第3話:クラスの美少女が陰キャの僕に絡んでくる理由
「あの時の、猫です」
と、兼子日菜さんは自分を指さして言った。たしかに、そう言った。
「……えっと、どういうこと?」
「だからさ。つまり私はあの時死んだ猫の、生まれ変わりなんだよ」
「おおっと」
まさかここでふざけてくるとは思わなかった。あまりにも突然だったので、苦笑いしかできない。
「えっと……見ていた、とかじゃなくて?」
「えっ? なにを?」
「いや、僕が猫を埋めてたのを、どこかでこっそりとか……」
「ううん。じゃなくて、その猫が私だよ」
「いや『じゃなくて』、じゃなくて……」
「えっ。うそ、もしかして坂下くん、信じてない?」
「も、もちろん」
「そっかー。まあ、そうだよね。流石に簡単には、信じてくれないか。でもね、ちゃんと証拠もあるんだよ」
いや、その展開もおかしい。こちらはただの冗談として流すつもりでいるのに、証拠を出すとか言われても。
「証拠ってなんだよ」
「私の苗字、なんで兼子っていうと思う?」
「また急に……」
一体何の話だ。下の名前ならまだしも、苗字の由来なんて、先祖を遡ってでもみないと分からないだろう。
「か・ね・こ。ほら、『ねこ』って入ってるよね?」
「……」
「鳥肌たったでしょ」
「たたんわ」
すごいドヤ顔をされたけど、それが一体何の証拠になるというのだろう。
「それに私、お魚めっちゃ好きじゃん?」
「初めて聞いたけど」
「キレイ好きだし、気まぐれだし」
「猫っぽいこと言ってるだけじゃん」
「え、えーと、あとは」
僕がずっと訝しげな目線を向けていることを感じとったのか、兼子さんの表情に次第に焦りが見え始める。
僕はというと、あまりに兼子さんがこのジョークを引っ張るので、だんだん呆れが出てきた。
兼子さんは普段からゆるくボケたり冗談を言ったりするきらいがあり、まあそれが陽キャたる所以ではあるのだろうけど、この場面でこのレベルのジョークは想定外だった。あまりにぶっ飛びすぎている。
「ていうかその話、中一の頃なんだよな? とすると四年前だから......本当に生まれ変わりだとしたら、兼子さんは今、四歳ってことになるけど」
「……猫の四歳って、人間でいうと何歳か知ってる?」
「知らないけど」
「私も知らない」
「何だよこの会話。いや仮にそこで整合性取れたとしても、納得はいかないって」
「とにかく私は猫なの!」
「そんなゴリ押しされてもな」
本当に人気のないところに移動してよかった。こんな会話、誰にも聞かれたくない。
「じゃあその......にゃ、にゃ~ん」
ついにモノマネに走り出した。こうなったらもう終わりだ。じゃあって言ってるし。
「にゃ、にゃあ~」
「兼子さん、人が来るかもしれないから」
「信じてくれないからじゃん!」
流石に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして声を上げる兼子さん。あまりにも人間の反応だった。
「信じてくれないからにゃん!」
「語尾変えなくていいから」
「じゃあ逆に、どう説明つけるの? 私があの時のことを、詳細に知っている事実をさ」
「……それは」
確かに。急に鋭い投げかけだ。
「そうだ。私、覚えてるよ? キミが私に、言ってくれたこと」
「は?」
「いや、言ってはないか。手を合わせて、心のなかで、キミは
彼女は実際に両手を合わせて目を閉じて、祈るように、言った。
「もし生まれ変わったら、次は幸せな人生を歩んでほしい」
そしてゆっくりと目を開けて、微笑みながら、僕を見つめる。
「どう? あってるでしょ」
「……」
これが合っていれば、彼女の話が本当であるという、強い証拠になるのだろうか。
ただ正直もう、当時拝んだ内容なんて覚えていなかった。ちゃんと手を合わせたのかどうかさえ。中学時代の記憶なんか、ほとんどトラウマとかで埋め尽くされてしまっているから。
でもなぜか、妙な説得力がある。そして、彼女が不自然なほど僕を気にかける理由として、他に思いあたる節がないのも事実だ。
もちろん真っ先に思いつくのは、当時の兼子さんが偶然その現場を通りがかりに見ており、それを覚えていただけなのではーーという考えだ。
ただそれだけで、ここまで僕に固執するだろうか? 理由としては、やや弱い気もする。
もしかしてあの猫は、当時の兼子さんの飼い猫だった、とか? 愛猫を僕が代わりに埋葬したことに、強い感謝の念を抱いたとか? 確かに、それなら納得いく。
いやいやいや、違うだろ。尚更納得できない。だってもしそうなら、
じゃあ本当に、本当なのか?
「だから私、すごく感謝してるんだよ。救われたっていうのかな」
「感謝?」
「うん。だって野ざらしで死んでた私を、運んで埋めてくれて、お墓を立てて拝んでもくれて。それで、キミが願ってくれたように、私はいま幸せな人生を歩めてる。感謝しかないよ」
「……いや。でも結局あの後、親に叱られて、役所に連絡することになったような」
話している内に思い出した。だからあの後、すぐに墓は掘り返されて、遺体は役所に引き取られるという、夢も希望もない後日談があったはずだ。今思えば当然の結末だが。
「そんなことはどうでもいいの。坂下くんの親がなんと言おうが、結果的に役所で処分されようが、あの時キミのしてくれた行動が私は、すっごく嬉しかったんだから」
「そうなのか……?」
「うん。だからそういう理由もあって、坂下くんのことはどうしても、気になっちゃうのよ」
また照れたように、彼女は笑う。
「それになにより、みんなに知ってほしいの。坂下くんは、本当はとっても、素敵な人だってことを」
「……そんな大げさな」
「ううん、そんなことないよ。とにかくこれが、私の話したかったことの、ぜんぶ」
そう言うとあろうことか、兼子さんは僕の手をとり、両手で握った。
「ちょっ、兼子さん?」
「坂下くん」
流石に心臓の鼓動が早まる。女子に手を握られたのは初めてだし、ましてやあの、兼子さんにーー
「改めて、あの時はありがとう。よかったら私と、お友達になってください」
温かい手のぬくもりとともに。僕の頭の中でその言葉が、いつまでもぐるぐると回っていた。
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