二
寺を包囲する軍勢などもはや関係ない。オレは墨絵のような世界となったその寺の中に入っていく。
ん、何かいる。
オレはその気配のする場所の戸を開ける。
切腹している武士がいる。
墨絵のような世界でその男は動いている。
「何者ぞ? 日向の手の者か?」
日向?
「オレはカヤト⋯⋯」
「なんとカヤト
織田信長?
こいつが?
「どうした。別にお前を助ける義理はないがどうする?」
織田信長はオレにすがるような眼差しを送ってくる。
人間なんてこんなこんなものか。
「どうする?」
オレはもう一度織田信長に訊く。すると織田信長は首を静かに横に振る。
「最後にカヤト
さっきからこいつは何を言っているのだ。
「そうか。では、そのまま逝くがいい。言い残すことはないか?」
オレがそう訊くと織田信長は首を横に振り⋯⋯。どうやら事切れたようだ。
まあ、ここも
オレはそのままその寺を出た。織田信長が亡くなったとあれば国中が混乱するはず。ここは堺に戻り雪乃の様子を確認にいこう。
オレはその日の昼前には堺の今井宗久邸の離れに到着した。雪乃は今井家の下女たちとのおしゃべりに夢中だ。
「あ、カヤト。お帰り」
「ああ」
オレの気のない返事に雪乃が苦笑いをする。
「ああじゃないわよ。全然帰ってこないで⋯⋯。女房が浮気するとか心配しないの?」
雪乃の浮気より織田信長の死の方がオレにとっては重要だ。オレは黙って首を横に振り今井宗久邸へと向かった。どうやら先客がいたようだ。徳川家の家臣、服部半蔵。
「カヤト殿、ちょうどよかった。今呼びにいこうとしてたんだ」
今井宗久がオレに言う。
「服部様、なぜ堺に?」
服部半蔵はしばらく考えてから口を開いた。
「我が主君がこの堺にいるからだ。急ぎ浜松に戻りたい。伊賀越えの案内をしろ」
「この異常事態に伊賀越え? 服部様、お気は確かか?」
オレの言葉に服部半蔵は目を見開く。
「お主まさか⋯⋯」
「最後を看取ってきた」
オレがそう言うと服部半蔵はオレの胸ぐらを掴んできた。
「お主、なぜ助けてこなかった。伊賀攻めの復讐のつもりか。あれは違うぞ」
「仕方ねえだろ。切腹した後じゃ」
オレがそう言うと服部半蔵はオレの胸ぐらから手を離す。
「まあいい。とにかく浜松への護衛は頼む。伊賀衆であるお主には拒むことはできないはずだ。そうだろ」
「伊賀を抜けるところまでならいい。その先は北畠の領地だろ。オレよりも徳川家の方が融通がきくんじゃねえか。違うかい」
服部半蔵の依頼にオレはあくまでも噛み付く。三河に逃げ込んだ伊賀衆を人質にとるなど考えられない。
「承知した。では、伊勢路に入る前まででよい。案内せい。時間がない。すぐに出発だ」
服部半蔵はそう言って立ち上がった。
「服部様、カヤト
オレがそう訊くと服部半蔵は首を横に振りこう言った。
「なんの冗談だ」
「信長がそう言ったんですよ」
「わからんが、家康様ならご存知かもしれん」
服部半蔵はオレを連れて今井宗久邸を後にした。
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