第3話:無敵の印
「4月10日午前5時よりアンジェ二等衛生兵出発します!」
「ちょっと待った!」
「は、はい! マサ軍医どうされましたか?」
医療キットを持ち、前線へ行こうとしたのですが、ギョッとした顔でマサ軍医に止められました。
「今年の新人は体力検定をまだ受けていないんだったね……」
はぁ、とマサ軍医はため息をついています。
「アンジェさんその腕章は外していきなさい」
マサ軍医が指を指したのは私が腕に付けている衛生兵の腕章だった。
「それだと、普通の歩兵に見えてしまうのでは……」
「それが目的です」
いまいちマサ軍医の意図が読めません。
何故、戦えない私が戦闘員を装わないといけないのでしょうか。
「確かに条約では衛生兵は敵兵へ攻撃をしない限り非戦闘要員ですね」
「なら、何故?」
「幾度となく迫り来る敵兵より、復活させる術を持つ人間を潰すほうが早く戦争が終わるからです」
思ってもいませんでした。
正確には考えたくありませんでした。
決まり事だから、衛生兵だから、自分は大丈夫だと、そう感じていました。
「君達の腕章はここでは身分を証明するものかも知れない。でも戦場じゃ真っ先に狙う的になるんだ」
「それと、これを持っていきなさい」
マサ軍医から手渡されたのは、小型ナイフと閃光弾。
「もしもの時に使いなさい。でも、これを使った瞬間君は相手から本当に敵兵と見られる。くれぐれも自ら好戦的に使う事が無いように」
「はい!」
「気を取り直して、アンジェ二等衛生兵出発します!」
野戦病院から前線までは少し距離があります。
野戦病院の近くはまだ木々が生え、鳥は伝書鳩でしたが、少しの自然を感じることが出来ました。
戦地に近づくにつれて木は枯れ、荒れ果てた大地に鉄条網が立ち並んでいました。
命が散るには寂しい、寂しい場所でした。
やっとの事で前線に到着し、塹壕の中に飛び込む。
「すみません! 衛生兵です! 治療が必要な方は居ませんか!」
「君! こっちに来てくれ!」
「はい! 今すぐ!」
声のした方に向かうと腕が曲がっている方が横たわって居ました。
顔色が青く、体調が悪いのは明白です。
「手榴弾に巻き込まれて、モルヒネは打ったんだが、どうも骨折もしているみたいで動かせねぇらしい」
幹部の腕には手榴弾の破片が複数刺さっていた。
「破片を抜いて消毒をします、骨折については病院で治療を受けて下さい」
「運搬含め、お願いできるだろうか」
「任せてください!」
前戦で衛生兵は後方にある野戦病院で治療を受けさせるか、簡易的な治療で直ぐに現場復帰出来るのか、見極めなければならない。
初めてのことだ。
「こちらの方は、シェルショックになっています。病院へ運搬しますので、応援を呼んできます!」
「そちらの方は、治療をすれば、直ぐに現場復帰出来ると思います! 今向かいますので少々お待ち下さい!」
「大丈夫、大丈夫です! マサ軍医は凄い人です! また歩けるようになります!」
「衛生兵! 前に来過ぎだ!」
はっと顔を上げた途端一等兵と思われる方に押し退けられました。
負傷兵を診て回っていた所、どうやら前線に近づき過ぎていたようです。
確かに先程から強い怒号と銃声が辺りで飛び交っています。
「す、すみません直ぐに戻ります……!」
一等兵さんの見幕に圧倒され直ぐに謝りましたが、怪訝そうな顔は治らず。
何やら言いたげな一等兵さんの声は近くにいた別の一等兵の声でかき消された。
「アルヴァー!!!!!」
突然大きな声が鼓膜の中で響いて混乱する。
声のした方を見ると1人見知らぬ軍服を着た人間が私目掛けて突進してきていた。
「ちっ、衛生兵! 早く下がれ!!」
守りが弱かった部分があったのだろう、敵兵が1人塹壕に侵入していた。
殺される。
閃光弾もナイフも取り出す時間なんて無かった。
役に立てずに穴に埋められる。
そのはずだった。
視界の端に1人の少女が飛び出してきてその少女は息もつかず敵兵を薙ぎ倒した。
「衛生兵は無事ですか?」
「ぶ、無事です!」
「すみませんレイチェルさん!」
「あぁ、アルヴァか、久しぶりです。お互い生きてて何よりですね」
目の前に居る灰色髪の少女はレイチェルさんというらしい
そうだ、リラさん達が言っていた傭兵の人だ。
「あのレイチェルさん、助けて頂きありがとうございました!」
「これも仕事なので、しかし本当に衛生兵というのは、自分の命より他人の命を助ける事に盲目的になりやすいみたいですね」
「は、はい、今日がその、初陣でして……」
「……この後野戦病院へ薬を補充しに行くので、良ければ護衛次いでに付き添いますよ」
「えっ本当ですか!お願いします!」
レイチェルさん。
不思議な人だけど、そんなに嫌な人じゃ無いのかもしれない。
その後、九死に一生を得た私は負傷兵を連れて野戦病院へ続く道を歩いた。
空は灰色と青を薄く伸ばした色に染まっていた。
今朝と同じ道を歩いている筈なのに。
ずっと西にはシユが居るのに。
振り返る事が出来なかった。
多分だけど、肩に食い込む荷物が重たかったから、私が足を止めることは無かったんだと思う。
「レイチェルさん護衛ありがとうございました!」
「道中何事も無くて良かったです。私は用があるのでこれで失礼しますね」
「あっ、そうだレイチェルさん! 第13小隊のリラさんが今度アメッサさんと私、4人でお茶会をしようって仰ってました!」
「そうでしたか、わざわざ伝言ありがとうございます。暇がある時に鳩を飛ばしますので今後の伝言は大丈夫です。機会があればまた今度」
「はい! ありがとうございました!」
「アンジェ二等兵衛生兵只今帰還しました……!」
事務室へ向かい帰還報告をするや否やマサ軍医がしがみついて来た。
マサ軍医にしては少し大袈裟な気がします。
「お帰りなさい! 怖かっただろう、無事で何よりだ……!」
マサ軍医の顔を見ると今まで堪えていた気持ちが少し溢れそうになった。
本当は、こんなに死が近いものなんて思わなかった。
真っ黒い影が背中から近ずいて私の身体を貫いて来る気がして怖かった。
でもシユはこんな戦場でも、きっと誰よりも前に立って強く居られるんだろうな。
それなら私は。
最強の回復屋にならなくちゃ。
「マサ軍医! 私初陣生き抜ましたよー!! 閃光弾もナイフも使いませんでした!」
少し驚いた顔をしたマサ軍医はすぐ穏やかな表情を浮かべる。
「あぁ、そうか、そうだな! ……さて、私は仕事に戻るよ。アンジェさんは今日はもう休みなさい」
「はい!」
マサ軍医と別れ、休憩室にある簡易ベッドに横になった。
何かを考えたかったが、不安な気持ちを覆す今までとは比べ物にならない疲れと眠気に襲われて欲望のままに眠りについた。
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