第13話 Wanderin' Destiny

◆第二部◆


 直子とは相変わらず深夜に電話していた。仕事や彼氏の愚痴、よかった映画やマンガの話や、無言で泣いている直子の息遣いをただ聞くだけのこともあった。


 電話はいつも夜中の零時過ぎだった。それまでの時間は彼氏との電話タイムだろうなと感づいてはいたけれど、それを直子に言うことはなかった。きっと深夜の方が特別なのだと、自分に言い聞かせていた。


 一九九八年九月末頃、globeの「SaYoNaRa」と「Sweet Heart」が世間では流行っていた頃、 僕は再び大阪の地に戻った。


 身寄りのない大分で一人で生活することを、母親がずっと心配していたからだ。ここ二年は直子と会う機会もなかったし、今後いつになるかもわからない。それならいっそ、もう一度大阪で頑張ってみようよ思ったのだ。


 今度は吹田市が拠点となった。同じ大阪でも門真市とは雰囲気が違った。いわゆる「でんがな・まんがな」のこてこての関西弁が全く聞くことがないのだ。すごくライトな関西弁で、標準語の人も多かった。


 弟のシンジが住んでいる九帖くらいの広さのワンルームでの同居生活が始まった。江坂駅から徒歩十分くらいの場所で、部屋は一階だった。両隣は学生が住んでいて、たまに地獄の蓋を開けたかのようにうるさく騒ぐこともあった。すぐ近くに一つ年上のいとこのタカシと、その弟のタカアキも住んでいた。最終的に孤独に過ごした大分と違って、親族が多かったので心強かった。


 さらに仕事も親族のみんなと一緒だった。叔父が経営する土間専門の左官業の職人見習いとして僕も働きだした。シンジの方が高校を卒業してすぐに就職したので、僕より半年ほど先輩になった。


 日給月給なので休んだらそのぶん、稼ぎが減った。でも肉体労働なので休みもほしいというジレンマもあった。いずれにしても大雨の日は休みになった。日給は一万五千円だったので、二十日も働けばそれなりの生活もできたし、一人前になると、平米分けといって仕事の規模により給料も増えた。ただ、肉体労働はしんどかった。


 冬の寒い時期はコンクリートがなかなか乾かないので、仕上げが遅くなり、朝までかかることもあった。朝まで仮眠を取りながら仕事して、そのまま次の現場に行くのだ。家に帰れないことも多かった。


 逆に夏はコンクリートの乾きが早く、休憩する暇もないくらい忙しかった。のどが渇いても水分補給する時間がないのだ。そのうち汗が止まり、体温が上昇して、顔が真っ赤になり、鼻血が出た。倒れそうになるが、「俺がここで倒れたらみんなが困る」という根性だけで仕事していた。仕事中は気を張っていても、終わって自宅に帰って一息つくと、熱中症の症状の頭痛がした。


 ただ、訪問販売と違ってストレスは少なくなったし、髪型も自由だったので、肩下まで髪を伸ばしたりして、気楽に過ごしていた。


 落ち着いたころに直子に電話した。


「就職おめでとう! なんか就職祝いに送ってあげようか?」直子が言った。


「いや、そんな大層なことじゃないからいらないよ」


「ふーん、本当になんでもいいよ」


 僕はしばし考えて、なぜ今まで直子に言っていなかったのだろうと思ったことを言った。


「直子の彼氏の写真がほしい。瀬戸さんだっけ? 見たい」


「え! 本当に! なんで?」


「なんでって、なんとなく同志な気もするし、なんか見てみたい。今までなんで見ようとしなかったのか不思議なくらい」


「えー、あまりかっこよくないよ。私面食いじゃないから……」


「それは俺も含めて?」


「ごめん、そういう意味じゃないけど、そうそう飯田は誠の写真見てかっこいいって言ってたよ!」


「いや、まぁそれはどうでもいいんだけど、ただ、彼氏の顔が見たい」


 直子はしばらく考えこんでいた。


「わかった。送るね。それでね、預かっていた日記も一緒に送ってもいい?」


「それは別にかまわないけど、俺も久しぶりに読みたいし」


「この前ね、彼に見つかっちゃったの。日記が。勝手に読んだくせにすごく機嫌が悪くなってね、ラブホに置いてあるノートみたいで低俗で下品だっていうのよ。嫌な感じだったけど、そりゃ私も元カレの日記なんていつまでも持っていたらよくないしね。私がお願いしたことだけど、もう誠に返す時期がきたの」


「そう、わかった。まぁ、いつかあの日記を元にして出版するからそのときに読んだらいいよ」


「絶対よ!」と言って直子はくすくすと笑った。


 一週間くらいで直子から荷物が届いた。僕が高校生三年生のときに書いていた日記が八冊。直子と彼氏の瀬戸さんが写っている写真が五枚入っていた。


 二人で仲良く自撮りした写真が入っていた。直子はあまりかっこよくないと言っていたが、僕から見ると普通にハンサムだった。それに真面目そうとか誠実そうとか、優しそうという感じで、誰も反対する人はいないという印象もあった。この人なら確かに直子を任せてもいいなと勝手ながら思った。直子の表情も生き生きとしていて良かった。


 日記も久しぶりに読むと、自分で書いておきながら泣いてしまった。なんて切ない青春を過ごしたのだろうと、十七歳の自分が本当にかわいそうだった。いつか本当にこれを基にして小説を書きたいと思った。十七歳の苦悩の煮汁が詰まった日記なので、きっといつか役に立つと思った。


                 *


 一九九九年がついにやってきた。ノストラダムスの大予言は果たして的中するのか、世間がざわざわとしていた。


 平日は仕事をこなし、日曜日になると江坂の大きな書店に行ったり、たまにパチンコをしたり、部屋でゲームをして過ごした。門真にいたときと同じように、梅田や難波に行くような観光のようなこともしなかった。たまにタカシとシンジとでラウンジやキャバクラに行くこともあったが、女の子たちは直子にくらべたらたこ焼きにしか見えなかった。たこ焼きを指名することはないし、メアドを交換しても返信することはなかった。


 世間では宇多田ヒカルが「Automatic」で鮮烈なデビューを飾っていた。僕は「Movin' on without you」でようやく宇多田ヒカルの凄さに気がついた。同じ誕生日なので誇らしくもあったものだ。


 七月になると、シンジが一度は東京で生活してみたい! と言って急に仕事を辞めて東京に引っ越した。


 思いがけず、僕は一人暮らしになった。


 シンジは椎名林檎の「無罪モラトリアム」を部屋に忘れていった。シンジが眠るときによくヘッドフォンで聴いていたなと思って、僕も聴いてみた。シンジもB’zとTMネットワークが好きで、兄の僕と音楽の趣味が同じなのだ。


「無罪モラトリアム」は捨て曲がなく、素晴らしいアルバムだった。特に文学的な歌詞が良かった。そして「同じ夜」を初めて聴いたとき、『泣き喚く海』の情景が、あのクリスマスの日の小さな漁港の海と重なった。俺もあのとき、海と一緒に泣き喚けば良かったんだと思って、誠少年が可哀そうで泣いた。

 

 そして八月のお盆の時期、僕は熊本に帰省せずに、ワンルームで孤独で過ごしていた。


「今ね! どこにいると思う?」直子から電話があった。


 こういう聞き方は僕にも覚えがある。


「大阪にいるの?」と僕は聞いた。


「そう! 直子ちゃんは今、新大阪にいるの! かなり近くない?」


「めっちゃ近いね。本気出したら二十分で行けるよ」


「いや、今彼氏と一緒だからそれはだめなの」


「え、電話大丈夫なん?」


「今トイレから電話しているの。それでね、とうとう向こうの親御さんに挨拶に行くのよ」


「おー、そうなんだ。遂にか……」


「誠には報告しておこうと思って」


「まぁ、その義務はあるかもね」


「あるわよ! ねぇ、まだ私たちって続きがあるわよね?」


「どうだろうね。流石にダスティン・ホフマンのようにはできないだろうしね」


「あー、卒業? あれは流石にやめてね。でもね、私にはわかるの。まだ、誠となんらかの形で続くんだろうなって」


「俺もそう願うよ。さ、もう行きなよ。そんで時間があったら梅田の観覧車に乗ったらいい。去年できたばかりでぴかぴかだよ。俺は行く機会ないから」


「ありがとう! 行ってくるね! また電話するね!」


 直子の声は終始明るく元気だった。とうとう、瀬戸さんの親御さんに挨拶か……確かご実家は和歌山とか言っていたかな。その道中なのか。


 わかっていたこととはいえ、ルートが確定していくことは少なからずショックだった。ただ、直子が幸せならばそれでいい、それが一番いいことだと思った。


 瀬戸さんは偏差値の高い福岡の大学の学生で、超大手の食品メーカーにも内定していた。将来性はS+だ。それにひきかえ俺はどうだ? 高卒で資格もなく、日給月給の肉体労働者。奨学金を貰い新聞配達をしながら努力して自力で大学へも進学できたはずだ。だけど勉強もしなかった。目先の経済力に釣られてすぐに就職して、それも長続きしなかった。転職ばかりだ。結局、口先だけの男だったのだ。それが愛といえるのか? 本当に直子を愛しているといえるのか? いえるわけがない。


 僕は敗北を認めた。


                  **


 一九九九年十月の中旬の日曜日、いつもならばワンルームから一歩も出ずに、音楽を聴きながら本を読むのだが、その日は違った。折角大阪という都会にいるのだから、たまには梅田まで外出してみようと思った。そして映画でも観るのもいいかもいしれない。そういえばマトリックスが話題だったな、面白そうだし、観てみるかと思って梅田まで電車に乗って行った。


 相変わらず人が多くて、人酔いした。歩道を歩くだけでも人を避けるのが大変で神経を使った。梅田の土地勘は全くなかったが、適当に歩いていたらマトリックスの看板が目に入った。ピカデリという映画館だった。


 そこでマトリックスの上映時間を確認し、ちょうど上映時間間近だったので、チケットを買って館内に入った。そして指定席に座った。


 映画なんていつ以来だろう、確か直子と八代の映画館で「ラストモヒカン」という映画を観たのだったな。「この腕はお前を守るためにある」というキャッチコピーがよかったな、と思い出にダイブしていたら、目の間ににゅっと黒いタイツに包まれたた太ももが現れた。


「すみませーん」と言って若い女の子二人が僕の前を通って隣に座った。


 隣に若い女の子が座ったのは正直嫌だった。映画に集中できないからだ。右のひじ掛けも使いにくいし、もし、ラブシーンがあったら気まずいし、泣けるシーンでも泣くに泣けないかもしれない。指定席なので移動もできないし困ったなあと思っていたら、隣の女の子たちの話し声が聞こえた。


「あんなー、うちのおかんの実家がな、熊本の天草っていうところの離れ島やねんけど、この前の台風でな、ごっつい被害があったらしいねん」と隣の女の子が言った。


「天草って、うち知ってんで、天草四郎やろ、ほなカヤちゃんとこはキリシタンかいな」と奥の女の子が言った。


「ちゃうわ、キリシタンってな、みんな殺されたからもう殆どおらんねんて」


「なんやそれ」


 驚くべきことに、彼女たちの話題は間違いなく僕の故郷の島だった。


 たまたま思い付きで来た映画で、まさか隣の女の子が御所浦島の話をするなんて! 僕はナンパとかしたことがなかったが、話しかけずにはいられなかった。


「あのー、すみません、聞くつもりはなかったのですが、その親御さんの島って僕の出身の島と同じだと思います」と、僕は恐る恐る話しかけた。


 最初は、その子もいきなり話しかけてきた僕に対してぎょっとしていたが、「え! ほんまに!」と顔を綻ばせた。


「御所浦っていう島なんです」と僕が言った。


「そうそれ! なんか京都にあるっぽい名前の島!」


「やっぱり! なんかすごい偶然ですね!」と僕は言った。


「ほんまやー。いやーん、なんかすごーい!」


「お兄さん、一人で来てはんの?」と奥の女の子が言った。


「はい、たまには映画でも思って」


「へー、あんさー、もう映画始まるし、観終わったら三人でお茶せーへん? もうちょっとお兄さんと話したいわ」と隣の女の子が言った。


「あ、それは全然大丈夫……」と僕は答えた。


「よっしゃ! ほな決まりやな、映画も楽しみやし、お兄さんと話すのも楽しみやな!」と奥の子が言った。


 映画は全然内容が頭に入らなかった。僕は女の子たちに話しかけたことを後悔していた。面倒くさいと思い始めていた。よく見たら二人とも凄く派手だった。隣の子は、金髪に近い茶髪で、長い髪にウェーブがかかっていた。ぴっちりしたTシャツのそでからタトゥーも覗いていた。ショートパンツをはいて、ヒョウ柄のタイツを履いていた。


 奥の子は長いストレートヘアーで、赤いもこもこした服を着ていて、黒い皮のミニスカートを履き、黒いタイツを履いていた。いわゆるギャルだ。ガールズロックをやってそうにも見えた。いずれにしても、僕が歩んできた世界とは違う住人だった。流石大阪やで! と思った。


長い映画が終わると、「おもろかったなー! よっしゃ! ほな下のマクド行こーや、お兄さん、そこでええ?」と奥の子が言った。


「あ、はい、よくわからんので任せます」と僕は答えた。


 そして僕はまた後悔した。こんなときにコーヒー代くらい奢るべきなのか、わからなかった。男として、コーヒー代くらい払うべきだとも思ったし、下心があると思われても嫌だなとも思った。そして正解がわからないまま、マクドのレジに並び、なんとなくの雰囲気でそれぞれでコーヒーを買い、テーブルに着いた。もうすでに気疲れしていた。


「お兄さん、何歳なん?」隣にいた子が訊いた。


「二十四歳」と僕は答えた。


「え、同じくらいかと思った!」


「……」僕は何歳なの? と訊こうと思って、女性に歳を訊くのは失礼だよなと思い直して無言になってしまった。もう、本当に帰りたくなった。



「うちは二十歳やで。こっちのお姉さんは二十六歳」

「ちょっと別に私の歳は言わんでええやん!」


「それでお兄さんの名前は? なんて呼んだらええの?」二十歳の子が訊いた。


「宮本です」


 と、僕が言うと、二人は顔を見合わせて、


「こんなとき普通、下の名前言うやんなー。宮本さん珍しなー」といって二十歳の子が笑った。


「いや、男が下の名前で自己紹介するのは逆におかしい。俺は絶対にいや」と僕が言った。


「流石、九州男児やん! 男らしいなー。おもろいわー」と言って二十六歳の人が笑った。僕は少しむきになったのが恥ずかしくなった。


「うちはカヤっていうねん。本名やで。そんでこっちのお姉さんがカズミ」


「よろしゅう」


 二十歳のカヤ。二十六歳のカズミ。二十四歳の宮本。この三人でマトリックスのことなんか殆ど話さずに、お互いの話をした。そして、二人とも関西人なので、会話のテンポがよくて、僕も話しやすかった。流石大阪やでと思った。


 カヤは美人だった。そして目に魔力があった。パープルのカラコンのせいだとは思うが、悪魔的な魔力を持った目をしていた。化粧もばっちりと濃いめではあったけれど、よくみるとやっぱりまだ二十歳なので幼さが残っていた。無邪気な笑い方をしていた。そして、笑いすぎると喘息が出るみたいで、吸入器をちょくちょく吸っていた。


 カズミさんはよくみると二十六歳ではなくてもうちょっと年上っぽかった。いずれにしても歳の離れた友達のようだった。


「それにしてもごっつい偶然やなー、たまたま宮本くんがよっしゃ! 映画でも見たろかって思って、たまたまあの席に座って、うちらもたまたまやんな? よっしゃ! マトリックスでも観たろかって思たん。そんでたまたま宮本くんの隣が指定席やったから座って、たまたま台風の話ししたから、宮本くんが話しかけてくれたんやしな。えらい偶然が重なってんで!」とカズミさんが言った。


 僕は一人心の中で、これは縁だなと思った。そして、良縁なのか、それとも恐怖の大王なのかどっちなんだろうと思った。しかし、目の前の美しい二十歳のカヤを見ていると、まさか恐怖の大王ではないだろうと思った。


「宮本くん、電話番号交換せえへん? うちのおかんにも機会があったら会ってほしいわ。同郷やから絶対喜ぶと思うねん」とカヤが言った。


「なんやもう、親紹介するんかいな」とカズミさんが冷やかした。


「そんなんちゃうわ!」と言ってカヤはカズミさんをどついた。


 我々は電話番号を交換してマクドを出た。


「せや、宮本くん、マトリックス観て、なんか教訓は得たりしたん?」


 解散間際にカズミさんが振り向きざまに訊いてきた。


「教訓? 教訓ですか? なんだろう、そんなことなにも思いつかないです」


「あかんやん。映画観たら教訓のひとつももろとかな損するで」


 カズミさんは仁王立ちになって顎をくいとあげて言った。


「マトリックス観てなんか教訓得たん?」カヤがカズミさんに訊いた。


「そやな、暗いんやったらサングラスはずせっちゅうこっちゃ」


「なんやねんそれ」カヤが言った。


 久しぶりの女性との会話は楽しくもあったが、気疲れのほうが勝った。


 ふたりはラウンジで働いていた。北新地の結構高いお店らしかった。座っただけで三万円くらいすると言っていた。僕には縁のない業界だった。


 それから何度かカヤから電話があった。来月からカズミさんとアメリカ旅行に行くと言っていた。しかも一か月も。


「すごいね。俺は社員旅行でグアムにしか行ったことないよ」と僕は電話で言った。


「うちはいろいろ行ってんで、アメリカはもう三回目やし、メキシコとハワイ、フランスとイタリアとポルトガル! どこも楽しかったわ!」


「じゃ、気を付けて行ってきなよ」


「うちがおらん間、他の子と遊んだらあかんで」


「別にそんな相手おらんよ」


「ならええねん! 帰ったら遊ぼな!」


 カヤの僕に対する好意がわかった。若くて美人だし、俺にはもったいないくらいだけど、俺は直子以外の人を好きになることができるのか不安だった。中途半端な気持ちならば、カヤを傷つけるだけなんじゃないかと思った。でも、どうでもいいかとも思い直した。物事に真面目に向き合い過ぎて、僕は考えることに疲れてしまっていた。


 十二月の頭に、カヤがアメリカから帰国した。帰国した日に電話があった。


「今日帰ってきてん。お土産渡したいから今からうちにおいでーさ」とカヤが言った。その時点で夜九時だった。


 天満橋にカヤは住んでいた。カヤに江坂駅から最寄り駅までの乗り換えを教えてもらって、カヤのマンションまで行った。コンクリート打ちっぱなしのお洒落な外観だった。


 カヤは真っ赤なロング丈のキャミソールを着ていた。下は下着だけみたいだった。


「ごめんね、うち、部屋着はいつもこんなんやねん。あんまりじっと見らんとってな。下はTバックやし恥ずかしいから」とカヤが言った。


 帰国したばかりで疲れていただろうに、カレーを作って待っていた。


「急いで材料買ってきて作ったから、まだコクが足らへんのやけど……」


 でも、カヤの作ったカレーはとてもおいしかった。豚バラのブロックがごろごろと入っていた。僕は二回もおかわりした。


「おいしい。こんなに美味しいカレーを食べたのは初めて」と僕は褒めた。


「うちは料理は得意やねん」と言ってカヤがにっこりと笑った。「イタリア料理の店で働いていたことがあんねん。パスタも得意なんよ」


「へー、若いのに凄いね」


「うちは高校中退して独り立ちが早かったから……」


「そうなんだ。苦労したんだね」


「そうやでー、大変な人生やったでー」と言ってカヤは笑った。


「お茶飲みーさ」と言ってカヤはお茶を注いでくれた。ペットボトルのお茶じゃなくて やかんで沸かしたお茶だった。


「えらいね。ちゃんとお茶沸かすんだ」


「え? お茶なんか買ったら高いやん。やかんやったらお茶っ葉ぽん入れて終いやん」


「それが結構面倒なんやけどね」


 カヤは派手な見た目に反して意外と節約家だった。


「うちは普段はお金使わへんねん。その代わり、海外行ったら使うで。その為に節約してんねんから。あ、そや、これお土産」と言ってカヤはマグカップをくれた。AREA51と書いてあった。


 食事が終わると「お風呂も沸いてるから入ってーさ」とカヤが言った。


 その時点でもう十二時近かった。僕は終電を諦めて風呂に入った。そして風呂から上がると自然な流れでカヤを抱いた。

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