第12話:非凡チャレンジ


翌日

朝日を浴びた身体が目覚まし時計もなく起床する。ダンジョンのために習慣づいた正直な身体はベットに戻らなくなった。


今日も今日とて朝からダンジョンに行けるのだから無職とはなんて素晴らしいのだろうか。面接日が近づくことに皮肉っぽく笑いながらもいつもの荷物を持ってダンジョンへ向かう。イヤホンを着けてガンガンにアニソンをかければもう気分はファンタジーだ。


百均に寄って荷物も見繕い、更に重くなったエナメルバッグをよいしょと背負い直す。いつも通りダンジョンの門に向かって…ぁ、と小さな声が零れた。



「うっわすげえー!まじで魔法じゃんこれ!」


「ビックリしたー!さっきのスライムってやつ!?ホンモノ!?3D映像とかじゃねえ!?」


「マジもんマジもん!なあもう1回行かねえ?意外と俺らで倒せたりして!」


「いいじゃんいいじゃん、俺らちょうど4人だしパーティ的な?」


「装備も役職もねえのにどうやって冒険者パーティになるんだよww」



門から出てきた4つの人影。おそらく高校生くらいの4人の男子が、わちゃわちゃと騒ぎながらあの門から出てきた。


呼吸が浅く早くなる。落ち着けと両手で自分の身体を抱き締めるように抑えた。落ち着け大丈夫だから落ち着けと。何が大丈夫かわからないけど大丈夫だから、と。



「でも入ったら魔法使えるって聞いたのになんもなかったな〜」


「まーじでそれ。誰だよ4人で最強になれるとか言った奴!」


「お前だろ。魔法最強とか言って突っ込んでったときは死んだかと思ったわ」


「思っきしすっ転んだもんな〜あれぶつかってたらスライム死んでたんかな?」


「絶対嫌!服溶かされたらどうすんだよ!?」


「はーいエロ本の読みすぎ〜先生に怒られろ〜」



…とりあえず、スライムは倒してないらしい。ノリで入って、お化け屋敷気分でビックリして一旦出てきたといったところか。

…スライムの情報も何もないのに随分な度胸だ。それは勇敢か無謀か…モブの私は、彼らが主人公だったとしても「なんて無謀な」と笑うくらいしかできない。


ってあああああっ!また嫌な思考に堕ちてる!なんで2日連続でこんなこと考えるかなぁ!

私だけの世界じゃない。それは昨日思い知った。ホンモノが存在することもわかってしまった。彼らが"そっち側"だったとしても、今この瞬間は離れようとしてる。ならその間に入ろう。


毎日襲いかかるネガティブを、毎日ファンタジーで上書きする。そうやってメンタルを安定させている間に4人はわちゃわちゃと離れていった。…何かしら準備をしたら、また来るのだろうか。来るんだろうな、きっと。

誰もいなくなったことを確認して木の裏から身を出して駆け足で門に触れる。早く、1秒でも早く、遊べ。


門を潜る。ダンジョンの中は…見た感じ特に異変なし。もしかしたら探索者が変わったらリセットとかかかるかもだけど別に気にすることじゃない。

鞄から2丁の水鉄砲を出して、まずはボス部屋の前へ。ふぅぅと大きく息を吐く。人に会う可能性が低いというだけでとても安心できる。

さて…



「やるか」



今日は色々試したい。3日は水鉄砲頑張るとか言ったけど、水鉄砲は水という資源がいる。使い切って汲みに行ってちまちま撃って…は効率が悪い気がした。あまりにも機械的でワクワクが少ない。ので。



「さぁて玩具で遊びましょうね〜」



エナメルバッグを置いて折りたたんだリュックサックを出す。そこにぽんぽんと必要な物を詰めて、2丁水鉄砲は両手に。新たに買ってきたスマホケースを首から下げてライトを付ければ、うん完璧。これならよく見えるしちゃんと戦える。


通路に足を踏み入れる。早速正面から来たスライムに照準を合わせて、乱射。最初の数発はやっぱり逸れるけど、まぁ1発当たれば怯んでくれるおかげでまだやれてる。実践には使えない、把握。

一旦倒しきって空になった水鉄砲をリュックに戻して、私は別のものを取り出した。1つはぐしゃぐしゃに丸めた新聞紙。小さくするんじゃなくて長めに、細長く荒い感じで。そしてその先に…火を付けたマッチが、炎を大きくして紙を燃やす。

それをスライムに向かって放り投げれば…ジュワッと激しい音をたてたスライムが、燃え尽きた。



「やっぱ火力って最強なんよっ…!」



ラノベのヒロインやライバルやパワー系がなんで炎属性か知ってるか?見栄えがよくて最強になれるから!燃やすってそれだけで超強いんだよ!異論は認める!あと私は雷も好き!氷も!


圧倒的に簡単な戦い方がわかったところでもう1戦。マッチに火をつけ、そのままスライムに向かって放る。さすがにあの小さい火じゃ倒せず溶けるかと観察して…投げた勢いで火が消えたマッチが、そのままぽとりとスライムに落ちて、溶けた。



「すぅー…そっかぁそうですネー…」



いやまぁ、元々倒せないだろうとは思ってたし。予定通りだし。もう1つ持ってた新聞紙に火を付け放る。今度は安全に即座に魔石を取って、私はまたリュックを漁った。結論、現状1番魔法として使えそう。デメリットは…焦ってると火を付けるのミスりそうなとこかな。チャッカマンとライターはそれこそ中身なくなったり噛み合い悪かったりで大事なときに使えないとパニくる自信がある。



「火力はテンション上がるね〜なら次は、と…火も水も予備ある間にこれ使っとくかぁ」



砂が詰まった2重のビニール袋。それをビニールロープでさらに持ち手を長くして射程距離を伸ばす。それを頭の上でぐるぐる…


ドシャ



「…ボス前の部屋に戻ってやるか」



まぁ、狭い通路で持ち手長くした物振り回したら壁に当たるわ。さすがにミス。

私が何もしてこないせいで普通に跳ねてくるスライムを避けてとりあえず火か水か…いや?このまま私がいい距離感で逃げれば、コイツ部屋まで追いかけてくるのでは?

スライムが近づいてきて、跳ぶ。それを避けて壁にぶつかるのを見届けながらまた少し後ろへ。来る、避ける、壁にぶつかる、下がる。それを数度繰り返すと…べシャッと弾けた。弾け、た。



「…衝突ダメージあるんだったら最初に言っといてくれませんかねえ!?」



落下ダメージを確認する場所がないから忘れてた。いやだって、壁にぶつかって自爆するスライムとかラノベで見ないんだもん。…ゲームで落下死するモンスターは見てきたけど。

ここはラノベじゃなくてゲーム仕様ですか〜ゲームでも敵モンスターの落下ダメないやつありますけどねぇ!



「これ、まーじで1階でできること少なくなってきたなぁ…今日の実験終わったらそろそろ見るべきか」



スキル取れてないけど、と軽く笑って、私は聳える門を見上げた。

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