第27話 不思議の国に蜻蛉は飛ぶのか
マニュアル操作のZIGは速い。
街の中心の噴水広場にさしかかった。
だが、雨の中、走って姿を消したと思われるブランカの姿は、どこにも見あたらなかった。
「逃がし屋の雇用料金とオプション料、払ってなかったわね」
男の顔を見ずに、ピュアは言った。
「ああ……。さっきのでチャラにしとく」
ピュアは、D・Cを振り返った。
「さっきの?」
「ブランカから護ってくれただろう? あの直撃をくらえば、牧師が五芒星を切ってくれたかもしれん」
確かに、サイキックのエネルギーは生身で太刀打ちするには荷が勝ちすぎる。
「気前いいんだ?」
「おまえも、質問に答えてくれるとは思えないしな」
「たとえばどんな?」
「おまえの依頼人は誰だ?」
ピュアは曖昧に微笑んだまま、首をかしげた。
「残念。それは、あたしも知らないわ」
そのとき、後部警戒レーダーがワーニングランプを明滅させた。
「さっきの続きかも!」
ピュアが言うより早く、D・Cは高度セイフティをはじき飛ばしていた。
その瞬間、ピュアの目の端に、見覚えのあるブルーのフリルカットソーが見えた。
「止めてっ!」
無茶を承知でピュアは叫ぶ。
「ブランカが居たわ!」
「噴水の芝生を通るから飛び降りろ」
D・Cも、後方に追尾車をはりつけたまま、無茶を言う。
「わかった」
二つ返事でうなずくピュアも、アクションスター顔負けの度胸だ。
追尾してくる宙車は、二台。
一度は高度を上げたD・CのZIGは、急降下して公園の人々を驚かせながら噴水広場に広がる芝生に近づいた。
今日は雨なので、傘をさし足早に歩き過ぎる程度しか人通りはない。
ピュアは、ベルトのバックルを弾いて、宙車から身を乗り出した。
「よくわからないけど、依頼人はきっと、いちばん彼女を愛してる人だと思う」
言い捨てると、ピュアは思い切りよく、くるんと身を回転させるように地上二メートル程度で走行するZIGから飛び降りた。
折からの空中ショーに唖然と傘を上げて成り行きを見守っていた数人が、ピュアが飛び降りた瞬間、いっせいに「おおっ!」とどよめいた。
ころころと身を丸めて芝生を転がって、ピュアはふう、と息をつく。
腕と足に装着したパーツは優秀で、怪我の痛みを完全にカバーしていた。
ピュアが芝生に伏せていると、頭上をもの凄い勢いで二台の宙車が飛んでいった。
D・Cの宙車のあとを脇目もふらずに追っていく。
あの男のことだ。簡単に墜とされることはないだろう。
これで銃の腕さえまともならいうことないのに、と思いながら立ち上がった。
飛んでいる宙車から飛び降りた少女のまわりに親切な人々が集まり始めたので、ピュアは慌ててその場から逃げだした。
さっきブランカを見たと思ったのは、どっちの方角だろう?
ここ、センター・ブロック中心の噴水広場は、四方に同じように道路が走っている。
目印を確認する前に襲われたので、すっかり方向を失っていた。
失態だ。
ピュアは人々の目からのがれるため、とりあえず、一番街から裏路地に入りこんだ。
しばらく捜したが、ブランカらしい人影は見つからなかった。
ぐっしょりとぬれそぼって、ピュアは、二番街の共同住宅が林立する区域を歩いていた。
ブランカ・パージ……。
やっとの思いでたどりついた彼女は、おそらく護衛など必要としない、特殊訓練を受けたサイキックだった。
ではなぜ、護衛しろなどという任務が与えられたのだろう。
あのブランカをしてもかなわない、強大な敵が潜んでいるのだろうか。
そんなものに、生身のピュアが一人で立ち向かえるわけがなかった。
それでも彼女を護れというのならば、昨日、サージェントに言ったように、命令系統が歪んでいる可能性もある。
命令自体の不備は、恐ろしく危険なものだ。
そもそも、彼女が五つの異なった人格を有する特別な人間であることが、まったく知らされていなかった。
依頼者側はその事実を知らなかったのだろうか。
敵対すると思われるバズーカ男のマスター、ジングウジライが知っていることを、彼女を護ろうとする側が知らないなどということはありえない。
おかしなことが多すぎた。
依頼者サイドの秘密主義は、往々にしてエージェントを危地に追い込む。
今回のパターンもそれだろうか?
さもなくば、これは、なんとか隠し通して公にならないよう務めたいトップシークレットだということだ。
トップシークレット……。
あれほどの能力を持つサイキックが、制御を失ってそこらへんをウロウロする事態は、もしかしたらとんでもない機密なのではないか?
アリスによって眠らされていたブランカが、D・Cに出会って目覚めた。
D・Cの登場は、それほどのトリガーだったというわけだ。
陽色・マリエルとブランカは恋人同士で……。
D・Cと陽色は親友……。
陽色はどこかの組織のスリーパーで……。
その陽色を、D・Cが殺した?
D・Cは陽色の正体を知っていたのか?
D・Cが陽色を殺した理由は、どっちだ?
陽色がスリーパーだということを知っていたからか?
知らなかったからか?
それとも何か、全然別の理由があってのことか?
そもそも、陽色はどこの組織のスリーパーだったのだ?
ブランカについてわかったのは、彼女がサイキックで、D・Cを恋人のカタキとつけねらっていることだけだ……。
ピュアは、荒く息をついた。
雨よけのひさしがある共同住宅の壁にもたれかかった。
それにしても……。
脳裏に、D・Cの姿が蘇った。
D・Cは、ブランカがサイキックであることを知っていた。
――あいつ、何者なんだろう……?
考えれば考えるほどに、不可解な男だった。
その行動がなにに基づいているのか、まるで予想がつかない。
トリアルフ教団、ジングウジライ、陽色、ブランカ、アリス、ソーマ牧師。そして、D・C……。
ピュアにとって確かなのは、彼に助けられたこと、それだけだ。
たとえどんな思惑があの男にあったにせよ、金銭で雇うつもりだったにせよ、それだけは事実である。
彼は、どうして、最初に会ったとき、シリル・Bと名乗らなかったのだろう……?
この星ではその名で通しているなら、そう名乗るのが自然なのに。
そういえば、逃がし屋と名乗ったとき、彼は『蜻蛉』と言っていた……。
――蜻蛉……。
今では、よほどの辺境に行かなければ、その翔ぶ姿を見ることはかなわない。
暑い夏、蜻蛉を追う子供たちを見たのは、いつのことだったろう。
子供の頃よく遊んだ、懐かしい〈テラ〉の、網膜に焼きついた乾いた情景だ。
蜻蛉を追って、はしゃぐ子供たちがいる。
空には、斑点が連なったような鰯雲が流れていて……。
夕日をあびて金色に輝く麦畑を子供たちが走っていた。
金色に、光る……。
いや、あれは麦ではない。
大人の背丈ほどもある、すすきだ。
見渡す限りのすすきの花穂と、狂おしいほどに群れ翔ぶ蜻蛉の海……。
揺れる、揺れる、金色のすすきの穂……。
そうか、あれは、夏ではなかった。
確かにまだまだ暑くて、夏の名残りが続いていたけれど、あれは、秋……。
ピュアは、ハッと我に返った。
『蜻蛉』は、『秋』の使者だ……!
なんということだろう。その可能性を考えていなかった。
彼は、『蜻蛉』は、もしかしたら『沙羅』の……?
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