月明かりに照らされて
@syake119
月明かりに照らされて
「ありがとう」そう言った彼はとても美しく、幸せそうだった。
「やめてくれ……いやだ……やめっ」パンッ
弾丸が肉を貫いた瞬間、血液のむせ返る匂いと赤い飛沫が飛び散り床を汚した。窓から差し込む月明かりが鮮やかに赤を照らした。空を見上げると美しい満月が夜空に浮かんでいた。
「昨夜、国内では合計約四百万の人が消えました。これは過去…………」ピッ。俺は似たようなニュースに嫌気がさし、机の上に置いてあったリモコンでテレビを消した。2×××年の日本では人口増加に伴い、食糧不足やエネルギー不足、環境破壊などの問題が発生していた。そのため、日本政府は"適正人口"を五十億と定めた。研究者によると"人間が持続可能に生きられる数"が20~40億人くらいといわれている。そのため、目標人数に達する日まで、満月の夜に人がこの世界から消される法律、『満月法』が作られた。消される人数は決まっておらず、翌朝のニュースで初めて知らされるのだ。誰が消され、誰が消しているのかは知らない。そのため、美しいはずの満月の夜は誰もが怯えながら過ごさなければならない。
俺、深山誠は7歳の頃、政府の人達に買われ、執行人として教育された。そのため、他の生き方を知らない。政府に『これでお前も自由だ』と外に放り出されたら俺は惨めに餓死するだろう。後で知ったことだが、母親が俺を売ったらしい。だが特段驚きはしなかった。それくらい俺の母親は、クズだった。初めて人を殺したのが12歳の頃。自分と同い年くらいの女の子だった。もう5年も前のことだか今でも鮮明に思い出せる。俺に怯えた目を。俺にはきっと殺せないとおもっていた。俺は人間だから。他人を慈しむことが出来る心を持っているから。だが心とは裏腹に体は引き金を引いていた。なんの躊躇いもなく。俺はもう人間としての自分を失っていた。その日から俺は自分の感情を探している。
「おはよう」声が聞こえた方を向くと、隣の席の早瀬美優だった。彼女は休み時間やペアワークでも毎回声を掛けてくる。俺は今日もいつも通り無視をしたが彼女は微笑みを崩さない。なぜ毎日無視されると分かっているのに話しかけてくるのか、俺には心底理解できなかった。だが今日の放課後その理由を知ることになった。
「初めて会った時からずっと好きです、付き合ってください……!」夕日が差し込む教室で美優に言われた言葉。一瞬理解ができなかったが全ての点が線になった気がした。ああ……だからこいつは俺にあんなにも声をかけてきたのか。「いいよ。」俺は迷うことなく答えた。感情を知るきっかけになると思ったからだ。その日から休日は遊びに行き、夜は互いの温もりを確かめるように一緒に寝た。だが感情が動かされたことは一度もなかった。
彼女と出会って四年、付き合って丁度二年目の満月の夜、俺はいつも通り、消す相手の家に向かっていた。ふと辺りを見渡すと、見覚えのある住宅街だった。彼女の家の近くだ。妙な胸騒ぎを覚えたが、胸の奥深くにしまった。10分程さらに歩き、目的地に辿りついた。そこは俺のよく知る家だった。
「な、なんで…………!?」彼女はパジャマ姿のまま目尻が切れそうな程目を見開いていた。驚き、戸惑い、恐怖、そして怒り。複雑な感情を孕んだ視線が俺を貫いた。呼吸は浅く、上手く酸素を吸えていない様子だった。俺はいつも通り引き金を引こうとしたが銃を持つ手が小刻みに震え、汗が掌を濡らした。こんなことは初めてだった。始めてのことに困惑しながらも銃を持ち直し、再度引き金を引こうとする瞬間、彼女の声が耳に届いた。「大好きだよ。どんな誠でも愛してる。」
その瞬間、世界が止まったように感じた。心臓が破裂しそうなほど鼓動し、血液が全身を駆け巡る。頭の中の冷徹な理性が、感情の奔流に飲み込まれていった。その時、頬を伝う涙に気がついた。政府に買われて以来、俺が流したことのない涙だった。
胸の奥が、長い間閉ざされていた小さな光で満たされるようだった。安堵か、絶望か。だが確かに俺は生きていたんだ。言葉にできない感情が、俺の体を震わせた。
「美優」
初めて彼女の名前を呼んだ。胸の奥に差し込んだ光は、俺の中の何かを溶かし、忘れていた人間らしさを思い出させた。時間が止まったような静寂の中、俺は最後の決断をする。
こめかみに銃口を突きつけ、躊躇なく引き金を引いた。
「ありがとう」
月明かりが、静かに赤い光を吸い込み、満月は夜空に漂い続けていた。
月明かりに照らされて @syake119
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