Don't look back

ヤマ

Don't look back

 夕方の風が冷たく感じるのは、ただ夏が終わりかけているからではなかった。


 彼氏と口論になった。

 些細なことで言い合いになり、最後には背を向けてしまった。


 気を紛らわせるために、近くのショッピングモールに寄り道をした。


 時計を見ると、門限まであと僅か。

 最短で帰るには、を通るしかない。





 ――絶対に振り返ってはいけない。





 その道は、神社の近くにあった。


 両脇には、古びた塀と鬱蒼とした木々。

 オレンジ色の夕日が、辺りの寂しさを強調している。

 まだ点いていない街灯は間隔が広く、その細い影が伸びて、追いかけてくるように見える。



 子供の頃、聞かされた話だ。

 近所の年上の子が一人、その道で振り返ってから、おかしくなってしまったらしい。

 その子以外にも、怪我をしたり、いなくなったということが、度々起きていたとのこと。


 本当かどうかは知らないけれど、所謂、「曰く付き」というやつだ。


 確かに、不気味だ。


 お調子者なら、試しにここで振り返ってみようと思うのかもしれない。

 けれど、火のないところに煙は立たない。

 フィクションの登場人物たちのような、愚かな真似はしない。

 やるなと言われているのだから、従うべきだと思う。


 家は、この道を抜けた先にある。


 私は深呼吸して、足を踏み入れた。





 最初は、誰かに呼ばれる声だった。


「……ねぇ」


 男とも女とも取れるような声。

 はっきりと耳のすぐ後ろから聞こえたが、振り返らない。





 次は、足音。


 私の歩みにぴたりと重なり、時に一歩遅れて響く足音が、すぐ近くから聞こえる。

 だが、振り返らずに、足を速める。





 やがて、鼻をくすぐる香りがした。


 彼にプレゼントした、香水の匂い。

 思わず足を止めかけたが、強く唇を噛み、前を向いたまま歩き続ける。





 肩を軽く、叩かれた気がした。


 けれど、無視して歩き続ける。





 道の出口が見えた瞬間、ポケットのスマートフォンが震えた。


 メッセージの通知。

 画面には、喧嘩した恋人の名前。





〈ごめん、さっき言い過ぎた。帰ったら電話して良い?〉





 胸が熱くなる。

 足が、自然と止まった。


 思い出すのは、去る間際に見た彼の表情。

 怒りよりも、悲しみに近い顔だった。


 言葉をぶつけたのは自分も同じで、あの沈黙を作ったのは互いの意地だ。


 今までも、色々あったけれど、うまくやって来たのだ。

 いつかきっと、笑い話になるだろう。



 帰ったら、まず謝ろう。



 そう決めた瞬間、私は深く息を吐き、再び、足を前に出した。











 夕闇が、一際濃くなった気がした。











 *











「――続いてのニュースです。


 昨夜、市内の高校に通う女子生徒が、帰宅途中に行方不明となりました。

 最後に確認されたのは、通学路付近を歩く姿で、その後の足取りが分かっていません。

 警察では、事件や事故の可能性も視野に入れ、引き続き捜索が行われています。


 インタビューに応じた、交際相手の男子生徒は――」





「早く帰ってきてほしいです。


 あの日は、口論になってしまって……。

 でも、冷静になって、自分も悪かったって気付いたんです。だから、ちゃんと謝りたくて――」

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