クラスの美少女が陰キャの僕に絡んでくるなんて、どうせ裏があるに決まっている!
みつぎ
第1話:兼子さんには裏がある
「
「……いきなりなんだよ」
「いつも休み時間、一人でスマホ見てるからさあ」
「だからって、僕に友達がいないとは限らないのでは?」
「いなそうだね」
休み時間。同じクラスの
「じゃあ私が、坂下くんの初代お友達になっちゃおうかなー」
なぜか歴史上に一人もいなかったことにされた。いなかったけど。
「それさ、なに見てるの?」
「アニメ」
僕は横持ちしているスマホの画面から目を逸らさないまま、答える。
「なんてアニメ?」
「言っても分からないよ」
「言ってみてよ」
「言わない」
「私、アニメ詳しいよ? こう見えて、結構オタクなんだよねー」
「……魔法少女」
「えっ?」
「魔法少女シャイニー☆マジカル」
「……あー、わかる」
「分かってないだろ」
「あーっ!」
突然兼子さんが大きな声を上げたので、僕は思わず隣を向いてしまった。すると、彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべて、こっちを見ていた。目が合う。
「やっとこっち向いた」
どうやら、はめられたようだ。僕はすぐに目を逸らし、スマホに目を戻すと、魔法少女を一時停止する。全くもって、集中できない。
「なんの用?」
イヤホンを外し、改めて彼女の方を向く。目は合わせない。
「用がなきゃ話しかけちゃダメ?」
「こんなやつに用もないのに話しかけるなよ」
「こんなやつって、自分で言う?」
兼子さんはクスッと笑った。陽キャ特有の、屈託のない笑顔だ。
「私ね、思うんだよ。実は坂下くんって、意外と面白い人なんじゃないかな、って」
「……なんだそりゃ」
「興味があるってこと」
チラッと兼子さんの顔を見ると、彼女もじいっと、僕の顔を見つめていた。
眉の下で揃えられた前髪の更に下にある、大きな目、柔らかな黒い瞳。その綺麗な瞳に、いつまでも見つめられてると吸い込まれてしまうのではと錯覚し、やっぱり僕は目を逸らしてしまう。
正直、兼子さんはめちゃくちゃ可愛い。
持ち前の愛嬌に加えて、二次元キャラで目が肥えているはずの僕を唸らせるほどの、整った顔立ちを持っている。
性格も明るくて、所謂陽キャというやつだ。男女問わず、彼女はクラスの人気者である。
「ね。友達になろうよ」
そんな彼女に、僕はなぜか今、急激に距離を縮められようとしている。
というか、何だこの状況? さっきまでいつものように好きなアニメを見て、優雅な休み時間を過ごしていたのに。そもそもまともに他人と会話すること自体久しぶりだし、それだけで緊張してしまう。
「坂下くん?」
僕の気を知ってか知らずか、不思議そうな顔をする兼子さん。困惑が止まらない僕は、なんとかして口を開く。
「その……いきなり友達とか言われても」
「ああ、ごめん。グイグイいきすぎかな。びっくりしちゃったよね」
そう言うと、兼子さんは椅子を引き、立ち上がった。
「じゃあ明日から、友達になろう。それならいい?」
「あ、明日?」
「うん。心の準備しといて」
一日、時間をくれるってことか? いや、そういう問題ではないのだが。
「じゃ、お邪魔してごめんね。また明日、坂下くん」
「ちょっ」
手を小さく振りながら、教室の中心で賑やかに騒いでいる、クラスメイトたちの輪の中に、彼女は混ざっていく。
時間にして恐らく五分程度の出来事だったが、情報量が多すぎて僕の脳は処理が追いつかず、ただ呆然としていた。
高校二年の春、新学期三日目。
この時が、僕が覚えている限り、兼子さんとの初めての会話だった。そして彼女は宣言通りと言うべきか、次の日から毎日のように、僕に話しかけてくるようになった。
「今日はなんのアニメ見てるの?」
「バケモノ娘」
「この前見てたのは、なんだっけ?」
「アニマルフレンズ」
「ふーん。ねえ、それってそんなに面白い?」
「ああ、面白い。だから早く、続き見たいんだけど」
「家で見ればいいじゃん? 休み時間くらい、クラスメイトと喋ろうよ」
「家でも見るし、教室でも見るんだよ。ほっといてくれ」
こんな感じで邪険に扱おうが、構うことなく、兼子さんは毎日執拗に僕に話しかけてくる。
僕のようなクラスのはぐれ者が、可愛い女子から積極的に気にかけてもらえるなんて、それこそアニメのような心躍る状況だ。
ただ、流石にそれを素直に喜べるほど、僕は純粋ではない。
少なくとも明確な理由が、確実に存在するはずなのだ。
例えば、担任教師の差し金であるとか。『あの子クラスで浮いてるから、気にかけてあげてねー』的なやつ。
これは経験則でもある。中一の時のクラス委員長が実際、そうだったのだ。その時の委員長は、担任の心象を良くしようと動いているのが見え見えだった。
まあ兼子さんは委員長ではないが、教師からの評判も良さそうなので、言われていてもおかしくはない。
あるいは仲間内での罰ゲームとか。それはそれで、シンプルに心が痛むな。
まあとにかく、
「おはよー、坂下くん」
こんな風に、朝の挨拶をされたり。
「テストどうだったー? 私、全然ダメだったよ。あ。今日見てるのは、バケモノ娘の方かな?」
休み時間に気軽に話しかけられたり。
「また明日、坂下くん」
帰りの挨拶をされたり。
廊下ですれ違いざまに笑顔を向けられたり、会話中に気安く肩を叩かれたり、「これ見てー」とスマホで写真を僕に見せてきたり。
そんなのは全部、裏があっての行動に決まってるのだ。
「今日も食い入るようにアニメ鑑賞だねー」
しかし、そんな日々が一ヶ月続いたあたりで、少なくとも僕の中で、罰ゲーム説は薄れかけていた。
こんな長期で執行される罰ゲームは、もはやゲームではない。自分で言うのもなんだが、一体何をやらかしたら、こんな目に合わされるというのだ。
「……なんだよ」
休み時間、いつものようにスマホを見ていると、隣の椅子が引かれる音とともに、強い視線を感じた。
「いや、アニメを見てる坂下くんを、見ておこうかなと思って」
「集中できるか」
ため息まじりにスマホの画面を消す。すると兼子さんは椅子を寄せ、距離を縮めてくる。
「私と楽しいお話しようよ」
「はあ」
「坂下くんってさ、なんでクラスで浮いちゃってるんだろうね?」
まったく楽しくなさそうな話題だ。
「……まあ、コミュ力皆無だし」
「そんなことなくない? 普通に話せてるじゃん」
兼子さんが異常に話しやすいだけだろう。彼女と話していると、まるで自分がまともな人間の仲間入りをしていると錯覚するほどだ。
「知らないよ」
と、僕はごまかす。
「やっぱあれかなー、目つき悪いから?」
「はっきり言うなよ」
「みんな怖いんだろうね。加えて休み時間に、スマホで可愛い女の子が出てくるアニメを見ながらニヤニヤしてるじゃん? 別にそれはいいんだけど、なんというかなー、よくないギャップが出てるというか。怖い人がそういうことしてるから、またベクトルの違う怖さを生んでるよね」
「すごいエグってくるね」
コミュ力が理由のほうがマシだったよね?
「もちろん、私はそんなこと思ってないけどね」
「フォローとして成立してない」
「だからさぁ、どう? 今日放課後、カラオケいかない?」
「はい?」
「クラスで何人か誘ってるんだけどね。坂下くんもたまにはどうかなって」
えっ、今僕、カラオケに誘われたの? どういう話の流れだったっけ?
「坂下くんならきっとみんなとも、仲良くできると思う」
「僕なんかがカラオケ行っても、歌える曲ないって」
「えっ? よく鼻歌で歌ってるやつあるじゃん」
アニメの主題歌をたまに口ずさんでいることが、当たり前のようにバレていた。恥ずかしい。
「とにかく無理だ。行かない」
「えー。まあ無理には誘わないけどさ。でも私、皆に知ってほしいんだよね。坂下くんが面白い人だってこと」
ふと、中学時代の記憶が蘇る。先生からの指示で、僕をクラスに馴染ませようと、お節介を焼いていたクラス委員長。
兼子さんの行動が、あの時の委員長と被る。やはり、担任の差し金説が濃厚か。
「僕はそんな、面白い人間なんかじゃないって」
「そんなことないよ。だって私、坂下くんと話すの、楽しいもん」
真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐな言葉を投げてくる。あまりに直球すぎて、お世辞と分かっていても、照れてしまう。
「だから自信を持って。キミは自分が思ってるより、魅力的な人だよ」
「アニメ見てニヤニヤしてて怖い人なのに?」
「だから、私はそう思ってないって。みんなのイメージがね」
そう言うと、兼子さんはため息をつく。
「みんな、坂下くんとちゃんと話したら、きっとそんなイメージ、なくなるのに」
なぜか彼女はそこで、少し悔しそうな表情を浮かべた。まるで本心で、そう思っているかのように。
その表情すら演技であるとは、流石に僕は思えなかった。だからこそ、ますます彼女の行動が分からない。
だって、僕のイメージが払拭されたとして、彼女になんのメリットがあるというのか。
「ほんと坂下くん、見た目と性格ですごく損してるよねー」
「普通は片方で損するんだけどな」
「あはは、冗談だよ」
兼子さんのこの笑顔に、そういうメリットだとか打算的な思惑が全く感じ取れないことが、あまりにも不可解だった。
なぜ兼子さんのようなクラスの人気者が、僕のような日陰者に構うのか。
僕の頭を悩ませるその謎は、しかし次の日、あっけなく明かされることになる。
そしてその真相が、僕の悩みを更に肥大化させる形になることを、このときの僕はまだ知らない。
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