第13話 獣人砦の食客? 稀代の詐欺師サトル

 こうして僕らの炎上遠征隊は、罰ゲームのような任務を背負いながらも村に戻った。

 広場の会議でマサトが説明し、村人たちは唖然としたが結局は承諾。

 元野盗たちには「要請あれば駆けつけろ」と伝え、僕らは再び街道へ出る準備を整えた。

 次なる行き先は、獣人混成軍の陣地――理不尽のさらに先が待っている。


***


 《ヘップション! プション!》

 モフのくしゃみが雪道に響いた。

 寒さに体毛を一層ふくらませ、荷馬車をきしませながら進んでいく。

 吐息が白く舞い上がり、耳まで真っ赤だ。


「大丈夫か? 風邪ひくなよ」

 僕が声をかけると、レッサーブルのモフは「モフッ」と鼻を鳴らし、さらにモフモフになって踏ん張った。


 猫耳少女の舞夢は尻尾を抱えて震えている。

「しっぽが凍りそうにゃあ! 誰だよ北方遠征なんて言い出したの!」

「……政務官だろ」

 マサトが肩をすくめる。

 その声も白い霧になってすぐ消えた。


 犬耳少年のフィルは冷静に毛布を肩に掛けて荷車を見守っていた。

「寒さに弱い僕らにはきついけど……でも、あの砦の向こうに獣人たちがいる」

 指差す先、遠い丘の上に黒々とした柵と見張り台がのぞいていた。


 僕は腕輪を袖で隠しながら息を吐いた。

(寒いのに……腕からあったまる感じなんだよな)

 その感覚が、余計に旅の重さを際立たせた。


 日が傾くころ、僕らは砦の手前にある石造りの小屋へ入った。

 水路保守のための作業場らしく、壁際には壊れた水車の羽根や木材が積まれている。

 火を起こすと、湿った煙が立ちこめ、ようやく体に血が通うような温もりが戻ってきた。


「今夜はここで休むしかねえな」

 マサトが背を壁に預け、火を見つめる。

「明日、砦に出向いて交渉だ」

 その言葉に、全員の表情が固くなった。

 寒気よりも、これからの交渉の方がよっぽど身に染みる。


  ***


 翌朝。霜で白く染まった草を踏みしめ、僕らは獣人砦の前に立った。

 丸太を組んだ柵の内側には、毛皮をまとった獣人たちが槍を構え、こちらを鋭く睨んでいる。

 舞夢が尻尾を膨らませて小声でつぶやく。

「めっちゃピリピリしてるにゃ……」


 僕は緊張で喉がからからになりながらも声を張った。

「ぼ、僕たちはルナール村から来た! 話を……」

 だが、返ってきたのは低い唸り声。

「人間に話すことなどない」

 門前払いの一言で、こちらの気勢はあっさり折られた。


 それでも食い下がろうとしたとき――

「ん? マサトじゃねえか!」

 砦の影からひょいと現れたのは、髪を後ろで無造作に束ねた中年男。

 皿を片手に、呑気に焼き肉を頬張っている。


 マサトの顔色が変わった。

「……サトル!? てめぇ、なんで獣人の砦で飯食ってやがる!」

「いやぁ、居候させてもらってんだよ。食客ってやつ?」

 涼しい顔で答えるその男に、周囲は一瞬きょとんとした。


「この詐欺師野郎! 俺を散々巻き込みやがって!」

 マサトが怒鳴り、拳を握りしめる。

「おいおい、昔のこと持ち出すなよ。俺だって被害者だったんだぜ?」

 飄々(ひょうひょう)と受け流すサトルの態度に、舞夢は尻尾を逆立てた。

「胡散臭さMAXにゃ! ポンコツより信用できないにゃ!」

「おい、それ僕にまで飛び火してる!」


 結局、話し合いどころではなくなり、マサトがサトルの襟首をつかむ。

「いいから来い! 一度ケリつけてやる!」

「え、ちょっ……待て待て!」

 獣人兵たちもあっけにとられる中、僕らはそのままサトルを強制連行して砦を後にした。


 背後で肉の焦げる匂いが漂う。

 初交渉はあっけなく失敗。

 だが、さらに厄介な荷物を抱えてしまった気がした。


 焚き火のぱちぱちと弾ける音が、湿った小屋の中に響いていた。

 サトルは縄でゆるく縛られ、平然とあぐらをかいている。

 焼けた肉の香りをまだまとったまま、にやにや笑いを浮かべていた。


「お前のせいで俺はどんだけ損したと思ってる!」

 マサトが怒鳴りつける。

「政府勤めの要人だったくせに、詐欺まがいの仕事に手を出して、俺まで巻き添えにしやがって!」


 サトルは肩をすくめ、飄々と答える。

「おいおい、あれは“投資案件”だろ? 未来の村興しに繋がる話だったのによ。俺だって結局クビになって放浪してんだ」


「詐欺だろ、それは!」

 舞夢が尻尾をばしんと床に叩きつける。

「ポンコツ以上に信用できないにゃ!」

「おい、だから僕を巻き込むなってば!」

 僕は慌てて手を振った。


 サトルはそんなやり取りさえ楽しんでいるようだった。

「ま、こうして再会したのも縁だ。どうだ? 俺が獣人との交渉を引き受けてやろうか」


「はぁ!?」全員の声が揃う。

「お前が交渉? 笑わせるな!」

 マサトが吠える。

「いやいや、こう見えて俺は口が立つ。役人相手にも一目置かれてたんだぜ」

 胸を張るその態度に、誰もが呆れ返った。


 フィルが冷静に口を挟む。

「でも、実際に砦の中に居候できてたのは、交渉がうまいからじゃないの?」

「そうだろそうだろ!」

 サトルは嬉しそうに両手を広げた。

「俺なら、獣人たちの信頼を得つつ、人間側の顔も立てられる。つまり両得ってわけだ」


 マサトは歯ぎしりして睨みつける。

「……本当に胡散臭ぇ奴だ」

 だが他に策もなく、重苦しい沈黙が落ちた。


「任せとけ。俺が一枚噛めば、明日は一気に話が進むさ」

 サトルは焚き火の明かりを受け、影を背に大口を叩いた。


 その胡散臭い笑みを見ながら、僕は小声でつぶやいた。

「……また炎上する未来しか見えない」


 翌日、僕らは再び砦へ出向いた。

 昨日の拉致騒ぎもあって警戒されるかと思いきや、サトルが縄を解かせてのこのこ  前に出ると、獣人兵たちは顔を見合わせて肩をすくめた。

 どうやら彼は本当に“食客扱い”らしい。


「さぁさぁ諸君!」

 サトルは堂々と両手を広げた。

「この件、俺が仲立ちしてやる。人間と獣人、双方が得をする話だ」


 マサトは眉間に皺を寄せ、「勝手な真似すんな」と小声で唸る。

 けれどもう止められなかった。

 サトルはにやりと笑い、矢継ぎ早に言葉を並べる。


「赦免してやる。罪には問わない。その代わり税は免除だ。つまり、これからは水路保守がそのまま税の代わりってことにしようじゃないか!」


 ざわめきが走る。獣人たちは一斉に顔を見合わせ、次の瞬間どっと笑い声が起きた。

「それなら俺たちの負担はゼロじゃないか!」

「勝ったぞ!」


 マサトが歯ぎしりする。

「……こいつ、勝手に仕切りやがった!」

 僕は頭を抱え、舞夢は尻尾を逆立てる。

「ポンコツよりタチ悪いにゃ!」


 しかしサトルは胸を張り、さらなる爆弾を投下した。

「それにだ――新しい水路の開削も必要になる。その工事、もちろん獣人たちの手で無料奉仕だ!」


 一瞬、砦の空気が凍りついた。

「ただで、だと……?」

「聞いてないぞ!」

 喜色満面だった獣人たちの表情が一転、怒声が飛び交う。


 場が騒然となる中、奥から大柄な影が現れた。

 獣人の首領格らしい男が、重々しく腕を組んで歩み出てきた。


 首領格の獣人は鋭い牙を見せ、低く唸った。

「サトル、てめぇ……勝手に話を進めやがって。赦免も税免除も結構だ。だが新規水路をタダでやれ? そんな話は通らねえ!」


 獣人たちの怒号が渦巻き、柵の上から弓兵まで顔を出す。

 僕は慌てて両手を上げた。

「ま、待って! まだ正式に決まったわけじゃ――」

「決まったも同然だろ!」

 サトルが口を挟む。

「今ここで押せば、全部丸く収まる!」


「ふざけんな!」マサトがサトルの胸ぐらをつかんだ。

「てめえ、また好き勝手言いやがって!」

「俺を信じろって。損して得取れって言葉、知らねぇのか?」

「お前に言われると胡散臭さ倍増だにゃ!」

 舞夢が叫び、モフが不安そうに鼻を鳴らした。


 首領格の獣人は槍を突き立て、場を収めた。

「ここで血を流す気はねぇ。だがこの話、今は預からせてもらう。次に結論を出すのは俺たちだ」


 その言葉に砦の兵たちも一斉に黙り込む。

 交渉は強制的に打ち切られたのだ。


 僕らは砦の外へ追い出され、夕闇の街道を戻るしかなかった。

 肩で息をつくマサトは「ほんとに厄介な奴を連れてきちまったな」と吐き捨てる。

 サトルは一人、悪びれもせず鼻歌を歌っていた。


 フィルが小声でつぶやく。

「……でも、もしあれがうまく飲まれてたら、獣人たちは配下になってたかもしれない。悪いだけの話でもなかったのかも」


 僕はため息をつき、腕輪を袖で隠した。

 炎上の火種は、まだくすぶったままだ――。


    ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく

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