公爵家に嫁がせてやる」と伝えられた。

 話はそれだけ。すぐに「出ていけ」と急かされ、ドア前にいた執事長が強引に私の手を引き、別館へと連れ戻されていた。


 急かされながらも自室から最低限の身の回りの品を纏め鞄1つで外に出る。

 いつも通りのみずほらしいドレスを着たマリアは、指差された先にあった粗末な荷馬車へと乗り込んだ。御者はどこかで適当に雇われた男のようで、マリアの黒髪に驚いた後、執事長に頭を何度も下げお金を受け取っていた。


 粗末な荷馬車に揺られ続けて半日。

 初めての外の景色に若干興奮したマリア。


 だが興奮もつかの間、すぐに飽きてしまったマリアは父である子爵の言葉を思い出していた。

 嫁ぎ先のアロンツォ=フィエロ様は公爵家の中でも一番大きな家柄だったはず。周りからは極寒公爵と言われ恐れられているが、それでも嫁ぎたいと騒がれているほどの名家で、さらには美形らしい。

 公爵からは『慎ましくも賢い女』という条件が出されていたようで、他の貴族家が必死に娘をアピールしようと送り込んだが、全員が不合格だと送り返されたという話も読み物に書いてあった。


 おまけに帝国一の魔導士で、特に氷魔法は強力でそれも相まっての極寒公爵。そんなところに私は嫁ぐ。


 慎ましくも賢い女?

 マリアは、定期的に追加されていた時事関連の読み物はこの時の為に運ばれたものなのかもしれないなと思った。実際それは真実で、マリアの父は無駄に生きている末娘を送り出し、あわよくば公爵家と繋がりをと考えていた。


 公爵家で失格の烙印を受けたならそのままどこへなりとも消えてしまえば良いのに、とも思っていたようだ。もちろん本当に嫁げると思ってもいない子爵は、マリアを着飾って送り出すことすら考えてもいなかった。


 そんな子爵の思いを知ってか知らずか、慎ましくも賢い女。そのことを必死で反芻し、まだ見ぬ公爵様に娶ってもらえるよう彼是考えるマリアであった。



 帝国との国境で馬車を降ろされたマリア。御者は関所の兵士と何やら話をしている。マリアもすぐに手招きされ兵士達に門をくぐれと急かされた。


 門をくぐった先には鎧を身に纏った兵士が2人。


「マリア=モレッティ、だな?」

「は、はい」

 マリアは兵士の問いにびびりながらもそう答えると、すぐに指差された豪華な馬車に乗るよう急かされる。


 乗り込む際には前に座る御者と目が合ったが、御者はマリアに何言うことも無く前を向いてしまった。

 マリアが車内に入ると、車内には気だるそうな侍女が1人。頭を下げるマリアを見て舌打ちを返し横を向いてしまった。


 どうやら王国ほどではないが帝国でも黒髪は厄介者扱いらしいと感じたマリア。車内はそんな侍女と2人きり。先ほどの兵士は両側を馬で並走している。沈黙に耐えながらも馬車は進む。


 終始無言な状況に耐えながら馬車は夜通し走ることになる。

 マリアは多少の揺れを感じながらも馬車の壁にもたれながら眠ったりもしていた。夕方にはバッグから出したサンドイッチをパクつく侍女を薄目を開け眺めながら。


 何度かマリアのお腹が鳴ってしまうが、目の前の侍女は一度吹き出しただけで何も言ってはくれなかった。


 翌朝、公爵家のお屋敷へとたどり着いたマリア。

 馬車を降りると目の前には実家である子爵家の屋敷とは比べ物にならない程の大きな建物に、思わず口をあけ呆けてしまった。


「貧乏人がアホ面さらしてる」

 そんな蔭口と共にくすくすと笑っているのはこの屋敷の侍女達だろう。形式だけの出迎えなのか、10名程がつまらなそうな表情で左右に並んでいた。


 実家で見慣れた侍女服とは比べ物にならない物だと見ただけで分かる。侍女にさえ負けてしまう自身の見た目。マリアは草臥れたドレスの裾をそっと握りしめ恥ずかしさに俯いた。


「マリア様、私はこの屋敷を任されている執事長のエベッソ。この者が侍女長のクリストファ。……奥様、として認められるようマリア様の教育は、主にクリストファが対応をします。お含みおきください」

 そんなことを言われ顔を上げるマリア。


 2人ともマリアを受け入れようとしている様子は見られなかった。


「宜しく、お願いします」

 かろうじて絞り出したそんな挨拶を返すマリア。


 しかめっ面のエベッソもニヤニヤ笑いながらこちらを見るクリストファも、マリアが存在しなかったかのように背を向け屋敷へと引き返して行った。

 列になっていたその他の侍女達もマリアをチラチラを気にしながらも屋敷へと戻るので、マリアも置き去りにされないようと後を追う。


 クリストファが侍女の1人に耳打ちされた後、マリアの元までやってくると一言。


「こちらです」

 すぐに背を向け歩き出した侍女の後を追うマリア。


 ノックの後、ドアを開けた侍女は深々と頭を下げる。


「お連れしました」

 マリアを部屋に引き寄せるようにした侍女は頭を下げ、マリアを置き去りに部屋を出るとドアを閉めてしまった。


「マリア、だな」

「はい」

 名を呼ばれ顔を上げたマリアは目の前の男性に見惚れてしまう。物語に登場する王子様のように綺麗な顔立ち。だがその視線は鋭くマリアをジッと見ている。


 マリアは少しの恐怖と見られていることに対する羞恥の心が混ざり合った状況に再び俯いた。


 その時、クーっと小さくお腹の音が鳴る。


「うっ」

 思わずドレスの裾を両手で握り恥ずかしさに声をもらすマリア。


「湯浴びと食事、着替えも用意してやれ」

 そう言った目の前の男性、公爵家当主はアロンツォ=フィエロは冷たく澄んだ声で指示を出す。


「かしこまりました」

 部屋の隅からそんな声が聞こえ驚きながら声の聞こえた方に視線を向けるマリア。


「マリア様、こちらへ」

 執事であろう姿の妙齢の男性に促され部屋を出るマリア。


 その後、不愛想な侍女に案内をされながら湯を浴びるマリア。湯から上がると用意された少し上質なドレスに着替え豪華な食事を頂きながら、お嫁さん候補というだけでこんなに待遇が良いのかと驚いていた。

 実は出されていた食事は公爵家にとって粗末なもの。だがマリアは気づかない。今まで食べていた物とは比べ物にならない程、味がしたのだから。


 食後に案内された部屋は、食事同様あまり待遇の良い場所ではなかった。


 暫く使われていなかったのか埃っぽい部屋。だがこれもマリアにとってそれほど悪い部屋とは思ってはいなかった。


「自分で掃除をして使ってね」

 そう言い残して部屋を出る侍女。


 それでも眠気が襲ってきたマリアは、かび臭い布団に入り込み一夜を明かした。


 翌日から侍女長の指導の元、奥様としてのテストだと言われ侍女のような扱いを受けるマリア。


 朝も早くから起こされ掃除洗濯、それが終われば僅かな食事。その後は経済や貴族社会についての勉強と称して分厚い書物を山積みにされ、しっかりと読み込むように言い渡される。

 だが書物を読みふけることが苦にならないマリアにとって、その小難しい書物を読む日中の時間は楽しい一時でもあった。そんな態度が良くなかったのであろう。夕食後にはこれも貴族女性としてのたしなみだとレース編みの練習をさせられた。


 そんな生活を数週間。

 相変わらず朝から晩まで監視の元で生活を続けるマリア。


 あれから一度も公爵家当主アロンツォと会うことは無かったマリア。


 実は執事長クリストファの娘もまたアロンツォの嫁候補だったこともあり、目の敵にされていたマリア。弱音を吐かず従っているマリアにイライラを募らせていた。


 そのイライラは遂に爆発してしまう。


「なぜこれほど時間がかかってしまうのですか!」

 掃除が終わったと報告にやってきたマリアに、手に持った馬鞭をマリアの頬に力任せに打ち付ける。


 鞭に打たれたマリアは倒れ込み頬を押さえ静かに泣いていた。


 マリアの頬を打った馬鞭はマリアを威嚇しようと用意したもので、普段は自身の掌にバシバシと軽く叩いてみせるものであった。

 だが、この時初めて直接的にマリアに使用し、マリアの肌も痛々しい痣を作り出すことになる。

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