第9話:客船潜入

東国ルミエールに雇われて傭兵の仕事をしています。レイチェルといいます」


 私は民間からの依頼は受けず、軍から来る依頼のみ引き受けています。

 傭兵は軍より早く、そして自由に動く事が出来、失敗しても足が付きません。





 

 <ルミエール国軍応接室>


 この日は急な依頼という事で、私はルミエール国軍に来ていました。


「初めまして、私はルミエール国軍司令部に所属している者だ」

「初めまして、レイチェルです」


 応接室にいたのは、灰色の横髪を垂らしている女の子。

 軍帽を深く被り顔はハッキリと見えず。

 階級すらも名乗らないのは、それ自体情報になってしまうからでしょう。

 

「依頼内容をお伺いしても宜しいですか」


「近年捕虜や行方不明者の数が増えている。併せて、不審船の情報も複数入っていてな、誘拐ルートの1つが南ヴァッサの港だと判明した」


「今回はその船中にいる‎実行犯を排除して欲しい」

「排除して宜しいのですね」

「あぁ、後処理はこちらでする」

「分かりました」


「必要な手続きを行えば西国の船も停泊出来てしまうし、情報によると客船にカモフラージュしているそうだ」

 

「出航前に片付けなければならない、引き受けて貰えるか」

「勿論です」






 〈5月1日〉


 日付が回り、月が空で輝く頃

 南ヴァッサの港にその船は止まっていた。

 

 この客船がまさか誘拐船だとは誰も思わないでしょう。


 船の創りは3階層。

 1階がロビーやダイニング。

 2階が客室や操縦室。

 3階がデッキになっています。


 船の入口から

 乗組員が港へ出入り出来るようになっていた。


「不法侵入……ですかね」

 

 周囲を確認し、船内に入る。

 出入口の扉を横に付いたハンドルで閉める。

 多少、音がしてしまうので警戒は怠りません。


 無事に退路を塞ぎ、辺りを再確認したのですが、1階の見張りは随分少ない様でした。


 先ずは操縦室に向かって外部への通信を遮断するべきでしょう。


 すると遠くから何やら話し声が聞こえてきました。


「本当、東国ルミエールはあったけぇよな」

「おい、あんまでかい声出すなよ……私語がバレたらどうすんだ」


 階段の上階から2人の乗組員が1階へ降りてきているようです。

 急いで近くの物陰に隠れてハンカチを噛み少しでも息の音を小さくしました。


「………………」


 2人組は私に気が付く事なく通り過ぎて行きました。

 

 今回私の所有する武器は小型のナイフと剣。

 深夜の行動でしたので、港でも人目に付くことなく持ち運べました。


「じゃ、俺はこっち見てくるわ」

「了解」


 様子を伺っているとどうやら別行動をするそう。


 乗組員の1人が物置部屋へ入り、もう1人が離れたのを確認した後、私も物置部屋に入りました。


 ……乗組員を始末した後、別れたもう1人も物置部屋に隠しました。


 2階に上がり客室を進んでいくと、関係者以外立ち入り禁止の札を見つけました。


 進んでいくと奥には操縦室がありました。

 扉を開けると乗組員が数名いました。

 

「だ、誰だ……! ッ総員至急応え゙………………」


 小型ナイフを投げつけ、通信機器付近の人物を無力化。

 続いて周囲の乗組員も沈静し内線を切る。

 

「後は、残敵掃討ですね」


 通信は切りましたが、異変を感じて乗組員が集まって来ることでしょう。

 そうなれば、剣の腕の見せどころです。


 軽武装の一般人ですから、複数人居ても問題はありません。

 それに操縦室の扉は1つでしたので、回り込まれる心配もありませんでした。


 操縦室に押しかけてきた乗組員を全て始末し、再度1階からクリアリングを行いました。

 3階に着き、デッキの扉を開けると1人の婦人が居ました。

 

「あら? あらあらまぁまぁ! 貴方、レイチェルじゃない?」

「はい?」


 婦人は私を旧友の様に親しく話しかけて来ました。

 

「全く叔母さんの事もう忘れたの? それより見ないうちにまた背が伸びたんじゃない?」


 剣を構える私を見て、婦人は呆れた顔でそう言いました。

 

「…………誰ですか貴女」

「失礼じゃない? ……レイチェル」

 

「変装ですよね、不愉快です」


 尚も疑う様子に諦めたのか婦人は演技を辞め声高らかに笑う。

 

「貴方は変装すらしないのね? 傭兵の仕事に誇りでもあるのかしら」


 見知らぬ婦人はさっと変装を解き、ドレスの裾で隠していた剣を此方に構えました。

 

 50代程の婦人は20代前後の少女に変わり、赤い髪を海風に揺らしています。

 

「ヘルツカイナ国軍第V部隊所属……ヨナ、貴方の首を西国ヘルツカイナに持ち帰る事にするわ」

「第V部隊……?」


 西国ヘルツカイナ軍の組み分けでしょうか。


 赤髪の少女は勢い良く切りかかって来ました。

 ですが、勝負はあっさり着きました。


 相手の斬撃を受け、空いた胴体に蹴りを入れる。

 怯んだところに一突き。

 倒れた彼女が再び襲いかかることはありませんでした。


「…………ふぅ」


 本来は乗客に紛れ、乗組員と乗客の監視を行う予定だったのでしょう。

 西国ヘルツカイナ兵とはいえ、戦闘員とは少し違う立場の様でしたので、それに遅れを取る様な真似はしません。


 船内の敵を全て始末し、その日の任務はそれで終わり。

 私は報告を行う為に再びルミエール国軍に向かいました。



 

 


 〈ルミエール国軍応接室〉


「報告を頼む」

「はい、船内に居た実行犯全て始末しました、中には西国の部隊名を名乗りあげた者も居ました」


 応接室に案内されると、依頼された時と同じ少女が座っていました。

 

「部隊名は何と言っていた?」

「ヘルツカイナ国軍第V部隊……と」

「ふむ、大隊や中隊とは違った組み分けだろうか……」

「最低でもI〜Vまで居るとみて良いかと思います」

「そうだな……ありがとう、此方でも調べてみるよ」


 恐らく、ルミエール国軍と違い業務内容などによって部隊を組み分けられているのでしょう。

 最近発足した部隊、もしくは何か行動を起こし始めたという事でしょうか。


「所で、報酬は本当に此方から出さなくて良いのか?」

「はい、直接受け取ることはありません、ですが裏口でしっかりと受け取っていますのでご心配なく」

「そうか、分かった」


「報告は以上になります、それでは……」

「あぁ、いや少し待ってくれ」

「はい……?」


 報告を終え立ち去ろうとしましたが、呼び止められました。

 

「リラから茶会の誘いが既に届いているだろう」

「えぇ、何故それをご存知で?」

「私も茶会に参加する予定でな、こうして一度顔を合わせてしまったんだ、先に挨拶をしておこうと思ってな」

「あぁ、成程」


 少女は深く被っていた軍帽を脱ぎ素顔を表しました。

 軍帽にしまっていた髪の毛は肩まで降ろされ。

 灰色だと思っていた髪色は毛先のみで大半は雪色の髪をしていました。

 

「ルミエール国軍司令部所属、少佐、アメッサだ、名乗りもせず軍帽も被ったままですまなかった」

「いえ、初対面でしたしそれが正しかったかと」

 

「今後も依頼をすると思うが、よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」





 

 レイチェルがデザートフォークを皿に置く。

 話が終わったようだ。


「淡々としてますね……」


 アンジェが声をこぼした。

 レイチェルの多くは語らない話の中で、一体何人の人が死んだのだろう。


「心が痛まない訳ではありませんが、敵兵は始末しないといけませんので」

「何と言うか、西国民は格式張った奴らが多いな」


 アメッサも疑問を提示する。

 

「己の名を掲げ、実績を残さないと階級を上げる事が出来ないのでしょうか」

「あぁ……そういえば、あの国の軍は気持ちが悪い程の能力主義だったな」

「確かに。ゼロも偽名コードネーム、自分から名乗ってたよ」


 リラも護衛任務の時の事を思い出していた。


「それにしても護衛に、指揮に、潜入……見事にバラバラですね!」


 3人の話を聞き終えたアンジェはそれぞれの違いが気になっていた。

 

「皆階級も仕事内容も違うからね」


 とリラがつけ加える。


「また、こうして集まれると良いですね」

「持ち寄ったものも全て美味しかったしな」


 レイチェルとアメッサもお茶会が楽しかった様。


 この後少女達はそれぞれの持ち場に戻る。

 無事の再会を願うが、戦況は激化していく一方だった。

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