眼差しの魔法と銀の歌

千艸(ちぐさ)

プロローグ 秘密の契約

 彼女かのじょはさまよっていた。

 何も見えず、何も聞こえず、どこに行けばいいのかも分からず、何をしたらいいのかも分からず、ただ、ふらりふらりと動いていた。

 耳も目も、以前いぜんはあった気がする。今は分からない。心のある場所とつながりが切れてしまったのかもしれない。自分が今どうやって動いているのかも分からない。もしかしたら動いているというのも彼女かのじょおもみなのかもしれない。

『あなたは死んだのよ』

 彼女かのじょ内側うちがわに声がひびいた。聞こえたわけではないのに、つたわった。でもその声の主を彼女かのじょは知らない。記憶きおくまでくしてしまったのだろうか。

『死んでしまったけれど、ひどくおものこすことがあって、あなたは今そうヽヽなってしまっている。心当たりがあるのではなくて?』

 その言葉に、彼女かのじょ動揺どうようした。なにかとても大切なことを思い出さなくてはいけない気がして彼女かのじょ存在そんざいがゆらめいた。そう、自分の命より大切な……。

 ──****!

 彼女かのじょはその名前をさけぼうとした。しかし、声になる直前で、なんのことだったのか急にあやふやになってしまって、出てきた言葉は意味をさないうめき声のようなものだった。それがもどかしく、彼女かのじょをいらだたせた。

『だいじょうぶ、落ち着いて。わたしならあなたを手伝てつだうことができる』

 声の主はやさしげに彼女かのじょに語りかけてくる。

『あなたはもう元の存在そんざいにはもどれない。だけど、わたし契約けいやくすれば、姿すがたえてのこることはできる。記憶きおくは持っていけなくても、心は、あいはあるから……まだもっといっしょにいたいとねがうなら、わたしの声にこたえて』

 当たり前だ、こんなところで終わってたまるか、と彼女かのじょえた。おねがい、もう一度、もう一度あの子に会わせて!

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眼差しの魔法と銀の歌 千艸(ちぐさ) @e_chigusa

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