第2話

第四章 完璧な準備


それから3時間、二人は綿密な打ち合わせを重ねた。


「美咲の癖を教えてください」


「怒ると黙り込みます。でも本当は話を聞いて欲しがってる。あと、花音が泣くと必死すぎて周りが見えなくなる。完璧にやろうとしすぎるんです」


「花音はどんな感じ?」


「人見知りしません。『パパ』って言えるようになったけど、最近は僕が帰ると美咲の機嫌が悪くなるのを察してか、あまり甘えてこなくなって...」


戌亥の声が震えた。


「茜のことを詳しく教えてください」


「表面上は強がってるけど、実は寂しがり屋。水商売してるから男性不信があって、本当に信頼できる相手を求めてる。俺のことを『普通の人』って言って安心してくれてるけど、実際俺が普通じゃないことバレたら...」


「美穂は?」


「純粋すぎるんです。俺のことを完璧な恋人だと思ってる。『将来は結婚して、子供は2人欲しい』って具体的に話してくる。その期待に応えられない自分が情けなくて」


最後に、二人は服を交換した。下着まで完全に取り替える。


「明日から1週間、頑張りましょう」


「1週間後、定例ミーティングしましょう」戌亥が提案した。「LINEでやり取りしながら」


二人はそれぞれ違うタクシーに乗り込んだ。運命の一週間が始まろうとしていた。


第五章 それぞれの夜


【田辺→戌亥の家】


新小岩のマンションに着いた田辺は、ドアの前で深呼吸した。鍵を開けると、張り詰めた空気が漂っていた。


「お疲れさま」


リビングから聞こえた妻の声は、疲れ切っていた。1歳の花音を抱いた美しい女性が振り返る。戌亥の妻、美咲だった。しかし、その美しさは疲労で曇っていた。


「ただいま」田辺は戌亥の口調を思い出しながら答えた。


「パパ!」花音が手を伸ばすが、美咲は娘を抱いたまま立ち上がろうとしない。


「今日も遅かったのね」美咲の声に諦めが滲んでいた。「花音、ずっと泣いてて。私、どうしていいか分からなくて...」


田辺は美咲の表情を見て、戌亥の話以上に深刻な状況だと感じた。


「美咲、大丈夫?」


美咲は驚いた顔をした。いつもなら仕事の愚痴から始まる夫が、自分を気遣ってくれた。


「私...疲れてる。でも休めない。花音の面倒を見なきゃいけないから」


【戌亥→田辺の家】


市川のワンルームマンションに戻った戌亥は、部屋の散らかり具合に驚いた。しかし、LINEが3件入っていることに気づく。


**茜**:「お疲れさま💕今夜時間ある?会いたい」


**美穂**:「今日も遅いのね...寂しい」


**美穂**:「ごめん、わがまま言って。でも愛してるって伝えたくて」


戌亥は胸が締めつけられた。こんなに純粋に愛されている田辺が、なぜ苦しんでいるのだろう。


第六章 一週間の発見


【2日目】


田辺は美咲の本当の姿を見始めていた。


朝、花音がミルクを拒否して泣き続けた時、美咲は自分を責め始めた。


「私がダメな母親だから...私のせいで花音が...」


「そんなことないよ」田辺は優しく言った。「赤ちゃんは泣くのが仕事だから」


美咲は涙を流した。


「光、あなた変わったのね。前なら『俺も疲れてるんだ』って言って寝室に行ってしまうのに」


田辺は戌亥が妻にどれだけ冷たく接していたか理解した。


【3日目】


戌亥は茜と銀座のバーで会った。


「あなた、今日はなんだか違うわね」茜が田辺とは違う戌亥の真面目さを感じ取った。


「どう違う?」


「いつもはもっと軽い感じなのに、今日は深く考えてる顔してる。私のこと、本気で見てくれてるような」


茜は普段は強がっているが、その夜は素直な気持ちを打ち明けた。


「私ね、本当は水商売辞めたいの。でも普通の仕事に就く自信がない。あなたみたいな普通の人が私を愛してくれるなんて、奇跡だと思ってる」


戌亥は胸が痛んだ。茜は田辺の愛を純粋に信じているのに、田辺はその重さから逃げていた。


【4日目】


田辺は美咲と花音と公園に行った。


「最近、あなたが変わったのは何故?」美咲が聞いた。


「変わったかな?」


「前より...私の話を聞いてくれる。花音にも優しい。私、嬉しい反面、不安でもあるの。また元に戻ってしまうんじゃないかって」


美咲の本音が溢れ出た。


「私、完璧な母親になろうとしすぎて、息が詰まりそうだった。でもあなたが手伝ってくれるなら、もう少し頑張れる気がする」


田辺は戌亥がいかに家族から必要とされているか理解した。


【5日目】


戌亥は美穂と地元のカフェで会った。


「最近、真剣に将来のこと考えてくれてるのね」美穂が嬉しそうに言った。


「将来って?」


「結婚とか、子供とか。前は話題に出すと曖昧にしてたのに、今は真剣に聞いてくれる」


美穂は田辺への愛を素直に表現した。


「私、あなたと出会えて本当に幸せ。ずっと一緒にいたい。私の全てをあなたに捧げたい」


戌亥は美穂の純粋さに圧倒された。同時に、田辺がなぜこの重い愛から逃げたがるのかも理解した。


【6日目】


両者ともLINEで情報交換を続けていた。


**田辺**:「美咲さん、本当に頑張ってます。君がもっと家庭に関心を示せば、彼女は救われると思います。花音ちゃんも君を慕ってます」


**戌亥**:「茜さんも美穂さんも、あなたを本気で愛してます。でも愛し方が違う。茜さんは対等なパートナーとして、美穂さんは人生を捧げる覚悟で。どちらを選ぶかは、あなたがどんな愛を望むかによります」


**田辺**:「君の家族は君を必要としてます。逃げるのではなく、向き合ってください」


**戌亥**:「あなたも逃げないで。二人を傷つけ続けるより、一人を選ぶ勇気を持ってください」

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