第3話 ねえちゃん救出が、仮村長で重税ってなによ!?

 ゲートタウン(Δ7)を後にしてしばらく歩くと、旅人が焚き火を囲む広場があった。石畳から外れた空き地には荷車や馬の影が並び、煙が夜空に細い筋を描いている。


「ここで一晩だな」犬耳少年のフィルが小さくうなずいた。

 僕は疲れ切ってその場に座り込み、空を見上げる。

 星がにじむように瞬いていた。


「まゆちゃん、寝る前に火の番くらいしなさいよ」

「え、僕!? 交代とかないの?」

「子どもと猫耳美少女に任せる気?」

「ひ、ひどい理屈だ……」


 僕は【真優=まゆちゃん】と固定になったらしい。

 そんなやり取りをしているうちに、火の温もりに負けて目が落ちていく。

 耳に届いたのは、猫耳少女の舞夢まいむが鼻歌まじりに薪をくべる音。


   ***


 朝焼けに目を覚ますと、草に露が光っていた。

 旅人たちはすでに荷をまとめ、街道へと歩き出している。

 僕らもパンをかじりながら荷物を整えた。


 空気は澄んでいるのに、なぜか落ち着かない。

 フィルの姉が本当にそこにいるのか――その答えを確かめに行くしかない。


 天性の地へ向かう街道は、草原を抜けて森に差しかかる。

 昼なのに妙に静かで、僕の足音と馬車の軋む音だけが響いていた。


「……なんか、嫌な感じするな」

 僕がつぶやいた直後、前方で人の悲鳴が上がった。


 茂みを抜けると、荷車を囲んで野盗らしき連中が村人を脅していた。


「金出せ! 命が惜しけりゃ早くしろ!」

 腰の剣がギラつき、村人たちは震え上がっている。


「やば……ど、どうしよう……」

 僕が腰を引けさせている横で、舞夢が尻尾をピンと立てた。

「なにビビってんの。止めるに決まってんでしょ」

「え、ちょっと待っ……」

 言い終わる前に、舞夢は地面を蹴った。


 次の瞬間、野盗の一人が宙を舞う。

 舞夢の猫耳がひらめき、爪が閃光みたいに走った。

「ひ、ひぃっ!?」

 残りの連中は蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、倒れた一人だけが地面に転がった。


「まゆちゃんは下がってろって言ったでしょ?」

「ぐっ……言われなくても分かってるよ……」

 情けなく答える僕を尻目に、フィルが目を細めた。

「……こいつ、見たことある。村を襲った連中の一人だ!」


 捕まえた野盗は顔を青ざめさせ、必死に言い訳を並べる。

「ち、違う! 俺はただ、言われた通りにしただけで……!」

「じゃあアジトの場所を吐け!」舞夢が尻尾をビシッと振る。


 観念したのか、野盗は唇を噛みしめ、ぽつりと答えた。

「……天性の地の廃砦だ。そこに、女が……捕まってる」


 その言葉に、フィルの瞳が大きく揺れた。

「姉ちゃん……!」


   ***


「おい! チンピラ、こっちで間違いないな?」

「へ、へい、姉御……」

「嘘だったら分かってんだろうな?」舞夢が尻尾をビシッと振る。

 青ざめた野盗の下っ端が先に立ち、廃砦の奥を指さした。


 廃砦の奥、石の牢屋に近づいたときだった。

 中から聞こえるのは、金属を叩く轟音と野盗の悲鳴。


「おい止めろ! 暴れるな!」

「この女、怪力すぎだろ!」


 鉄格子の向こうで、大きな石柱を振り回している少女がいた。

 髪にフェザークリスタルの飾りを揺らし、瞳は赤く光っている。

 彼女こそ、フィルが探していた姉――うさ耳少女のセリナだった。


「姉ちゃん!」

 フィルが叫んだ瞬間、セリナの動きがぴたりと止まる。

 次の瞬間、牢屋の鉄格子が爆音と共に粉砕された。


「うそ……魔獣化?」僕は思わず声を失った。

 舞夢が肩をすくめる。

「はん、魔獣の覚醒ってやつね。あんたよりよっぽど頼りになるじゃん」

「比較対象そこ!?」


 セリナは砕けた鉄を踏み越え、野盗を次々と吹き飛ばした。

 怒号も悲鳴も関係なく、その勢いは嵐みたいで、最後には野盗たちが土下座して叫ぶ。

「どうぞ連れて帰ってください! もう勘弁してください!」


 フィルが駆け寄り、セリナは彼を抱きしめた。

 赤い光は消え、瞳は元の柔らかさに戻っていく。

 その光景に、僕はただ息をのむしかなかった。




 残った野盗たちは武器を投げ出し、膝をついて震えていた。

「頼む、勘弁してくれ……! 俺たちだって好きでやってるわけじゃねえ!」


 その言葉に僕は思わず足を止めた。

「どういうこと?」

 代表らしき男がうつむき、悔しげに吐き出す。

「Δ7の役人どもが税を倍に吹っかけやがった。払えねぇから、こうして盗みで食いつなぐしかなかったんだ」


 フィルが顔をゆがめる。村を滅ぼした奴らの弁明なんて、許せるはずがない。

 でも、僕の胸はざわついていた。

「……分かるよ。苦しいんだろ。でも、人を襲うのはやっぱり駄目だ」


 舞夢が大きくため息をついた。

「ポンコツ……ほんと甘すぎ。けど、あんたが言うなら仕方ないか」

「え?」

「どうせΔ7の連中も動き出してる。ここらで悪さしてたら、あんたら全員まとめて狩られるだけだよ」

 尻尾をぱしっと振り、鋭い視線を投げる。

「命が惜しいなら、とっとと遠くに消えなさい」


 野盗たちは互いに顔を見合わせ、必死で何度もうなずいた。

 セリナを守るように立つフィルの横で、僕は小さくつぶやく。

「……もう誰も襲わないでくれ」


 その場に残ったのは、砕けた鉄格子と、逃げ去る足音だけだった。


   ***


 廃砦を後にした僕らは、夕暮れの街道をΔ7へと引き返していた。

 セリナは歩きながらもまだ疲労が色濃く、フィルが横で支えている。

 その横顔を見つめていて、ふと口をついて出た。


「……その髪飾り、見覚えあるな」

 青白い光を帯びたフェザークリスタル。

 ひっそりと記憶に残るあの夜、横断歩道で見かけた、あの子と同じ。

 セリナは一瞬だけ目を丸くして、すぐに柔らかく微笑んだ。

「これ? ここに来たとき、すでに身に着けていたの。理由は分からないけど……手放せなかった」

 それ以上は語らず、視線を前に戻す。

 その仕草に僕は戸惑いを覚え、問い詰めることはできなかった。


   ***


 Δ7の庁舎に戻ると、薄暗い受付の奥にあの眠そうな役人が座っていた。

「依頼の報告か?」

「はい。野盗のアジトを突き止めて、捕らわれていた村人を救出しました」僕は必死に声を張った。

 しかし役人は片眉を上げただけ。

「ほう。それで、野盗どもは?」

「事情があったんです。Δ7の役人が税をふっかけたせいで――」

 言い終わらぬうちに、机を指でトントン叩きながら遮られる。

「だからといって野盗は野盗だ。明日にも討伐軍を編成する」


「ま、待ってください!」思わず机に身を乗り出す。

「彼らは……悪党だけど、生きるために仕方なく。せめて――」

 役人はつまらなそうにため息を吐いた。

「甘いな。だが……そうだな、条件を満たせば“受け入れ”を検討してやらんこともない」

「条件?」


 にやり、と口元が歪む。

「お前が村の役人になることだ。ただし実績とトークン百枚が必要だな」


 耳を疑った。百枚? 僕らの手持ちどころか、一生分の額じゃないか。

「そ、それって……」

「前借りも認めてやるぞ。ただし月五%の利息でな」


 舞夢が尻尾を逆立てて声を荒げた。

「はぁ!? 完全にカモられてるじゃん!」

 役人は肩をすくめ、羽ペンを走らせる。

「やるかやらんかは自由だ。どうせお前らには他に道はない」


 僕は唇を噛みしめた。

 ポンコツな僕が村の役人? 到底務まるとは思えない。

 でも、フィルの姉を助け出した以上、この先も見捨てるわけにはいかない。

「……分かりました。僕がやります」


「ほほう、やってくれるか」役人の口元がにやりと歪む。

「で、村長として何をやったらトークンやジェンを稼げるんだか、聞かせてもらえます?」僕は必死に食い下がった。


「それもそうだな。まずは村を作るか立て直して、畑でも耕すことだ。作物や資源をギルドに納めれば、最低限のポイントは入る」

「……畑仕事?」思わず声が裏返る。

舞夢が横で吹き出した。

「ぷっ、まひろんにぴったりじゃん。鍬振り回して空振りする未来が見えるわ」

「そ、それだけですか?」僕は赤くなりながらも食い下がる。


役人はつまらなそうに羽ペンを弄びながら答えた。

「自分で考えろ。仮でも村長なんだからな。あちこちのギルドで依頼を受ければいい。商人ギルドでも、冒険者ギルドでもな」

「……好き放題押し付けられてる気がするのは、気のせいかな」

「気のせいだ」役人はあくびをしながら羊皮紙に印を押した。


 こうして僕は、実績ゼロのまま“仮村長”に任じられた。

 借金まみれ、理不尽仕様のスタートライン。

 それでも、もう後戻りはできない。


「……ポンコツ人生でも、やるしかない」

 庁舎を出て夜風を浴びる。

 猫耳相棒と新しい仲間と一緒に。

 炎上仮村長としてのスローライフが、ここから始まった。


    ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく

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