ハイテクや 兵どもが 夢の跡
飯田沢うま男
第1話 運命のいたずら
1583年、北ノ庄城は冷たい風に包まれていた。羽柴秀吉との戦に敗れ、もはや落城は時間の問題。城内には重苦しい空気が漂っていたが、それでも柴田勝家は最期のひとときを静かに迎えようとしていた。彼の隣には、織田信長の妹であり、妻である市の姿があった。
「市、そして皆……俺が不甲斐ないばかりにこのような最期を迎えることになってしまった。誠に……すまぬ。」
勝家の声は深い悔恨と無念を湛えていた。戦で命を散らすことに覚悟はできていたが、共にあった者たちを巻き込んでしまったことが、何より心を苦しめていた。
そんな彼に、市はふわりと微笑みかけた。その笑みには、恐れも怒りもなかった。ただ静かな慈愛と、運命を受け入れた者の強さがあった。
「いいえ、勝家様。このような最期もまた、戦乱の世の常。誰もあなたを責めてはおりません。私も、悔いはございません。共にいられることが、何よりの幸せです。」
その言葉に、家臣や女中たちも静かにうなずいた。誰もが、この宴をもって最期を迎える覚悟を決めていた。盃が交わされ、ささやかな笑みとともに杯を傾けたその時——
突如として、地鳴りのような振動が城を襲った。地面が揺れ、屏風が倒れ、燭台が転がり火花を散らす。
「な、なんだ!? 敵が大筒を撃ち込んできたのか……!?」
勝家が立ち上がり、腰の刀に手をかける。しかし、この揺れはただの衝撃ではなかった。何かが、根本から違っていた。空気が変わり、光の色が変わった。まるで世界そのものが別のものに書き換えられたかのように。
家臣の一人が叫んだ。「殿、外をご覧ください!」
一同が戸口を押し開けて見た光景に、誰もが言葉を失った。そこには、無数の灯りがきらめく夜の街が広がっていた。高くそびえ立つ巨大な建物、音もなく滑るように走る奇妙な箱のような乗り物。頭上には、星の代わりに赤や青の光が点滅していた。
「こ、これは……一体……?」
市が震える声で呟くと、勝家もまた呆然とした表情で口を開いた。
「わからぬ……だが、どうやら我らは……戦国の世を離れ、異なる時空に迷い込んだようだ……」
人々はおそるおそる城から出て、未知の世界に足を踏み出した。見渡す限りの現代の風景は、まるで異国どころか異世界。言葉を失い、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
やがて、一人の若者が近づいてきた。彼はスマートフォンを片手に持ち、目を丸くしていた。
「えっと……大丈夫ですか? みなさん、すごい時代劇の衣装ですね……もしかして撮影ですか?」
勝家は眉をひそめた。言葉は通じているようだが、何を言っているのか意味が掴めない。そこへ市が一歩前に出て、丁寧に言葉を返す。
「すみません。私たちは気がついたらこの場所にいて……困っております。ここがどこなのか、教えていただけませんか?」
若者は一瞬困惑した顔を見せたが、すぐに苦笑いを浮かべて答えた。
「ここは東京ですよ。今は2025年です。ちょっと信じられないかもしれませんけど……あなたたち、未来に来ちゃったみたいですね。」
その言葉は、雷に打たれたかのように勝家たちの胸を貫いた。戦乱の世を生き抜いてきた彼らにとって、それはあまりにも荒唐無稽な現実だった。だが、目の前に広がる光景が、そのすべてを否定できない事実として突きつけていた。
勝家は深く息を吸い、静かに頷いた。
「この状況が何であれ、まずは皆で安全な場所を見つける。未来のことは……未来で考えればよい。」
市もその横顔を見つめ、しっかりとうなずいた。
「そうですね。新しい時代に来たのなら、私たちは私たちなりに生き抜いていきましょう。」
こうして、かつて戦国の修羅場を生きた将とその一行は、思いもよらぬ未来の大阪に降り立ち、誰も知らぬ新たな戦い——時代の波に翻弄されながらも、自らの誇りを胸に、歩みを始めるのだった。
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