第15話 強臭派獣人ども、舞夢の舎弟となる

 獣人交渉の混乱を経て、真優は守護神の声に導かれ「衣食を保証する代わりに獣人を村の仲間とする」と宣言した。ラーラの雷撃も後押しし、砦は沈黙。数名の技術者がルナール村に同行し、発展の道が拓ける。役人の理不尽な条件に振り回されながらも、正式村長への道を進む炎上遠征隊。その旅路は、まだ険しい――。


   ***


 夜明けの霧がまだ漂う小川沿いの街道を、僕らは南へと歩を進めていた。

 野営地をたたみ、次の目的地はゲートタウンΔ7。

 村長承認のための手続きも、あの町で避けては通れない。

 僕の肩にかかる荷は重いが、仲間たちの背中を見ていると、なんとか歩ける気がした。


 そんなとき、犬耳をぴくつかせたフィルが眉をひそめる。

「……なんか嫌なにおいがするよ」

 彼の声に反応して、荷車を引いていたレッサーブルのモフも「もふ~」と鼻を鳴らし、前脚を止めた。


「おいおい、朝から臭ぇな。誰だよ屁こいたの」

 サトルがへらへら笑いながら鼻をつまむ。

 焚き火の煙にいぶされたような顔がさらに怪しく見える。


「アホにゃ! 空気がピリピリしてるの分かんないの?」

 猫耳少女の舞夢が尻尾を逆立てて叫ぶ。

 彼女の金の瞳は、草むらの先を鋭くにらんでいた。


 嫌な予感を確かめるように、雷っ子ラーラがふわりと浮き上がる。

 背の雷撃砲を軽く支えながら、宙に舞い上がっていく姿は、まるで青白い稲妻の欠片みたいだ。

 彼女は見晴らしのきく上空で一回転し、雲の切れ間から先を見やると、にやりと笑った。


「なんかねー、あっちから臭そうなやつらがやってくるっちw」

 彼女が指さした方向に、うっすらと土煙が立っていた。

 風に混じる匂いは、馬や獣の体臭と鉄の血臭――戦の匂い。


 僕の腕輪が、ほんのり熱を帯びてくる。

 まるで守護神が「備えよ」と告げているかのように。

 冗談では済まされない気配が、草原の向こうから迫っていた。


 草原の風がざわめき、小川の向こうに黒々とした影が揺れた。

 地を蹴る蹄音、鉄を打ち鳴らすような金属音。

 やがて霧の切れ間から、獣人の騎獣部隊が姿を現す。

 獣の皮をまとい、槍を振りかざした精鋭が十数騎。

 小川の浅瀬を見つけて、一斉に突撃してきた。


「俺がいちばんやりだぎゃぁ~~あ!」

 先頭の大柄な獣人が咆哮し、騎獣が水しぶきを跳ね上げる。


「ぎゃあぎゃあ、わめくんじゃない、にゃぁああ!」

 舞夢が前に飛び出し、爪を振りかざして応戦する。

 金の瞳がぎらりと光り、彼女の咆哮が敵の叫びをかき消した。


 小川をはさんで両軍が激突。

 水飛沫と砂塵が舞い、空気が一瞬で戦場の匂いに変わる。

「っちょ、来たっち! 騎獣部隊だっち!」

 空から様子を見ていたラーラが叫び、雷撃砲を肩に構える。

 雷光がちらつき、次の瞬間、彼女の砲口から閃光がほとばしった。


 ズガァン、と轟音。小川の水面を走る稲妻が敵の騎獣を怯ませる。

 だが精鋭はひるまない。前列の数騎が倒れても、後列が間髪入れずに突撃を続けてくる。


「うおっ、やべえ! マサト、俺ら隠れようぜ!」

「隠れてどうする! 守らなきゃ突破されるだろ!」

 サトルとマサトが車輪の陰で押し問答している間にも、槍の穂先が唸りを上げた。


「フィル、下がれ!」

 僕が叫ぶが、彼は必死にモフの手綱を引いて荷車を守ろうとする。モフも「もふ~~!」と鼻を鳴らし、目をぎらつかせていた。


 敵の数は圧倒的。舞夢とラーラの力だけでは支えきれない。

 雷光と爪閃が飛び交う中、騎獣部隊の波が押し寄せ、こちらの陣形を崩しにかかる。


 僕の腕輪が熱を帯び、心臓に合わせるように脈動した。

 守護神の声が、どこかでささやいている気がする。

「まだだ、ここで折れるな……」


 戦いは始まったばかりだ。


「ぎぃいい、にゃぁあああっ!」

 舞夢の咆哮が轟いた瞬間、彼女の姿が揺らめき、血の爪をまとった異形へと変じた。

 魔獣ブラッディマウ――赤い瞳と裂けるような爪閃が獣人部隊を切り裂き、先頭の二騎が鮮血を散らして倒れる。


「ひ、ひぃっ、姐御だ!」

 敵の獣人が青ざめて叫ぶが、仲間の勢いは止まらない。

 隊列は乱れず、次々と川を越えて突っ込んできた。


「ごちゃごちゃうるさいにゃ、血祭りにしてやるにゃぁ!」

 舞夢は爪で槍をへし折り、騎獣の首筋を裂く。

 だが討ち取っても、背後からさらに三騎、五騎と迫ってくる。


 後方ではラーラが雷撃砲を乱射して援護していたが、数の集中攻撃に押され、足場を崩されて宙に浮いたまま動きが鈍る。

「ちょ、やばいっち! 数が多すぎるっち!」


 舞夢は必死に立ち回り、敵を斬り伏せるたび血爪が赤々と輝きを増していく。

 けれども押し寄せる波は尽きず、やがて彼女自身が槍の穂先に囲まれた。


 僕の腕輪が脈動し、胸の奥に重苦しい声が響く。

「守れ。まだ折れるな」


 だが叫んでも、舞夢は孤軍奮闘。次の瞬間、彼女の背に十数の槍が突き立とうとしていた――。


 ブラッディマウと化した舞夢が血爪を振り回しても、数の暴力は止まらなかった。

 槍と槍が火花を散らし、獣人の咆哮が空気を震わせる。

 彼女は孤軍奮闘しながらも、ついに背を囲まれて動きを封じられる。


「舞夢っ!」

 僕は思わず叫んだ。

 腕輪が灼けるように熱く、守護神の低い囁きが胸に突き刺さる。

「まだだ。お前ひとりではない――」


 その声に呼応するように、荷車の前でモフが身を揺らした。

「もふもふ~~!」と鳴き声を上げ、巨大な体を震わせる。

 土埃をまき散らしながら後脚で地を掻き、フィルの方を鋭く振り返った。


 フィルの犬耳がぴんと立つ。

 まるでその言葉を理解したかのように、彼は驚きもせずモフの首輪の枷へと手を伸ばした。

「……行こう、モフ!」


 がしゃりと金具が外れる音。

 途端にモフは低く唸り、瞳が真紅に染まる。

「もふ~~ッ!」獣の咆哮が戦場を震わせ、筋肉が膨れ上がって毛並みが逆立った。

 荷牛ではなく、戦を駆ける魔獣レッドブルへと変貌していく。


 フィルはためらわず、その背に飛び乗った。

 かつての御者と牛の関係が、一瞬にして戦場の騎士と騎獣へ変わる。

「突撃だ――!」


 モフの蹄が大地を割り、水飛沫を吹き飛ばしながら小川を跳ね越えた。

 敵の騎獣部隊が一斉に振り返る。だが止まらない。

 赤雷を帯びたような突進力でレッドブルが敵列を薙ぎ払い、数騎まとめて吹き飛ばした。


「フィル、背後!」

 僕の声に応じるように、フィルの瞳が紅く光る。

 瞬間、彼の姿がぶわりと巨大化し、銀毛に覆われた幻獣フェンリルが姿を現した。

 背に乗っていたのは一瞬だけ。

 次の刹那には、人の姿を失い、モフと並び立つ狼王へと変わっていた。


「がおぉぉおおおんッ!」

 咆哮ひとつで敵の騎獣が怯み、槍を握る手が震える。

 フェンリルの牙が閃き、先陣の獣人を地に叩き伏せた。


「わ、わかれ! 二体を同時には止められねぇ!」

「ひ、ひぃ、化け物だ!」


 恐怖の声が広がり、さきほどまで押し寄せていた波が一気に退く。

 だがフィルとモフは止まらない。

「モフ、一気に抜けるぞ!」

「もふ~~ッ!」


 コンビネーションは御者と牛の頃と変わらない。

 モフが体当たりで敵を散らし、フェンリルとなったフィルが牙で仕留める。

 突撃と追撃、二つの動きがぴたりと噛み合い、精鋭部隊は見る間に瓦解していった。


 水しぶきと血潮の中を駆け抜けるふたりの姿は、まるで疾風そのもの。

「すげぇ……」

 マサトが息を呑み、サトルでさえ言葉を失っていた。


 やがて残兵は地に転がり、呻く声すらか細くなる。

 戦場に残ったのは、並び立つ幻獣フェンリルと魔獣レッドブル。

 その背後で、血爪を滴らせた舞夢が肩で息をつきながら笑みを浮かべる。


「にゃはは……あんたら、やるじゃない」


 炎上遠征隊は、新たな覚醒者を二人得た。戦場の空気は、一変してこちらのものだった。


 小川を血と泥で染めた戦場に、沈黙が訪れた。

 精鋭を誇った獣人強硬派も、もはや立ち上がれる者は数えるほど。

 倒れ伏した一人が白目をむき、うわごとのように呻いた。


「ま、舞夢の姉御……もう逆らわねーから……許してけろ……」


 その情けない声に、仲間たちは思わず顔を見合わせる。

 舞夢は血爪を払ってドヤ顔を決め、尻尾をぱたんと打ちつけた。


「最初から素直にしとけばよかったのにゃぁ」


 場の空気をぶち壊すように、サトルがくくっと笑う。

「ま~た臭い奴に懐かれたな、舞夢姐さんw」


 敵も味方も呆れ顔。

 だが笑い声が広がり、炎上遠征隊の勝利は揺るぎないものとなった。


   ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく

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