第7話 魔女と祝福
春の葉を濡らす朝露が、まだ乾かない早朝。人目を偲ぶほどではないにせよ、そう多くない人々に見送られて、ボクたち総勢31名は、遥か北のファラガット城塞へ向かって、意気揚々と出発した。
先日の活躍もあって、本来であればアリーシアをあげての行軍になってもおかしくない状況だけど、殿下の意向で、簡素な出発式のみの行軍となっていた。
「それでも雇いの人たちに、下手な槍も矢も通らない軍馬車を用意できるのは、流石は我が君だよね」
「なぜこの俺が、お前たちと同じ馬車なのだ」
「乗れる軍馬が余ってなかったんだから、しかたないじゃん」
「それはそうだが、そいつまで巻き込んで、本当に俺も戦士ギルドに登録する必要があったのか?」
またレボルト君がぶつくさ言ってる。ボクたちの登録のあと、同じように戦士ギルドに登録してもらったけど。本来のお役目が果たせないから、当然だけど不満なのかな。
「そいつじゃなくて、メーアヒェンちゃんでしょ。戦士レボルト君」
「ふん。では魔女よ、そろそろ何を考えているのか話せ。騒がしい馬車の中なら、声を潜めれば問題あるまい」
確かに。継続して雇われている戦士さんや術師さんたちも乗ってるけど、ガタガタ揺れる馬車なら、聞き耳を立てられる心配はない。
相応の声でないと届かない。せいぜい両手を広げる範囲でないと、普通の声で会話は難しかった。
「そうだね。一応我が君と隊長様は、すべて了承済みで事を進めてるって事は、忘れないでね?」
「それはもう聞いている。それで?」
「要は我が君に狼藉を働らこうとしてる連中を、調べ上げるための下準備なんだよ」
「戦士ギルドに登録して、仕事をこなす事がか?」
「たとえば戦士ギルドの冒険者と、親衛隊の隊員様。相手はどっちを重視して警戒すると思う?」
「それは親衛隊に決まっているだろう。⋯⋯そういう事か、魔女め」
「ふふん、魔女だとも」
そう。これは、あくまでほんの少し調べる相手の警戒度を下げるための、小細工に過ぎない。
とはいえ、情報戦を怠る者は目的を果たせない。戦いはすでに始まっていると言っていい。それに本題は、ここからでもあった。
「それで、怒らないで聞いてもらえると助かるんだけど、良いかな?」
「まだあるのか。次から次へと、言ってみろ」
「つまりね。この状況なら、カルロフ先任様を殺した相手を調べる。と言う依頼を受けている冒険者を、表向き装う事もできるんだよ」
「なに、お前っ⋯⋯!?」
声を荒らげかけた彼の口を塞ぐ。これは、殿下をお守りするために、死人を利用する手段だ。
できればボクもしたくはない。でも、このイタズラ好きな頭脳は、それを思いついてしまった。
なら、他ならぬ殿下のためだ。ためらってはいられない。
「隊長様からも、歴戦の盾は多くあり守りは万全だが、血をあまり吸ってない剣はお前だけ。暗殺者たちは血の匂いに敏感すぎる。つまり、お前だけしかできんお役目なのだ。と、伝言を預かっております」
「隊長、いや、しかしそれはだなぁ」
「言いたい事は分かるよ。人の死を利用しようなんて、外道の方法極まりない。でも、あのままならカルロフ先任様は、暗い暗い地下でひとりぼっち。誰かがご遺体を葬らなきゃならないし、彼の仇だって討ちたいでしょう?」
「⋯⋯我が君は、それでなんと?」
「カルロフと、その親族達を手厚く頼む。そして、我が痛みと憤怒をもって敵を暴き、すべて処せと仰せです」
実行犯は殺害済みとはいえ、8名もの暗殺者を一度に差し向けるのは、ボクのツテのある暗殺ギルドでも、前例はほとんどなかった。
つまり、状況はボクたちが思っているより、ずっと差し迫っている。
殿下はそのことを誰よりも痛感していて、同時にボクが推し量れないほど、カルロフ先任様の死に激怒していた。
「ならば是非はないが、他に方法があるのではないか?」
「そこで、降霊を行える。彼女の出番です」
ボクの隣の席に座っている、メーアヒェンちゃんを手で示す。こっちのお話を聞いているのかいないのか、彼女は少し眠そうで、さっきからボクによりかかっていた。
「降霊を行なって、直接カルロフ先任様の霊魂に、報告とお伺いを立てればいいんだよ」
「呼んだ、お姉ちゃん?」
「霊媒師として、お仕事を受ける気はないかなってお話。どうかな?」
「たくさんお金がもらえるなら、するよ」
隣の彼女は即答してくれた。お姉ちゃんとしては料金の相談方法とか、いずれ教えなければなるまい。
「大丈夫なのか、コイツで」
「あのね。コイツじゃなくてメーアヒェンちゃん。人数と人魂の確認を口にできる子ならできるよ。ダメだったら、他の霊媒師さんを手配するさ」
「なんだ、金儲けの話か?」
向かいの席に座っていた、ボクたちより10歳は年上で、分厚い革鎧姿の戦士が話しかけてきた。
見覚えがある。確か、殿下と鍛錬をしていた人物だった。
「あなたは、戦士ライヴァン様?」
「そうだ。俺は戦士ライヴァンだ。なんの話をしてたんだ、お嬢ちゃん?」
「その前に先日のお礼を、迷宮の件では助かりました。遅ればせながら、ありがとうございます」
「なに、あの場は雇い主に仁義を通しただけさ。気にしなさんな」
「そう言って頂ければ幸いです。先ほどお話していたのは、この行軍が終わった後のお話ですよ。小金稼ぎに帝都に向かおうかと、3人で相談しておりました」
「おや、良いのかい。あのめちゃくちゃ強い、愛しの我が君様とやらを放っておいてよ?」
「どうせ、どなたかが帝都の様子を、我が君にご報告せねばなりません。その立候補ついでにです」
「なるほど、そいつは無駄がないな。帝都か。もう、春も終わりかけだよなぁ」
彼は帝都の方角を向いて、剣の柄を手で握り込んでいる。
馬車の揺れかもしれないけれど、その手は少し、震えているように見えた気がした。
「よし、俺も一緒の仕事を受けちゃだめかい?」
「あの時の貸しを返せと?」
「他にも理由はあるが、そんな所だ。そっちが貸しに思ってくれるならだけどな」
「私は構いませんよ。レボルト様は?」
「実力的には申し分なさそうだが、しかしだな」
「なーに。気が合わなかったら適当な所で別れてもいいのさ。冒険稼業なんざそんなもんだ。そっちの霊媒師らしい嬢ちゃんは、どうだ?」
「あなたは、1人だね」
「まあ、そんくらいだろうな。ここ1年、剣に人の血は吸わせてねぇもん」
「良いよ。だって、優しそうな女の人の匂いがするもん」
馬車が小岩にでも乗り上げたのか、さらに大きく音を立てて、揺れている。
メーアヒェンちゃんの了承の言葉は、戦士ライヴァン様に、よく届かなかったかもしれない。
「じゃ、賛成が多いので、とりあえず手を組むって事で、全員よろしいですね?」
「おう。俺は学は無いが剣は立つ。よろしくな」
そう言って、彼は屈託なく笑っていた。
◇◇◇
大蛇のように上下にうねる道。チラチラと舞い落ちる粉雪と、時折見かける野生の獣たち。
北へ北へと進めば進むほど近くなる、万年雪を御する霊峰にして、北における、我が帝国が誇る最大の守り、ギデオン山脈に圧倒される。
けど、初夏が近くても北の万年雪は、決して溶けてはくれない。
寒い。外に出て雪風に晒されず、用意した毛布を被って肌をすり合わせても、唇が震えて、奥歯がよく噛み合ってくれない。
「暖かいのは、触れている所だけだな」
隣り合って座ってくれているレボルト君も、独り言とも、ボヤキともつかない声になってしまっていた。
「南の行軍みたいに虫に食われ過ぎて、皮膚がリザードマンみたいになっちまうより、遥かにマシさ」
「外の者たちは、本当にこれで大丈夫なのか、戦士ライヴァン?」
「このぐらい、北の民には酒飲んでそよ風だよ。北東のもそうだろ?」
「うん。お姉ちゃんたち。この毛布いる?」
自分の毛布を差し出してくれたメーアヒェンちゃんは、鼻先さえ赤くなっていない。
毛皮のような髪があるとは言え、やっぱり北の民は、肌の出来そのものが違った。
「いや、いいよ。風邪を引いたら良くない、メーアヒェンちゃんが使ってね」
「とはいえ、そろそろ最後のブラウエニー
「何を見れるんだ、戦士ライヴァン?」
「女神のスカートさ」
それからしばらく辛抱して、夜の帷が落ちる直前に、ブラウエニー山砦に到着した。
赤ら顔の僧侶たちが我先にと陣を張り、次に雇いの戦士と術師たちが、最後に殿下が隊長と共に馬車から出てきた。
「皆、大義である。取り決め通りに、十分休むといい」
「承知いたしました。我が君」
ブラウエニー山砦は灰色の石造りで、灰褐色の雪でまばらに覆われた、丘の中腹に立っている。
丘の下に目を凝らしても、雪混じりの森までは影だけで、よくは見えなかった。
「スティルよ。余にあれを教えよ」
殿下が指さした先、夜の帷の向こう。
「うわぁああ⋯⋯」
風をまるで感じない夜、遠く、舞い降りてくるもの。
ひらひらと揺れるたびに、葵色から紫、赤色、時に緑色などと、様々に変化していた。
「虹星蝶も見えるなぁ」
「また女神様が、スカート広げてらぁ」
かくいうボクも目は良いので、虹色に変化する星をバッチリ観測できる。
人は言う。あの星は虹の蝶であり、娼婦たちが死後も、男も女も迎え入れてくれている証なのだと。
「戦って死んだら、あの女神様のお顔を見られるんでしょう、いいなぁ」
「メーアヒェンちゃん。女神様は瞳だけ、今もここを覗いていらっしゃいますよ」
「どこどこ、そんなの見えないよ?」
「あそこ。もっと上ですとも」
震えるボクの指先には、凍りついた月が1つ。夜にきらめく涙の雫のように、空を彩っていた。
◇◇◇
同時刻、ブラウエニー山砦の丘下、伐採予定地。
蠢く影どもが、不気味なほど静かな野盗を従えて、気配を潜めていた。
「チッ⋯⋯星女神か」
「淫売め。アレでは目が多い」
「途切れた所を狙おう。手はず通り、一撃。野盗の解放、確認、不足があれば王子を毒殺し、犠牲なく戻る事を最優先。証拠を残すなよ」
揺らめく天の恩寵を忌々しげに見つめ、影たちは標的を見上げ続けていた。
◇◇◇
あとがき
次回『祝福と化身』
暗殺者は挑む、皇族殺しへと。道化術師は
その混乱の
「たやすい」
こたび、この丘に、あるものが2度と訪れない。
9話以降は、本格的な情報戦をネモネが提案します。どなた様もお楽しみに。
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