第45話 運命に抗う者たちへの賛歌
「あなたの任務は、『赤の女王』の保護、そしてそれが不可能な場合は、破壊って言ってたよね? 『赤の女王』って、カタンのことでしょう? 最初から破壊するつもりなんかなかったくせに……」
男は、窓際に歩み寄った。
無煙煙草を取り出して、くわえる。
ベッドのピュアに背を向けたまま、言った。
「『秋』っていうのは、『沙羅』の四季の中でも一番過激な指導者で、その峻烈な判断能力は群を抜いてる。そんな『秋』が、人生で一度だけ、甘い決断を下した。それが『赤の女王』の存在だった……」
「ああ、それ……、知ってる。カタンとシンクロしたとき、彼の過去を見たわ」
「シンクロした?」
D・Cは、驚いて振り返った。
「うん。きっと、カタンが見せてくれたんだと思う。辛い記憶だったよ」
「おまえ、トリアルフの『うた』の正体、知ってるか?」
唐突な問いに、ピュアは首をかしげた。
「あれは、催眠術や言葉による洗脳とは違うんだ。『うた』と称される媒介を使ってはいるが、実は感情同調というESPなんだよ」
ピュアは、ああ、とうなずいた。
だから、するりと相手の心の中に入ってくるのだ。
「感情同調……エンパシー?」
「まあ、そうだ。しかも、一度に何億という人間を個々別々に相手にできる」
ピュアは感心した。
「兵器として実用化でもされたら、大変ね」
「個々別々に何億人、なんて芸当ができるのは、あとにも先にもトリアルフだけだからな」
「そりゃぁ、厚生府も欲しがるわけだわ……」
D・Cは、ピュアのベッドに歩み寄った。
「おまえ、ESPチェック受けてるか?」
「え?」
話の飛躍にピュアは面食らう。
「別に受けてないけど、どうして?」
男はうなずいた。
「一度、多項目で受けといたほうがいい」
「だって、そんな兆候、ぜんぜんないわよ」
「いや、おまえ自身がじゃなくて、強力なESPに関わった場合のことを言っている」
「どういうこと?」
「多分、とりこまれやすい」
「とりこまれる?」
ピュアは首をかしげた。
「考えてもみろよ。『赤の女王』は封印されていたんだぜ。それが、おまえに直接コンタクトできたんだろう? それは、おまえのほうにもそういう因子があるってことだ」
「……なのかなぁ?」
ピュアは半信半疑でうなずいた。
「あたしのことはともかく。カタン、せっかく会えるかもしれないのに、アリスを『秋』のもとに送り返そうとしてたんだね……。なんか、辛い」
「会ってしまえば、死ぬしかないって思い詰めてたからだろ? 誰だって、惚れた女を殺したくはないさ」
「だけど、あの子たちは道ばたで迷子になってる赤ん坊じゃないのに、自分の足で立って、自分の意志で、闘っていけるのに、最初から諦めてるのが、凄い悔しかった」
D・Cは、笑った。
「ああ、それな……。カタンが言ってた。おまえにそう言われて横っ面はり倒されたみたいな気分だったってさ」
「え?」
「ほら、廊下に来てるぜ」
D・Cに言われて、ピュアが戸口に視線を巡らせると、カチャリとドアが開いて、二人が姿を現した。
「おねえちゃぁん!」
あどけない表情で走ってきたのは、クリシアか? ベッドの上のピュアにぎゅっと抱きついて、胸に顔を埋めた。
「あらぁ、ごめぇん。まだ痛むんでしょぉ? クリシアったら、どうしてもおねえちゃんにだっこして貰うんだって言うからぁ~。ほんと、ごめんねぇ」
一瞬でクリシアはケイにスイッチして、ピュアから離れる。
その色っぽい表情が、ストンと変わって、キラキラと瞳を輝かせた年相応の少女になった。
「宇宙船の中で語り明かす約束、忘れてないよね?」
今度はユウカだ。
ユウカは、そっと身をかがめ、ピュアに耳打ちする。
「で、そっちの男、誰? カイカイくん? 年上の上司? それともスピッド野郎?」
ユウカは相変わらずだ。
ピュアは、そんなユウカに苦笑しながら、ちらりとD・Cを見た。
人格が入れ替わり、今度は落ち着いた表情の女性に変化した。
「ピュア。ブランカです」
ピュアは、茫然とブランカを見上げた。
思えば、いきなり超能力でぶちのめされかかったのが、唯一の接近遭遇だった。
誤解がとけて落ち着いてみれば、資料映像通りの、たおやかな美女である。
「よかった。陽色のこと、ふっきれたのね?」
ブランカはうなずいた。
「陽色がどんなに勇敢な戦士だったか、彼が教えてくれました」
そう言って、折れたレイピアを取り出してピュアに見せた。
ピュアは、そのレイピアの剣先に見覚えがあった。三番目の陽色クローンがピュアを串刺しにした剣だ。
ちゃっかり想い出のいい話に変えてリサイクルしているところがD・Cクオリティか。
最後に、アリスが表に出てきて、ピュアの手を取った。
「わたし……。カタンといっしょに生きていくわ。どんなに苦しいことがあっても、もうダメだって思っても、絶対諦めない。ピュアがそうして生きてきたように、わたしも、がんばるね」
ピュアは、照れくさそうに笑った。
「そう、面と向かって言われると、照れるせりふだね……」
ピュアにつられて、アリスも笑った。
カタンがそっとアリスの肩を抱いた。
D・Cは、窓外に視線をさまよわせた。
窓の外には燃えるような夕焼けが広がっていた。
ピュアは、ちょっぴり羨ましく、寄り添うカタンとアリスを見つめた。
互いが互いを想いあっているのが伝わってきて、胸が暖かくなった。
人が人を想うということが、ほんの少しだけわかりかけたような気がした。
ピュアは、夕闇にシルエットで浮かび上がる男の後ろ姿を見つめた。
大きな背中だ。
その力強い腕に抱かれるたび、敵対する不安と迷いに押し潰されそうになりながら、心の奥がうずくような不思議な感情にさいなまれた。
相棒なんか要らないと言っているくせに、つい、頼ってしまいたくなった。
彼が、敵でなくて良かった。
心からそう思った。
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