第4話 まゆちゃん村長は、野盗に助けられるんですが!?

 理不尽な条件を飲まされ、僕は“仮村長”に任じられた。

 借金と利息まみれで、農工具を手に入れてからのスタートライン。

 けれど、うさ耳少女のセリナを救った以上もう逃げられない。


 街道沿いの野営地を発ち、天性の地方面の関所を抜ける。

 廃墟となったルナール村へ進むと、早朝の風が頬を冷やした。

 猫耳少女の舞夢まいむは「まゆちゃん村長、炎上確定~」とからかい、フィルは黙って支えてくれた。ポンコツ人生でも、やり直すしかない。


   ***


 荷車に積まれた鍬や鋤を見て、僕はうめいた。

「これで村を耕すって……正直、無理ゲーだよな」

「そりゃそうでしょ。牛も馬もなしに畑ひっくり返すとか、筋肉バカでも無理」舞夢は尻尾を揺らしてあっけらかんと言う。

「筋肉バカって……僕のことじゃないよな?」

「違う違う、まゆちゃんはただのポンコツ」

「余計タチ悪い!」


 犬耳少年のフィルが真面目な顔で荷車を覗き込み、口を開いた。

「でも、道具があるだけでも助かる。最初は少しずつでも畑を耕せばいい」

「……フィルは前向きだな」

 その言葉に少し救われた気がした。


 それでも僕は気になって仕方なかった。

「なあ……牛とか馬って、本当に手に入らないの?」

 商工会ギルドの書記が鼻で笑ったのを思い出す。

「畜力なんて貴族や大商人の専売特許さ。借金まみれの仮村長が手を出せるもんじゃない」


 僕は頭を抱えた。

「やっぱり無理ゲーじゃん……」

「ははっ、まゆちゃんが鍬一本で畑一面を耕すとか、想像するだけで草生える」

 舞夢がわざとらしく尻尾をバシバシ振って笑う。

「笑い事じゃないって!」


 だけど現実は笑えない。

 鍬一本の労働力で村を復興するなんて、どう考えてもたかが知れている。

 荷車に積まれた農具が、希望というより重荷に見えて仕方なかった。


 天性の地へ向かう途中、石造りの関所に差しかかった。灰色の門の上から槍を持った兵士が睨み下ろしてくる。僕の足は自然とすくみそうになったが、ここで引いたら仮村長の名折れだ。


「……仮ですけど、ルナール村の村長です」

 勇気を振り絞って証明のプレートを掲げる。


 門番の役人が鼻を鳴らした。

 油で固めた髪を撫でつけ、小物感丸出しの笑みを浮かべる。

「ほぉ、“村長サマ”ですかい。へっ、どうせ三日と持たずに逃げ出すに決まってる」

 その一言に兵士たちまでクスクス笑った。


「なっ……!」反論しようとした僕の袖を、舞夢が引っ張る。

「はいはい、炎上小役人の嫌味はスルーでいいって。胃に悪いでしょ」

「炎上小役人って……!」


 役人はさらに口を歪める。

「証明書は本物かもしれんがな、村の焼け跡なんぞに戻って何をする。畑を耕す? 井戸を掘る? ままごと遊びか」

「っ……!」胃の辺りがきしむが、言葉が出てこない。


 代わりにフィルが一歩前に出た。

「俺たちは帰るだけだ。笑いたければ笑え。でも村を捨てはしない」

 真っ直ぐな声に、一瞬だけ空気が張り詰めた。


 役人は舌打ちし、つまらなそうに手を振った。

「勝手にしろ。どうせ長くは続かん」

 槍が退けられ、重い門がきしんで開く。


 舞夢が尻尾で僕の背中を突いた。

「さ、まゆちゃん村長。炎上の幕開けだよ」

 僕は小さくうなずき、歯を食いしばって関所をくぐった。


 関所を抜け、廃墟となった村への街道を進む。

 瓦礫に草が絡みつき、鳥の声すら少ない。胸の奥がずんと重くなる。


 と、その先に見覚えのある連中が並んでいた。

 ぼろ布姿の野盗たちが、道の真ん中で土下座している。


「舞夢姉御ぇぇぇ!」

「捨てないでください、もう悪さしません!」

 声を揃えて泣きつくその姿に、僕は思わず口を開けたまま立ち止まった。


「な、なんで待ち構えてんの!? 誰が情報流したんだよ!」

「まゆちゃんじゃなくて、あたしに用事でしょ」舞夢が腰に手を当て、胸を張る。

 尻尾がドヤ顔みたいにピンと立っている。

「いや、ドヤるなよ……」


 野盗リーダーが顔を上げ、声を震わせながら訴える。

「俺たち、農民や木こりだったんです。もう一度、村で働かせてください!」

 その目は必死で、昨日までの薄笑いはどこにもない。


 舞夢が横目で僕を見る。

「ほら村長さん、どうする?」

「う……まゆちゃん村長は、炎上しそうな選択しか残されてないんですが!?」


 そんな中、後ろの若い野盗が恐る恐る口を開いた。

「……畑を耕すなら、牛馬がいなきゃきついっすよね。

 けど、代わりになるレッサーブル小型の野牛なら手に入るかも」

「レッサーブル?」僕は首をかしげる。


 彼は頷き、指で森の方を示した。

「レッサーブルは人懐っこい牛で、ちょうど馬で言うポニーサイズっす。小さいけど力はあるし、荷も引けるし畑も耕せますよ」


 舞夢の目がきらりと光った。

「いいじゃん、それ! 大型の牛や馬は無理でも、レッサーブルなら庶民でも飼えるしね」

「ちょ、ちょっと待って。本当に扱えるのか?」

「ポンコツにだって扱えるくらい、お利口なんだよ」舞夢がにやりと笑った。


 村外れの草地に足を踏み入れると、のんびり草を食む茶色い影が見えた。

 丸っこい体に小さな角。

 背中までの高さ(体高)は子どもの背丈くらい、まさに“牛のポニー”といった感じだ。


「あれが……レッサーブル?」

 僕はごくりと息をのむ。

「そうそう。人懐っこいけど油断すると突進してくるから気をつけろよ」

 野盗の一人が囁いた。


「まゆちゃん、行ってみなよ」

 舞夢が背中を押す。

「え、僕!? 捕まえるのは経験者でしょ!」

「仮村長の仕事だって。ほら、頑張れ〜」


 仕方なく近づくと、レッサーブルがぱちりと大きな瞳で僕を見た。

 思わず笑みがこぼれる。

「……おお、可愛いじゃん。なあ、大人しくついてきてくれよ?」

 そう言って手を伸ばした瞬間、鼻息がぶしゅっと吹きかかり――

「うわっ!?」

 次の瞬間、ドンッと体当たりを食らって宙を舞った。

 背中から草地に落ち、息が詰まる。


「ぎゃははっ、ポンコツまゆちゃん撃沈〜!」

 舞夢が腹を抱えて笑う。

「笑ってないで助けろぉ!」


 レッサーブルが再び突進してくる。

 必死に転がって避ける僕を尻目に、舞夢が軽やかに跳び上がった。

「はいはい、ここからは舞夢ちゃんタイム!」

 しなやかな脚で首筋に飛び乗り、尻尾をピンと立てながら手綱代わりに掴む。


「おとなしくしなさいっての!」

 レッサーブルは数歩暴れたが、やがて観念したように草の上に座り込んだ。


「……つ、捕まえたの?」

 僕はへたり込みながら呆然と見上げる。

「当然でしょ。ポンコツじゃ一生無理だけど、私がいれば余裕余裕」

 舞夢が鼻で笑う。


 野盗たちが拍手してはやしたてる。

「さすが舞夢姉御!」

「相棒は情けないけどな!」


 僕は土まみれのまま、鍬より重たいため息をついた。

「……これ、村おこしの前から炎上してない?」


   ***


 ぞろぞろとついて来るレッサーブルの群れを引き連れて、僕らは焼け跡の村に入った。モフモフの毛並みで体を揺らして歩く、このレッサーブルのリーダーを誰がいうともなく『モフ』と呼び始めた。

 

 胸がずきりと痛むが、モフが「モォ」と鳴いて群れを先導するように歩くと、不思議と少しだけ前向きな気持ちになれる。

「まずはこいつらの寝床だな」

 フィルが指さしたのは、崩れかけた家畜小屋だった。

「壁は割れてるけど、梁はまだ使えるわ」

 舞夢が尻尾で埃を払う。

「よし、解体して組み直そう」野盗あらため元農民たちが次々と動き出す。


 僕も釘抜きを手に取ったが、すぐに手を滑らせて指を挟んだ。

「いったぁ!」

「まゆちゃん、開始一分で戦力外w」

 舞夢が呆れ顔で笑う。

「うるさい! 僕だって頑張ってるんだ!」


 それでも皆で板を打ち直し、屋根に草を葺き直すと、数時間後には小屋の形が戻っていた。モフたちは嬉しそうに中へ駆け込み、藁の上で丸くなる。


 続いて住居の再生に取りかかる。

 壁を立て直し、割れた窓に板をはめる。

「……少しずつだけど、家らしくなってきた」

 フィルが汗を拭いながら笑う。

「ポンコツ村でも、やればできるじゃん」

 舞夢が尻尾を振る。

「ポンコツ村って言うなぁ!」


 夕暮れ、崩れた屋根の隙間から差す光が赤く村を照らした。

 まだ道は遠い。けれど、モフたちの群れと新しい仲間たちがいる。

「ポンコツでも、一歩は踏み出せたかな」

 僕は土まみれの手を見つめ、深く息を吐いた。


   ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく


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