第4話
翌朝、セリナは再び前線へと向かった。
帝都の上層部は「ヴァルキュリアが戦場に立つ」と広言し、敗北続きの兵たちを鼓舞した。
それは命令であり、逃れられぬ定めだった。
行軍は重く、兵たちの顔には疲弊が濃かった。だが、彼女の背に続くことでわずかな誇りを取り戻しているのがわかった。
その視線を感じるたび、セリナは胸の奥に鋼を打ち込む。
――私は退けない。私が退けば、すべてが崩れる。
数刻後、戦場の丘陵に立ったとき、彼女の目に広がったのは黒々とした大軍の波だった。連邦軍の旗が幾重にも翻り、槍と盾が一糸乱れぬ陣を描いている。
千対五千。勝敗など初めから決していた。
「ヴァルキュリア……」
帝国兵の誰かが、恐れと憧れの混じった声で名を呼んだ。
敵軍から、ひときわ目立つ甲冑の将が馬を駆って進み出る。金色の飾りを纏い、鋭い双眸を持つその男は、連邦の名将レオニードだった。
彼は手を挙げ、戦を止めるよう合図する。
「槍を収めよ!」
沈黙が訪れた。
レオニードは朗々と声を放つ。
「その娘がヴァルキュリアか! 昨日の敗戦、千の兵を退けさせたと聞いた!」
敵の将が名を呼んだ瞬間、帝国兵たちの胸に火が灯る。
敵すら認める英雄。その誇りが、疲弊した兵を再び戦士へと変えていく。
セリナは前に進み出た。
「私はセリナ。帝国の兵にして、祖国の盾だ」
声は澄み渡り、戦場の隅々まで響く。
レオニードは目を細め、やがて口元に笑みを浮かべた。
「惜しいな。これほどの器を、滅びゆく国が抱えているとは。……降伏せよ、セリナ。お前ほどの将なら、我が軍で未来を掴める」
帝国兵がざわめいた。敵将がヴァルキュリアを誘う。それは彼女がいかに恐れられ、敬われているかの証だった。
だがセリナは首を横に振る。
「勝てぬ戦でも、私を信じて剣を取る者がいる。彼らを見捨てて、どうして未来を語れようか」
その一言に、帝国兵たちは息を呑み、次の瞬間に雄叫びを上げた。
「ヴァルキュリアに続け!」
「我らは負けぬ!」
戦が再開した。
レオニードは剣を抜き、馬を駆ける。セリナもまた槍を構え、炎のように突き進んだ。
刹那、両者の武器が交差し、金属音が雷鳴のごとく響いた。
数合の交わりの中で、レオニードは確信する。
――この少女は、ただの戦士ではない。
兵を動かし、民を奮い立たせ、敗北を英雄譚へと変える力を持っている。
彼は心の奥底で、戦慄と敬意を同時に抱いた。
「なるほど……これが“ヴァルキュリア”か」
戦場は炎と血に塗れた。
勝利は依然として遠い。だがその日、敵の将にすら名を認めさせた少女の姿は、両軍の兵たちの目に焼き付いた。
――負け戦のヴァルキュリア、その名が国境を越えて轟くのは、この戦いの後である。
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