涙
αβーアルファベーター
涙
◇◆◇
雨がやんだ夕暮れ、街角の小さな
公園にひとりの少年が座っていた。
名前はタクミ。小学六年生。
手には折り紙の鶴がぎゅっと握られている。
「どうして……どうして僕だけ……」
小さな声が、
空っぽの公園に吸い込まれて消えていった。
タクミは昨日、
初めて親友のミオに本当の気持ちを伝えた。
「僕、ずっとミオのことが好きだった」
でも返ってきたのは、ただの優しい笑顔と
「ありがとう、でもごめんね」
という言葉だけ。
その瞬間、胸の奥に
冷たい穴が開いたように感じた。
ミオはいつも明るく、
誰にでも笑顔を向ける子だった。
一緒に放課後の公園で遊んだ日々、
図書館で秘密を共有した日々、休み時間に
こっそりお菓子を分け合った日々……
すべてが思い出となって胸を締めつける。
その日以来、
タクミの心は押し潰されそうで、
でもどうしても涙はこらえられなかった。
折り紙の鶴をひとつ折るたび、
少しだけ痛みが和らぐ気がした。
「これで少しは……楽になれるかな」
だが、手は震え、鶴の羽は歪んでいく。
心の混乱は、
形に表れる折り紙にも映っていた。
そのとき、
ベンチに座る小さな影に気づいた。
見知らぬ老婦人が、
静かにタクミを見つめている。
「折り鶴を折るのが好きなの?」
タクミは驚き、言葉を飲み込んだ。
「……はい」
「私もね、昔はよく折ったものよ」
老婦人は微笑むと、
自分のバッグから小さな箱を取り出した。
中には色とりどりの折り紙が入っている。
「ほら、好きな色を使いなさい」
タクミは戸惑いながらも、紙を手に取った。
その瞬間、不意に涙がこぼれた。
恥ずかしさもあったが、
溢れる感情を止められなかった。
「泣くことは悪いことじゃないよ。
涙には、心を軽くする魔法があるの」
老婦人の声は優しく、
雨上がりの空気に溶けていく。
タクミは鶴を折りながら、涙を拭った。
ひとつ、またひとつと、
折り鶴が完成するたびに、
胸の痛みは少しずつ和らいでいく。
そして気づけば、夕日が空を朱に染め、
長く伸びる影が静かに揺れていた。
家に帰る途中、タクミはふと思い出す。
ミオが笑う顔。
ミオが困ったときに見せる、
ほんの少しだけ寂しげな目。
心の奥底で、ミオのことを
大切に思う気持ちは変わらない。
でも、自分の想いを
押し付けることはできないと知っている。
大切なのは、ミオの幸せを願うこと。
それが本当の友情だと思う。
家に着くと、
タクミは部屋の窓辺に折り鶴を並べた。
光を受けて、
鶴たちは小さな虹のように輝く。
タクミはそっとつぶやいた。
「涙って、悲しいだけじゃないんだ」
涙は悲しみを流すだけでなく、
心を柔らかくして、
新しい気持ちを受け入れられるように
してくれるのかもしれない。
その夜、タクミは手紙を書いた。
ミオに送る手紙ではない。
ただ自分自身に宛てた手紙だ。
『僕はまだ泣くかもしれない。でも、
泣いた分だけ、強くなれる気がする。
明日は、少しだけ勇気を出して、
笑顔でいられるかな。』
タクミの瞳には、
もう涙が残っていなかった。
心には、折り鶴と優しさ、
そしてほんの少しの勇気が残っていた。
小さな一歩は、
明日という希望につながっている。
雨上がりの空に、一筋の光が差し込んだ。
タクミは静かに息を吐き、そっと笑った。
「ありがとう、ミオ……」
涙は消えても、
心に残る温もりは永遠だった。
折り鶴とともに、タクミの新しい日々は
ゆっくりと動き出した。
◇◆◇
夕暮れの公園。
かつて少年が折り鶴を並べた場所には、
今も緑が生い茂り、
ベンチは少し古びていた。
そのベンチに、
ひとりの少年が肩を震わせて座っていた。
その隣に、
静かに背の高いお爺さんが腰を下ろす。
白髪混じりの髪、穏やかな眼差し。
少年はまだ涙で顔を濡らしていた。
「大丈夫だよ」
お爺さんの声は優しく、
雨上がりの空気に溶けるようだった。
少年は小さく顔を上げるが、
まだ涙は止まらない。
お爺さんは、手元のバッグから
色とりどりの折り紙を取り出した。
「ほら、これを使ってみなさい」
少年は戸惑いながらも手を伸ばす。
お爺さんは、
そのぎこちない動きを静かに見守った。
「涙は、流していい。泣いていい」
お爺さんは微笑みながら、空を見上げた。
「その後はきっと――“虹が出る”から」
少年の目に、夕日に反射する光が映る。
涙で濡れた頬に、
少しずつ笑みが戻ってくる。
小さな折り鶴を握りしめながら、
少年はそっとつぶやいた。
「虹……」
「うん」
お爺さんは静かに頷いた。
「悲しい気持ちは、消えなくてもいい。
でも、涙を流せば心は柔らかくなって、
新しい希望が見えてくる」
夕暮れの空に、
確かに光の橋がかかっているようだった。
少年の心にも、
ゆっくりと虹がかかり始める。
そしてお爺さん自身も、
かつて自分が泣いたあの日を思い出し、
穏やかに微笑んだ。
涙は流れるもの。悲しみもあるけれど、
その後には必ず光が差し込む。
それは、何十年経っても変わらない、
ただひとつの真実だった。
涙 αβーアルファベーター @alphado
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