第3話 決意

私は田中 あやか 5歳 兼 雪田ゆきた はな 享年24歳、生きてれば29歳

趣味はぬいぐるみで遊ぶこととボケーッとアニメを見ること。好きな食べ物はイチゴと酒と一緒に食べる唐揚げ。彼女との記念日に車に激突され即死し、今はその彼女の隣に住む家族の一人娘やってます。



「終わってる……」

「あ、あやか?」


親の目など気にせず項垂れる。今置かれている状況にツッコミが追いつかないのだ。何せ20数年分の記憶が急に思い起こされたせいでキャパオーバーではあるし純粋に頭の頭痛が痛い。


紗蘭に向かって本気で叫んだ後正気ではないと悟った今の母親が大量の謝罪を紗蘭に投げつけた後家に退散した。困惑しながらもその状況を聞いた父親は更に困惑して、なんかもう、眉間が交通渋滞を起こしている。



「あやか……どうしたの?お隣さんびっくりしてたよ」

「すみません……」

「す、すみません!?」


つい出た謝罪の言葉は幼女が使うには甚だ大人すぎた。父親のリアクションに心臓が激しく波打つ。背中に冷や汗がじっとりしみた。

ちら、と両親の顔を見あげるとその顔には深い懸念の雲がかかっていた。無理もない、自分の娘が奇行に走った上教えたことの無い言葉を発したのだから。

視線を宙に這わせて思考をめぐらせる。今この現状を打開する術はなにか、五歳の娘の中身が 24歳の雪田 華 であることがバレない言い訳とは



『もし入れ替わっちゃったら、私ならその人のこと演じちゃうな』


色褪せた記憶で黒い髪が揺れた。


すく、と立ち上がる。深く深く深呼吸をし、未だにこちらを見ている両親と目を合わせて、手を後ろで組んだ。


「なんかぁ…おとなりのおねぇちゃんが、すごくきれいなひとだったから、モエキュアのさあやちゃんとおもっちゃってぇ……」



きゅるんと上目遣いをして身体を左右に揺らす。声も顔も取り繕って記憶にあるあやかの像をピッタリと合わせる。多少の差異はあれど、そこには正真正銘田中あやかが居た。



私が出した打開策


『全力で幼女あやかを演じること』




「さあやちゃんに?」

「うん」

「それだけなの?」

「うん」

「なにかあのおねぇさんにされたとか」

「ではない」

「大丈夫なの」

「うん」



食い気味で頷けば両親は困惑しながらも先程までの懸念は少しばかり払拭されていた。正直24歳が幼女の真似をしているのは事故どころの話では無いが致し方ない、これも全て可愛い娘の中身が24歳激痛女になってしまった両親への少しばかりの贖罪であった。



それにしても。

なんてことのない、些細な記憶が郷愁のように胸をかすめる。


──偶然、ふたりで観たアニメ映画。

主人公とヒロインの身体と心が入れ替わる、当時はやっていた作品だった。


画面を眺めながら、紗蘭がぽつりと零した。


『もし入れ替わっちゃったら……私なら、その人のこと演じちゃうな』


唐突な言葉に、私は思わず吹き出した。

『は? なんでわざわざ演じるのよ。自分じゃなくなるじゃん』

『だって、そのほうが周りは困らないでしょ』

『……紗蘭、性格悪っ』

『冗談だってば』


軽口を返し合ったのに、彼女の横顔は笑っていなかった。

探るように目を細めて、私をじっと見つめる。

長い沈黙のあと、ぽつりと落とされた言葉は──


『でも、華なら分かる』

『……え?』

『誰の中身が華だろうと、一瞬で。──だって、華だから』



「わかる、か」


無自覚にも漏れたその声は誰にも聞かれず空気に溶ける。その言葉に果たして意図があるのかも、どんな感情を乗せられたのかも確かめる術は無いけれど、もし、それが本当なら


ふと自分の手元に目線を落とす。傷も指輪もない小さく丸い手だ。過去の自分とは似ても似つかない顔立ちと骨格、家庭環境。

そんな あやか《わたし》でも分かるのだろうか



あの日から5年も経った。紗蘭の住んでいた場所も変わっている。私のいない世界を5年も生きていった。その長い時間はたくさんの些細な後悔も、叶えられなかった夢も、思い出も、攫っていく。紗蘭自身の人生を少しずつ取り戻していくために。

雪田 華を忘れて。



なら、わたしは

私は完璧に演じきろう

隣の家に住む田中 あやか その少女を、永遠に


紗蘭が私を忘れるために



「ほらあやか、一緒にダンボールをお片付けしよう」

「おけまる」

「おけまる!?!?」

「あやべ」


田中 あやかのキャラは未だに迷走中




◆◆◆


葬式は呆気ないほど簡単に終わった。実感がなかった。だってあんまりにも急すぎたから。

連絡が入りはしないかと、既読のつかないメッセージを無駄に確認して、毎日暇さえあればベランダから外を眺めたりした。帰ってきたら一番に気づけるように、遅いと怒ってその温度を確かめるために。

でも何度朝を迎え夜を越えても、生い茂る緑の中に咲いた花がとうとう茶色く枯れ果て地に落ちても待ち人は来ない。つまらない日常がそれを証明する。自分だけが開閉する家の鍵が、一緒に洗われないお揃いのマグカップが、寒さで目覚めてしまう朝が。


あぁ、もう、華はこの世に居ないのだと


気づいて、理解して、慟哭が喉を引き裂いたのは、華が亡くなって1年が経過した時だった。

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