はじめての夜

火はあたたかかったけれど、心は寒かった。

焚き火の向こうで、蓮が黙々と貝を割っている。水場を探して見つけたという小さな沢の水と、彼が拾ってきた貝と木の実。それが今夜の晩ごはんだった。

「……こんなの、食べられるの?」

私の言葉に、彼は一度だけ顔を上げた。

「生きる気があるなら、食え」

「……!」

ムッとした。でも、言い返す気力もない。ただ、ぎこちなく口に入れる。塩気と苦味。思っていたほど、まずくはなかった。

蓮は黙ったまま食べ続ける。話しかけても、ぶっきらぼうな返事ばかり。正直、感じが悪い。

「ねえ、もう少し……協力する気、ないの?」

つい言ってしまった。彼は手を止め、焚き火越しに私を見つめた。

「協力してるだろ。お前が何もできないから、俺が全部やってる」

図星だった。悔しい。でも、それより怖かった。

もし彼がいなかったら――私は、今ごろ死んでいたかもしれない。

「……ごめん」

小さな声で謝ると、彼はふっと視線を外した。

「お前、何してる人だ?」

「会社員。東京で営業やってる。アウトドアなんて無縁」

「だろうな」

小さな笑い声。初めて、彼が笑った気がした。

夜空には満天の星。普段ならスマホ越しにしか見ない景色。けれど今は、それを見上げながら、焚き火の音と、知らない男の横顔に耳を澄ませていた。

ここが無人島じゃなければ――

そんなことを考え始めた自分が、少し怖かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る