第11話:塔の王

 目の前に現れた女性は勢いのままスコップを振り下ろしていました。


「んだよこいつ傭兵か!?」


 間一髪、アルヴァ一等兵が銃剣を構えて斬撃を受け止めてくれました。


「君、衛生兵だよね? 面倒だし、さっさとくたばってくれないかな」


 アルヴァ一等兵の言葉を無視した女性は私に語りかけました。


 ふわふわと風に揺られる長い藍白色の髪。

 前に流れた髪は三つ編みしていて綺麗な髪飾りが一際輝いていました。


「君は何者だい? 少なくとも俺らの敵って事でいいよね?」


 ガーラン大尉が照準を合わせ話を続けます。

 後ろに私やアルヴァ一等兵が居るので即座に打つ気配はないようです。

 

「僕は…………うーん、元? NIBの一員だよ。と言っても分からないだろうけど」

「それってヘルツカイナ国軍の組織名?」

「好きに捉えて貰って構わないよ」


「総員……打て!」


 ガーラン大尉の命令でソルジア上等兵とアルヴァ一等兵が発砲。

 

「同士討ちするかもしれないのに、打つんだねっ!」

「んな甘い訓練させてねぇよ」


 発砲した球は当たらず床に落ちました。


「酷いなぁ4対1なんてさ……せめて地形の利くらいは頂くよっ!」


 そう言い放った女性はソルジア上等兵に突撃。

 体制を崩したソルジア上等兵を押し退け階段を駆け上がっていった。


「ソルジアさんっ!」


 思わず叫んでいた。

 怪我はしていないだろうか。

 

「大丈夫よアンジェ、少しバランスを崩しただけ」

「後で確認しますから……!」

「えぇ、ありがとう」

 

「追うぞ」


 再びガーラン大尉の指示で敵兵を追いかけます。

 階段を登る途中、隣の塔からも発砲音が響いて来ました。


「隣の塔にも敵が居るようですね」

「さっさと終わらせて加勢しに行くぞ」


 ガーラン大尉とソルジア上等兵の会話が言い終わる頃。

 先程の女性がガーラン大尉に襲いかかっていました。


「お兄さん力強いね……!」

「伊達に鍛えてねぇからなぁ」


 ガーラン大尉は腕でそれを受け止め、片方の手で発砲しましたが、銃剣を蹴られ狙いは外れました。


「いいな……羨ましい限りだよ」


 女性は再び距離を取り階段を登っていく。

 丁度踊り場に着いた時。


 隣の塔から歓声が上がった。


 後に知った事ですが、それは隣の塔を制圧し終えた第4中隊の声でした。


 髪飾りを着けた女性の目が大きく開かれ、欠けた窓から隣の塔を見つめました。


「…………あぁ……そっか、」

 

 窓から差し込む光は女性の顔をはっきりと映します。

 驚きと焦りを感じる瞳。

 口元は少し微笑んでいたような気もします。


 その明らかな隙をガーラン隊長は見逃しませんでした。


 

 乾いた銃声が鳴る。

 

 

 ガーラン大尉の放った一撃は髪飾りの女性の胸を撃ち抜いていました。


 彼女の手からシャベルが落ち。


 落下音が塔の中で響きました。


 反響が終わる頃、倒れた体は二度と動かなくなっていました。

 


「こっちの敵はこいつだけみたいですね」

「そうか」


 ガーラン大尉とソルジア上等兵が何やら動いていましたが、私の視界には映りませんでした。

 

 目の前でが死にました。

 倒れて、床には血が広がっています。

 

「アルヴァ、この死体埋めてきてくれ」

「分かりました」


 この人は敵です。

 敵、だから。

 許してはいけない。


「衛生兵ちゃんは…………」


 この人だって、私達の仲間を殺して来た筈です。

 そう思え。

 思わなければ。

 正気でいられない。

 

「……おーい、アンジェ?」

「はっ……はい!」


 目の前でガーラン大尉が手をひらひらした事で我に返りました。

 

「ソルジアに怪我が無いか見てやってくれ」

「分かりました……!」


 ソルジア上等兵と踊り場の隅に行き、怪我の様子をみます。

 外傷も内出血の様子も見られませんでした。


「……大丈夫そうですね! 良かったです!」

「ありがとうアンジェ」


 


「2人とも少し良いか?」

「「はい?」」


 ガーラン大尉が差し出したのは複数枚の手紙。

 

「これは……?」

「さっきの奴の手記だと思うんだけど、これを後方の拠点まで持ってってくれん?」

「分かりました」


「んじゃよろしくー」




 


 手紙を拠点にいた司令官に渡し、再び双塔に戻る。

 

 道中、ソルジアさんと他愛もない話もしましたが。

 なにやら心配そうな顔を浮かべていました。

 

「アンジェは人が目の前で殺されるのは初めて?」

「いえ、一度経験した事があります」


 以前アルヴァ一等兵やレイチェルさんと出会った日。

 私に襲いかかってきた敵兵はレイチェルさんによって殺されました。


「そう……ずっと瞳孔が開いているから、心配でね」


「あぁー、ガーラン大尉とあの女性の会話を聞いて、それでー、それで……でも、もう生きてないって思ったら、倒れてる女性の事がなんか怖くって」


 嘘だ。

 実際に感じたものは恐怖とは少し違かった。

 でも言葉にして良い感情では無かった。

 

 野戦病院で日に日に弱っていく負傷兵とは違う。

 さっきまで機敏に動き、話していた人間。


「大丈夫。いずれ慣れるわ」

「そう、なんですかね」


 ベローニャの双塔に着くと、ソルジア上等兵が手を広げ塔の入口へ案内してくれました。


「私達は貴方を歓迎するわ、ようこそ第4中隊へ。中で皆が歓迎の準備をしてくれてる筈よ」


 ソルジア上等兵に促され塔に入る。

 中では第4中隊の方々が各々の配給を広げ食べたり交換し合っていました。


「おっ2人共おかえり〜」

「ガーラン大尉、何先に始めてるんですか……?」

「まぁまぁそう言わずに、俺の慰問袋の中から好きなお菓子1つ選んでいいからさ」

「私は要りませんよ」


 ソルジア上等兵は輪の中に溶け込みこちらに手招きをしました。


「アンジェ何か貰ったら?」

 

 人が亡くなった塔で歓迎パーティをするなんておかしい事です。

 あぁ、でも。

 ここにいる人は皆、塹壕で日々を過ごし。

 横で仲間が亡くなっても戦ってきた人達でした。


 いずれ私もこうなるのでしょうか。


 ガーラン大尉やソルジア上等兵の顔をしっかり見れませんでした。

 きっと今の私はこの人達を軽蔑してしまう。

 それだけは嫌だった。


「ありがとう、ございます」


 

 あれ……。

 私何て言われたんでしたっけ。

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