第22話 この絆は一時の迷いか永遠か


 腕の中で安心したように眠り込んでしまった少女を、そっとベッドに横たえて、D・Cは少女の乱れた髪をなでつけてやった。


 オプション、か……。


 この少女は、そんなふうに契約関係を打ち出さないと素直に泣くこともできないのかと、少し哀れに思った。


 抱きしめると、見た目よりももっと華奢で、折れてしまうのではないかと不安になるほどだった。


 彼女が肩に刺さったレイピアを抜くための荒技を目にしたときは、さすがに驚いた。

 非常時における覚悟と根性の座り方は並大抵のものではない。


 あのときの少女と、自分の腕の中で震えていた少女が同一人物だとは思えないほどだ。


 まるで、細い糸の上を綱渡りしているような死と隣り合わせのバランス感覚、それだけが彼女を支えているのだろう。


 それでも、平和な日常の中では生きられない人種なのかもしれないと、D・Cは自嘲的に思った。


 あどけない寝顔を見つめると、濡れた睫毛がキラキラ光っていた。

 その濡れた睫毛にキスしたい衝動がこみ上げて、男はベッドサイドを離れた。


 必要以上に肩入れするのは危険だと、自分に言い聞かせた。


 そのとき、耳に装着した携帯が、震動で着信を知らせた。

 部屋の隅に寄って、タッチコードを送る。


『シリル・バードくん、アリスの追跡報告が遅れているようだが?』


 男は、声をひそめた。


「どこかの兵隊ばかが市街地で戦争を始めたせいだ」

『目立つ行動は控えろと命令したのだが……あれは、間に合わなかったのかね?』


「いや。見事なヒット・アンド・アウェイだった。アリスは無事だ。襲われたので、今はクリシアが表に出ている」

『それでは一昼夜はそのままということに……』


「まったく、どんな軍隊よりも最強なお姫様だ」

『実は、それで気になる情報を入手したのだが……。一度戻ってもらえるかね?』


「アリスのマークは?」

『他の者に当たらせる』

「……わかった」


 通話を切って、D・Cは眠っているピュアに視線を巡らせた。


 今回の襲撃は、度を超している。

 アリスが欲しいなら、あんなやり方では危険すぎる。

 もし、ピュアの能力がもっと低ければ、今頃は二人の少女はモルグ行きだ。


 これに懲りたなら、もアリスやこの少女に危害を加えることはないはずだ。


 だが、トリアルフ教団にアリスを渡すわけにもいかない。

 今、アリスは手の中にある。

 このまま、アリスを確保すべきだろうか……。


 しかし、問題はブランカだ。

 が動けば、ブランカがずっと眠っている保証はない。


 もし、ブランカが目覚めたら……。


 腕の中で震えていた傷だらけの少女のことも気がかりだった。


 この少女と組むという選択肢はアリだろうか?


 ――俺も、甘い……。


 傷ついていても、彼女はプロフェッショナルだ。打開策は自分で見つけるだろう。


 D・Cは、武器を並べたテーブルに歩み寄った。

 折れたレイピアを手に取る。


 かつて、舞うように鮮やかにこの剣を使う男がいた。細身の刺突剣しとつけんが得意な男だった……。



 ――陽色ひいろ……。



 男は目を伏せた。

 自分の武器を身につけ、レイピアを腰のベルトに刺して、部屋を出た。




「ピュア、ピュアってば、起きなよ」


 ユウカの声で、ピュアは目を覚ました。


 目を開けて、あの男の姿を無意識に捜してしまう。

 そんな自分に苦笑した。


「あたしが寝てる間に、なんかあった?」


 ピュアは、元気そうなユウカを見て微笑んだ。


「怪我、ない?」


 ユウカは、大きく腕を振り回してみせた。


「元気元気」

「よかった」


 ピュアは、ベッドに右腕を突っ張って体を起こした。

 肩までかけていた布団がずり落ち、血を吸ってどす黒く変色したチュニックと、テーピングした肩が現れた。


 ユウカはそれを見て悲鳴をあげた。


「やだ、それ、どうしたのよっ? 血? 全部、血なの?」


 もとは白かったチュニックが、血液でカピカピに固まっていた。

 ピュアはあっけらかんと笑った。


「着替えのデリバリーでも頼もうか? おなかもすいたし」


 ユウカも、耳とカツラこそ着けてはいないが、ケイだったときのウサギちゃんのままだった。

 彼女も自分のかっこうに視線を落とし、二つ返事でうなずいた。


「あたしは、普通の動きやすいTシャツとショートパンツでお願い。ご飯は、中華」


 ユウカは、なんでも即断即決。意志がはっきりしていてわかりやすい。


 ピュアは、部屋に備え付けの端末を操作して、洋服と食事の宅配を頼んだ。


 ついでに、この場所の確認もする。

 あの男の言った通り、ジリ・タリア宇宙港から二十キロほど離れた、郊外のモーテルのようだった。


 ピュアは、自分の着替えをスタンドカラーのオーバーシャツにした。

 ポー・ノアールの新作だ。シャツの裾にゴシック風のレースがあしらわれ、ふわりと広がるフレアーになっている。腰に吊るGF四五が自然に隠れるデザインだ。


 動きやすさを優先したショートパンツは、生地にブランドロゴが織り込まれたストレッチの効いた素材で、動きやすく耐久性も高い。


 それを横から見ていたユウカが羨ましそうに口を尖らせた。


「ずるいー。ピュアだけブランドの一点ものっ!」


 ピュアは笑いながら、ユウカのカットソーを、袖と裾がシフォン素材のものに変えた。


 ピュアは少し考えて、マーシナリーUというミリタリーブランドの通販サイトにアクセスした。


 このブランドは、宇宙服や装甲スーツのファッション化で、業界を荒らしまくった風雲児だった。

 安全性に最重要ポイントを置きながら、ファッション性をも追求するというコンセプトで、バカ売れ中なのだ。


 とかく、耐ショック性、攻撃性を備えたパーツは、無骨で重いばかりだったり、どれも似たり寄ったりの形状をとらざるを得なかったりで面白みがなかったのだが、そこに、このブランドがファッション業界からなぐり込みをかけた。


 もちろん、最初はまるで相手にされなかった。

 しかし、危険業務に従事する女性たちの間でそれは静かなブームとなり、今では、飛躍的な技術の進歩も伴って、シェアの三○パーセントを握るまでに成長している。


 ピュアは、反射を抑えた渋いメタル・ピンクのパワー・アームを選んで、注文した。


「えー? なになに? そんなのどうするの?」


 肩の傷の様子が芳しくなかった。

 座って端末を操作するだけでも痛みが全身に走る。


「ちょっとかっこいいと思わない?」


 悪戯っぽく笑いながら、ピュアはお揃いのガーターベルトを追加した。


 こういった量産型強化メカパーツは、装着する人間のサイズが千差万別なため、生体融合システムが導入されている。

 大昔の入れ歯サイボーグの安定剤のようなものだ。


 難しく言うと、人体に存在する鉄イオンを局所的に活性化させることにより、金属異物と生体との融合を計る……という理屈だが、理論は学者に任せておけばいい。


 パーツ装着時に使用する薬品は、皮膚組織の鉄イオンを活性化させる物質だ。それは強化ポリマーとしても働き、パーツ使用による人体への過負荷を軽減する。

 防備なしに機械パーツを装着して大暴れすれば、骨や筋肉はたちまちボロボロだ。それを防ぐ優れものなのである。


 それはニューロ・ポリマーといって、衝撃を受けるとその力を分散し、三六○度すべての方向へ放散する。

 電流が体内を走り抜けるように、ポリマーの表面を余分な力が走り抜けていく。


 操作は、神経感応性ニューロ・リアクティブの遺伝子命令による。

 これもN・ポリマーに含まれていて、ポリマー装着時における皮膚刺激はダイレクトに脳に伝わる。


 パーツの取り外しは簡単。ポリマーの遺伝子命令をカットする中和剤を無針注射で打ちこめばいい。

 パーツは、ぽろりととれる。


 ピュアが端末から離れ、ベッドに再び転がるのを見て、ユウカは心配そうに言った。


「ほんと、大丈夫? 服が固まるくらい血が出るって、想像できないんだけど……」


 ピュアは、微笑んだ。


「きちんと手当したから大丈夫」

「お医者さん、行ったの?」

「うん。まあ、そんなとこ」


 ユウカは首をかしげた。


「ピュアって、少し、感じが変わったような気がする」

「そう?」


「うん。わかんないけど……。そんな怪我してるのに、幸せそう」

「は?」


 ピュアは、呆れたように首をかしげた。


「……なんて、コロコロ変わってるあたしが言うのも変だけどね」


 そう言ってユウカは笑った。

 つられて、ピュアも笑った。笑うと、傷にひびいて痛かった。


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