第2話:野戦病院

 ヴァッサは東国ルミエールの南西に位置し、西国ヘルツカイナと国境を接しています。


 私のような新人の衛生兵はまず大きな病院で経験を積んで、その後各地へ派遣か隊に所属するそうです。

 


「おはようございます! アンジェ二等衛生兵、只今着任しました!」


 野戦病院に入った途端薬品と包帯、血と人の匂いが混ざった独特の匂いが鼻をつきます。

 

「アンジェさんおはよう。早速で悪いんだけど、音楽室の患者さんの包帯変えて、病状のチェックをして来て欲しい」

「はい!分かりました!」


 この野戦病院は過去に学校として使用されていた建物をそのまま使っています。

 なので、病室を教室の名前で呼んでいるそうです。

 

 そして私に声をかけてきた、黒髪で眼鏡をかけている男性はマサ軍医。

 とても腕が立ち、素朴で親しみやすい方です。



 

 私はマサ軍医に指示された通り、患者さんの手当てに追われました。

 

 包帯についた血は酸化の影響で茶色に変色していて、鼻につく匂いと共に物凄い喉の渇きに襲われます。

 それでも、手を止めてはいられません。

 血で固まった包帯をパリパリと剥がしていくとより強い匂いが鼻を襲います。


「包帯、変えますね」

「……あぁ、」


 

 処置後、次の患者の元へ行こうとしたのですが、喉の渇きと共に何だかお腹の調子が悪くなってきました。


 昨日何か悪いものを食べたのでしょうか。


「ぅうー……」


 

その場で唸っていると通りすがったマサ軍医が声をかけてくれました。

 

「アンジェさんもしかして気分悪い?……私も昔は良くなりました。多分血の匂いを嗅ぎすぎた影響でしょう」


「そうですね、今は比較的落ち着いてる時間帯です。少し休憩しておきなさい」

 

「……ありがとうございます。そうします」



 

 休憩室のソファー、と言っても土壌どのうを積み上げその上に布を被せたものに寝転がった。

 

 7日の夜に野戦病院に来てから早3日、仕事というのは思い通りに行かないことだらけで。

 戦争の悲惨さに精神的に弱る同期、絶えきれず吐き出す者につられて気分が悪くなることもしばしば。

 

 それでも目を逸らしては行けないと、人を助けるという意味が毎日のしかかって来る。


 

 私はまだ慣れない力仕事で重たくなる瞼に抗えず深い眠りにつきました。


 


「アンジェ、アンジェ二等衛生兵起きなさい」

「……ん?あれ、マサ軍医、」

 

今方いまがた、中央地区第1防衛ラインが激しい攻撃を受けたと報告を受けました。第1防衛ラインは半数が壊滅。直に負傷兵が運ばれてきます。一度事務室へ、復唱は要りません」

「はい!」

 

重い体を持ち上げて、急いで事務室へと向かった。



室内では、一等衛生兵の方々が慌ただしく動きながら話していました。


「ねぇ、第1防衛ラインが突破されたらここはどうなるの?」


「そうね、前線が押しやられたら、野戦病院はより後方に下がってまた設備を整える。だけど、ここはしっかりとした建物だから、捨てるとなるとかなり痛いわよね……」

 

「それに、今から運ばれてくる隊員達、病床と薬は足りるの……? まさかトリアージとか、」


 トリアージ。

 

 大規模な損害があった時、患者さん達を怪我の程度で分け、治療の優先順位を決めること。

 

 ここは戦場です。

 今までの普通の世界じゃない。

 丸1日かけて治療を施し助けられる1人の命と、治療をすれば復帰出来る複数の命。


 どちらが優先されるかなど、私でも分かってしまいます。

 

「君達が勝手に患者の道を決めるんじゃありません。余計な考え事をする暇があるのなら少しでも迎え入れの準備をしなさい」 

「マ、マサ軍医!」

「お疲れ様です!」


 少し怒った顔をしてマサ軍医が事務室に入ってきました。

 

「良いですか、トリアージを決めるのは私の役割です。それに、私は今回の被害、悪魔の手段を使わずともこの施設と隊員なら乗り越えられると判断しています」

「は、はい!」

 

「貴方方は、この後来る患者の容体を確認し私に伝えてください」

「はい!」

 

「アンジェ二等衛生兵、貴方は既存の患者さん達の見回りと手当をお願いします」

「分かりました!」


 マサ軍医はその場にいた衛生兵全員へ指示を出していき、解散の一言で全員が事務室から出ていきました。




 日が暮れてもなお大勢の負傷兵を治療する私達ですが。

 本当の仕事は夜だと言われています。

 

 夜の野戦病院はとても静かとはいえず、痛みを訴える者、シェルショックになってしまった方の叫び声や破壊行動の物音などが響きます。

 

 こういった患者さんには私達が夜な夜なモルヒネや睡眠薬を投与して周ります。

 

 本日の夜が山場である患者さんには付きっきりで看病をするので居眠りも許されない。

 勿論眠いです。

 でも人の命は変えることが出来ないので、私達が頑張りたいですね。



 

 軽傷の患者さんの包帯を変える為、私は病室へ足を運びました。


「こんばんは、体調はどうですか?傷の消毒しますね」

「怪我した所が痛てぇが、このくらいどうってことない。薬は他の奴に使ってくれ」


 この患者さんの一番の怪我は足でした。

 怪我自体は酷くはありませんが罠にかかったらしく、感染症を防ぐ為消毒を行います。

 

「……なぁ、嬢ちゃん、知ってるか? 人ってな強ぇ力で地面に叩きつけられると、ボールみてぇに跳ねるんだよ」

「えっそうなんですか!?」

 

「俺も爆風で吹っ飛ばされて初めて知った。尻も背中も痛てぇしよ、その後罠にもひかかっちまうし。……誰も殺せず病院送りになっちまった。隊の皆に笑われちまうよ」


 そう言って鼻で笑う患者さんは、苦い顔をしていました。

 

「なら、早く治して有志を見せつけないとですね! ……はい、消毒終わりました!」

「あぁ、そうだな。衛生兵さんよぉ、いつもありがとうな」




 

 

 その後も沢山の患者さんを診て周り、気がつけば外から柔らかい光が差し込んでいました。


「朝だ……」

 

「お疲れ様です。アンジェ二等衛生兵」

「お疲れ様です……マサ軍医」


 いつ病室に入ってきていたのか。背後にマサ軍医がいました。

 とても疲れたお顔をしています。


「一先ず状況は落ち着きました。数人仮眠を取らせています。アンジェさんも休んでください。この場は私が引き継ぎます」

「すみません、お願いします」

 

「それと……」


マサ軍医は少し悩んだ顔をしてから言いました。


「君には明日、前線の負傷兵を回収しに行ってもらいたい」

 

「私が前線に?」

「えぇ、前線の衛生兵の人手が足りていないそうで、応援要請を受けました。しっかりと準備をしておいて下さい」

「はい!アンジェ二等衛生兵承知しました!」




 あのね、シユ。

 シユに会ったら伝えたいことがあるんだ。

 

 衛生兵の腕章は狙われない安全で最強な印じゃないって。

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