Action-4. 絶対不可侵領域

第16話 トリックスターは嗤わない


 四番街を東へ向かう宙車の中で、ピュアは、殺されたというブランカの恋人についてユウカに訊いてみた。


「恋人かぁ。羨ましいなぁ。だけど、そういうことって教えてくんないんだよねぇ。どんなヤツか、顔、拝んでみたい感じ」

「だから、死んでるんだってば……」


 ピュアは苦笑い。


「ピュアは? そいつのことぜんぜん知らないの? そういうこと知らされないで、ブランカだけ連れ出すっていう仕事なわけ?」

「うん」


 ユウカは、ぽかんと口を開けた。


「なんだか……、すごく、秘密主義なんだね。まあ、女の子をひとり、中継ステーションまで案内するだけだから、たいした仕事じゃないんだろうけどさ。だけど、それだけの仕事に、……なんパーセントだっけ?」

「六パーセク」


「ああ、そうそう。そんな遠くからはるばるやってくるなんて、ご苦労さんだよねぇ。もっと近所に暇な人いそうなもんなのに」


 ピュアは、ハタと膝を打った。


「だよね……。ああ、ほんとだ。なんであたしが、派遣されちゃったんだろ?」

「そんなに生活苦しかったとか? めちゃくちゃ暇だったとか?」


「いやぁ~……そう……でもないけど……」


 ユウカの疑問が、妙に気になって、ピュアはあいまいに返した。


 うぬぼれるわけではないが、女の子をひとり中継ステーションに案内するだけの任務。

 想定外の事件も起こってはいるが、スターサーヴィスの登録人数を考えると、護衛のできるエージェントは近場にうなるほどいるだろう。


 ピュアのように単独行動にこだわらない、もっと適任のチームがきっといる。


「なんか、変だよね……」


 ぼそっとつぶやいて、ピュアは腕を組んだ。


 そのとき不意に、ピュアの耳にコールの震動が伝わった。

 任務についたエージェントは、基本的に私用電話の着信を弾くよう携帯をセットしている。


 もちろん、ピュアも、この星に来てからはそうしていた。

 首をかしげながら、ピュアはイヤホンをタッチした。


「はい。P・P・クイッキー」

『ああ、やっと掴まった。いったいどうしたんだよ? ピュア……。早退のあと、学校休むし……。ずっと留守電だから、なにかあったのかと思ってさ……』


 クラスメイトの甲斐・キタガワだった。

 ピュアは驚いて言葉を失った。


『体の具合でも悪いのか? おまえ、一人暮らしだったよな? 食いもんでも持って見舞いに行こうか?』


 電話の向こうで、ざわざわとたくさんの人が騒ぐ声が聞こえる。

 その、あまりに平和で日常的な雰囲気に、ピュアはとまどった。


 自分の属する世界が、彼らの世界とひどく遠く離れたものに思える。


 昼休みのようだった。


 甲斐のことだ。また、例によってどこかのシステムをハックして、携帯に割り込んだのだろう。

 スターサーヴィスのシステムに割り込めるのだから、甲斐のウデも一流だ。


「甲斐、実は田舎のおばあちゃんの具合が悪くて……。病院に詰めてるから携帯、通じないのよ」


 口からでまかせがするすると出た。

 少し、胸が痛んだ。


『あっ。そうか。悪い。いや、おまえが大丈夫なら、邪魔はしないよ。悪かったな……』


 ハッキング……。

 ふと思い立って、ピュアは、腰に差したスピッドを取り出した。


 昨日、D・Cが残していったものだ。

 キル・スイッチの下に小さく彫り込まれているメーカー名とロット番号、そしてこの種の武器には必ずつけられている登録コードが消されていないのを確認した。


「ねえ、甲斐。ちょっと、あなたのウデを見込んで頼みがあるんだけど……。この通話、スクランブラーかかってる?」

『もちろん。俺はいつもそうしてるけど?』


 盗聴防止のための暗号通信は、ハッカーの常識だ。


「じゃ、ちょっと書き留めて」

『通信記録とってるから、口頭で記憶できるよ』

「草薙一文字セイバー社。BS0544。2199JIL0867cs89」


 ピュアは、スピッドに刻まれている番号を読み上げた。


『それって……』


 甲斐は、メーカー名でそれがなんなのか気づいた様子だったが、周囲にクラスメイトたちが群がっているのを気にしてか言葉を濁した。


「ごめん。なにも聞かないで、これの持ち主と、流通経路、調べられるところまで調べてくれる?」


 一瞬の沈黙があった。


『ピュア、俺に出来ることって、それだけ?』


 そう言った甲斐の声が妙に大人びていたので、ピュアはドギマギした。


「え……。うん……。今は、そんなとこ……」

『おまえ、どこにいるんだよ?』


 甲斐の声が厳しくなる。

 彼は真面目で律儀な性格だ。


 急に心配になった。

 変なことを頼んで、彼を巻き込んではいけない。もしかしたら、彼に危険が及ぶかもしれない。


「あ、やっぱ、いい。ごめんね。変なこと言って。今の番号、気にしなくていいから……」

『かんべんしてくれよ。それ、すげぇ侮辱。俺のこと、信じてないだろ? この通話、どこ通してるかわかってるか?』

「え?」


『トリックスターのセイレーン』


 ピュアは愕然とした。

 ミルキーコントロール軍の特殊連隊トリックスターの暗号通信衛星だ。


「冗談じゃないわ! すぐ切らなきゃ!」


 電話の向こうで、甲斐が楽しそうに笑った。


『大丈夫。絶対、掴まらない。でも、今のでよくわかったよ。ピュアはセイレーンを知ってるんだね。普通の女子高生は、そんなもの、知らない』


 声のトーンを落とした甲斐の言葉に、ピュアは歯噛みした。

 語るに落ちるとはこのことだ。クラスメイトだと思うと、つい、油断する。


 普通の女子高生は、トリックスターなんて部隊も、その暗号通信衛星の名前も知らないのが普通だ。


「あたし、ちょっと軍事オタクなのよ」


 いいわけにもならないいいわけ。


『ピュアが訊くなっていうなら理由は訊かないから、俺を信じてくれよ』


 ピュアは、小さくため息をついた。


「ありがとう。じゃあ、携帯は繋がるようにしとくから、セイレーンにアクセスするのはもうやめて」


 ピュアは、そう言うと一方的に電話を切った。

 胸の奥が痛かった。ものすごい罪悪感がわき上がってきた。


 住む世界が違う……。


 平和な教室から、軍事衛星にアクセスする少年。

 彼はそれがどんなに危険な行為なのか、わかっていないのだ。

 そして彼にそんな危険を冒させたのは自分だ。


 初めて体験する学校生活だった。


 友達と他愛のない会話をするのが楽しくて、その雰囲気が殺伐とした過去を洗い流してくれるようで、いつしか心のよりどころにしていた。


 仕事を続けるなら、学校に通うのは、危険かもしれない。


 平和に慣れると切っ先が鈍る。


 その油断が、学校の人員採用名簿を覗くような気安さで彼に頼み事をしてしまった。

 あのスピッドの持ち主は、目の前で人をひとり殺しているのに。


 甲斐を、巻き込んでしまうかもしれない。


 うっかり口をすべらせたことが原因で、もし彼になにかあったら、彼を護りきれるだろうか……。


「んふふ~」


 ピュアの深刻な表情を、横からユウカがのぞき込んだ。


「彼氏?」

「えっ?」


 ピュアは、慌てて首を横に振った。


「違うわよ。クラスメイト」

「ふううん。でも、心配してかけてきたんでしょぉ? 彼のほうは、ピュアのこと好きだと思うな」


「そうかな? なんか、こないだ、それらしいこと言われたような気もするけど……」


 コリコリと首をひねりながら、ピュアはスピッドを腰のベルトに戻した。


「やだ、もう~!」


 バシンとピュアの背を叩いて、ユウカは声を張り上げた。


「とぼけないでよ~。ブランカも、ピュアも、いいなぁ、彼氏がいて……」


 いてて、とピュアは顔をしかめた。

 でも。こんな仕事を続けていくなら、普通の恋をするなんて、ありえない。


 そう。恋なんか、子供だからわからない。

 わからないふりをしていれば、苦しむこともない。それだけのことだ。


 ピュアは、不意に思い立って耳の携帯をタッチした。

 甲斐をあのままにはしておけなかった。


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