第2話 言うに及ばず

 未来の街並みに圧倒されつつ、勝家たちは一行で歩いていた。高層ビル群が月明かりを遮り、車と呼ばれる箱型の乗り物が轟音とともに行き交う。どこまでも続く舗装された道路、無数の光に彩られた看板、そして見慣れぬ装いの人々——すべてが異質で、まるで夢の中の出来事のようだった。


 その時、制服を着た二人の男がこちらに近づいてきた。真剣な表情で声をかけてくる。


「すみません、ちょっといいですか?……あなたたち、時代劇の撮影か何かですか?」


 不審そうな視線が、一行の着物姿と腰に差した刀に注がれる。市が前に出て、柔らかな声で答えた。


「いいえ……その……奇妙に聞こえるかもしれませんが、私たちは戦国時代から来た者なのです。最後の戦を前に、城に籠っていたところ、突然この時代に……気がつけば、見知らぬこの世界に立っておりました。」


 警察官たちは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。冗談とも思えない真剣な表情に、どう返してよいのか戸惑いがあった。しかし、一つだけはっきりしていたのは、彼らが本物の刀を持っているということだった。


「なるほど……事情はさておき、今の日本では刃物の所持が法律で禁じられています。危険物として扱われますので、刀は一時的に預からせていただきますね。」


 言い方は丁寧だったが、どこかに緊張が滲んでいた。勝家は一瞬、愛刀を手放すことに抵抗を見せたが、市がそっと手を添え、小さくうなずいたことで思い直す。


「……仕方あるまい。今は従おう。」


 警察官たちは刀を丁重に引き取り、一行に警察署への同行を求めた。勝家も市も内心では不安を抱いていたが、今は何もわからないこの時代で、彼らを頼るほか手段はなかった。


 立派な建物の中に足を踏み入れると、さまざまな視線が一行に注がれた。だが誰もが好奇心と困惑をにじませながらも、敵意はなかった。程なくして、落ち着いた風格のある男性が現れる。署長だ。


「ようこそ……先ほどの話ですが、本当に戦国時代から来られたと?」


 勝家は一歩進み、まっすぐ署長の目を見つめながら答えた。


「ああ、信じられぬ話かもしれぬが、我らは確かにその時代から来たのだ。理由も道理もわからぬが、気づけばここにいた。嘘偽りは申しておらぬ。」


 署長は数秒の沈黙の後、小さく笑った。「なるほど……まあ、今は信じましょう。まずは皆さん、ここで一晩お休みください。明日、専門家たちを呼んで詳しい調査を始めます。」


 市が深々と頭を下げた。「ご親切、痛み入ります。私たちもできる限り協力いたします。」


 その夜、一室に集まった勝家たちは、思いがけず得た安堵の時間の中で、今後の方針を語り合った。戦乱の世では考えられなかった「話し合い」で未来を生きるための一歩を模索するのは、彼らにとって新鮮でもあり、どこか清々しさもあった。


 翌朝、警察署には歴史学者や科学者たちが集められた。最初こそ懐疑的だった彼らも、城と共に出現した石垣の一部や、勝家たちの着衣・所持品の詳細を前にして言葉を失った。


「どう考えても、これは江戸以前の本物の遺物です……しかも保存状態が奇跡的に良い……。」


 一人の研究者が呟いたその言葉に、署長が深くため息をつきながら天井を仰ぐ。


「……そりゃそうだ。城ごと来てるんだもんな。」


 警察署の空気は、不思議な興奮と戸惑いに包まれていた。そして、柴田勝家たちの新たな物語が、静かに、しかし確かに幕を開けようとしていた。

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