第3話 配給




 この時を待っていた。

 俺の退屈な人生に光が差した。


 漫画や映画みたいなお話は縁もなく、現実は退屈なだけ。そう思って生きてきた。


 でも、今はどうやら違うらしい。


 やっと、ここに来て、俺の物語が始まりを迎えようとしていた。



 「おっしゃあ! じゃあ行こう、マザー・フロンティア!!」


 「アホ! 知っておったら、儂らもとうの昔に乗り込んでおるわ!」

 

 アホと言われた。横にいる老人に。


 「あんたらもその場所は?」

 「…ああ。知らない。だからデータ集め、情報収集だ」

 

 太郎丸は鍵を元あった場所に戻すと、ゆっくり立ち上がった。


 「俺も行く!!」


 勢いよく挙手する。


 「啓太郎…。人手は欲しい。しかし危険だぞ?」

 「俺もあんたらの力になる、これも何かの縁ってやつだ」

 「…ありがとう」


 太郎丸は此方を見つめて、にこりと笑った。

 まあ個人的な感情が理由なんだけど、黙っておこう。


 「でもよ! お前らたった今帰ってきたばかりだろ? ちょっとは休んでいけよ」 

 「そうじゃ! 飯でも食わんとやっけんぞお」


 太郎丸の仲間たちに言われる。


 飯!


 そういえば、競馬場出てから何も食っていなかったことを思い出した。

 みんなの誘いに甘えることにして、俺は座り込む。


 「ほれ! 食え!」

 

 目の前に差し出されたのは、キューブ状の物体。手のひらに乗るくらいのサイズで、とても小さい。


 これが飯?

 え、こんなのが?

 

 「…驚いたか?」


 俺の当惑を察して、太郎丸が喋りかけた。


 「…それがここの飯。食糧となるものは、ほとんどがメガロイドたちからの配給、この最低栄養食で賄っている」

 「こんなので生きてけるのか?」

 「…生きてはいける。そう設計されている」

 

 早速それを頂く。

 あっさりと一口で食べた。


 味がしない。ほんのりと何かを噛んでいる、何かを食べているという感覚はあるけれど、空気を食べているのと同じにも感じる。

 腹は膨れたが、食べている気がしなかった。


 「牛丼とかカレーとか食いてぇな、こんなの」

 「…そうか。だが大事に食えよ。それは彼の分だ」


 太郎丸は、さっき栄養食をくれたじいさんの方を見た。


 「あの人の?」

 「…ああ。足りなければ分け与える。人間はそうやって生きてきた」

 「出会ったばかりの俺なんかにか?」

 「あったりまえじゃんー?」


 他の仲間に突然、後ろから肩を組まれた。

 肉の薄い、骨だけのような腕が肩に当たり、なんとも言えなかった。


 「あんたみたいな健康体若者こそ生きるべきだ。分け与えるのは、次世代に繋げるため。俺たちは、太郎丸とあんたに希望を託したのさ」

 「…申し訳ない」


 うつむく太郎丸。


 「…俺があちこち駆け回れるのも、お前たちのおかげだ」

 「気にすんなって」

 

 なるほど。


 ここにいる連中がみんな、痛々しいまでに痩せているのは、太郎丸に飯を分けてるからだったのか。そういえば、太郎丸だけはがたいが良かった。

 

 「じゃあ今日は宴だ、祭りだ! 仲間も増えたことだし、希望が増えた! この灯火は絶やしてはならねぇ、盛大に祝ってやろう!!」


 男がそう叫び、騒ぎ始める。

 周りのみんなも呼応して歌ったり、踊ったり、どんちゃん騒ぎを始めた。


 「うおおおおお!!」


 正直言って、こういう大騒ぎは好きじゃない。会社の飲み会とかはいつも断るし、俺は一人でいる方が好きだ。



 でも今日は生まれて初めて、こんなのも悪くないと思った。


 

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