許せぬ言葉、揺らぐ心 #20


洞窟の奥、崩れた岩を抜けて中に進むと、そこにはとんでもない広さの空間が広がっていた。


天井には穴が開き、そこから月明かりが差し込み、氷に覆われた床を淡く照らしている。


夜の光に満たされたこの場所は、これまでの洞窟とは全く異なる雰囲気を放っていた。


しかしネコサウルスの目を奪ったのは、光でも氷でもなかった。


広場の奥には、古びた木材で組まれた建物がひとつ建ち、その周囲には畑の跡と思しき土地が広がっていた。


すべては埃にまみれ、錆びつき、長い年月を経て衰えていた。


それはかつて、ここに誰かが確かに暮らしていたことを示しているようだった。


神秘に満ちたその空気に導かれるように歩を進めていたネコサウルスは、やがて暗闇の中に奇妙なものを見つけた。


そこには巨大な氷の塊があり、不自然なほど歪な形をしていた。


色もまた、ほのかに黒みを帯びている。直感的に、これは自然の造形ではないと悟った。


ネコサウルスは好奇心から足で触れ、顔を近づけ、舌で味を確かめみるが、それはただの氷と変わらなかった。


だがその中には、何かの「顔」に似た部分があった。そして、それを見てしまったその瞬間のことだった。


氷は突如として動き始め、その“目”が開いた。


恐怖に駆られたネコサウルスは、本能的に氷から離れ、逃げ出しはじめた。


だが、逃げながら地面は地震のように揺れ、天井からは岩が降り注いだ。


ネコサウルスは必死に崩落をかいくぐり、出口へと走った。だが、ほぼ到着していた時には、入り口は瓦礫で塞がれてしまっていた。


それを見たネコサウルスは一瞬立ち止まり、絶望を胸に抱きながら後ろを振り向いた。すると、そこにあった。


氷を突き破って現れたのは、信じられないほど巨大な生命体だった。


暗闇に浮かぶ黄色い両目は光を放ち、見ただけで心を屈服させる力を宿していた。


翼を広げ、風を巻き起こしながら降り立つその姿に、ネコサウルスはただ震えるしかなかった。


そして、その怪物が頭を寄せ、ネコサウルスをじっと見据えると、低く響く声が洞窟全体にこだました。



「……お前は、何者だ?」



---



その巨大な生命体の声に、ネコサウルスはすぐに答えることができなかった。


洞窟の中には、重く長い沈黙が流れた。



やがて、このまま何も答えなければ殺されるかもしれないという恐怖が胸を締めつけ、ネコサウルスは震える声でゆっくりと答えた。



「……ネコ...サウルス」



その言葉を聞いた巨大な生命体は、一瞬うん?と唸ると、首をかしげた。


そして鼻から大きく息を吐き、呆れたように笑い出した。


その様子はまるで、笑いたくて笑うのではなく、予想外すぎて嘲るような反応だった。


だがすぐに真剣な表情へと戻ると、怯えているネコサウルスに向かって低い声で言った。



「今から、お前に聞きたいことがある」



そう言うと、巨体をくるりと反転させ、頭で奥の方を示した。


ついてこい、そう言わんばかりの仕草だった。


ネコサウルスは少し意外に思った。


自分をすぐに食おうとしないことも、この状況そのものが理解できなかった。


しかし逆らえば命はないと直感し、不安と恐怖を押し殺しながら、その後ろに従って歩き出した。


指定された場所に着くと、巨大な生命体は低く命じた。



「……座れ」



ネコサウルスは混乱しつつも素直に座り込んだ。


胸は緊張で激しく鼓動し、自分の心臓の音がはっきりと耳に響いている気がした。


やがて、巨大な生命体が口を開いた。



「お前は、なぜここにいる。どうしてここまで来た」



ネコサウルスは思わず驚いた。その理由は自分でもよく分からない。ただ、夢に誘われたからだ。


しかしそんな答えを信じてもらえるはずがないと思い、黙り込んでしまう。


沈黙に気づいた巨大な生命体は、さらに問いを重ねた。



「ここはお前のような存在が入れる場所ではない。そもそも誰も知らぬはずだ……どうやってここを見つけた?」



その言葉に、ネコサウルスは息を呑んだ。確かに、その通りだった。洞窟の入り口から幾重にも分かれる迷路のような道を経て、ようやくたどり着いたこの場所。偶然で来られるはずもない。


結局、どんな説明も無駄だと悟り、ネコサウルスは正直に答えた。



「……夢を、見た」



その瞬間、巨大な生命体の爬虫類の目が見開かれた。



「夢……? それは本気で言っているのか」



最初は信じられない様子だったが、やがてその言葉が嘘でないと悟ったのか、深くため息をついた。



「もしそれが本当なら……多分それは俺のせいかもしれない」



その言葉には、何かを知る者の響きがあった。



「俺は、この世に何千年も生き続けてきた存在だ。お前の見た夢は、俺の力が影響したものかもしれない。長命の生き物には神秘的な力が宿ると言われている。その力が周囲に広がり、夢にさえ影響することがあるのだ」



ネコサウルスは小さくうなずき、心の中で「なるほど」と呟いた。その時ふと思い浮かんだのは、トカゲくんにまつわる夢だった。


あの洞窟で死んでいたトカゲくんの姿。


それも、この力に関わっているのだろうか。


巨大な生命体の声が再び響いた。



「……だが、ここは本来、俺たち家族のために用意した場所だ。部外者がお前のように勝手に入ることは許されない。本来ならば見つけた瞬間に殺すべきだが……今は見逃してやる。なぜなら、俺はお前に強い興味を持った。まだ、聞きたいことが山ほどある」



その言葉にネコサウルスは背筋を冷たくする。


だが同時に、なぜそこまで自分に興味を示すのか、頭の中に疑問が芽生えた。


すると、巨大な生命体の目が鋭く光り、さらに問いを投げかけた。



「……お前のその名前、誰からもらったんだ? そして、お前は“トカゲサウルス・フラン”のことを知っているのか?」



---



ネコサウルスがその問いを聞いた瞬間、頭の中には衝撃と混乱が押し寄せた。


トカゲサウルス・フラン。


そんな名前、聞いたことがない。いや、もしかするとそれがトカゲくんの本当の名前なのかもしれない。


当時、トカゲくんはただ「トカゲサウルス」と名乗っていた。


あれは本名ではなく、ただの呼び名だったのだろうか。


そして、なぜこの巨大な生命体が自分とトカゲくんの関わりを知っているのか。


その理由を考えると、ネコサウルスの心臓は早鐘のように鳴った。


まさか。


思い出されるのは、この生命体が口にした「家族のために用意した場所」という言葉。


もしや、それはトカゲくんのためだったのではないだろうか。


だとすれば、この巨大な存在こそがトカゲくんの“親”だということになる。


しかし、あの小さなトカゲくんと、この圧倒的な巨躯を持つ存在が親子?


常識が音を立てて崩れていくような感覚に、ネコサウルスは飲み込まれそうになった。


巨大な生命体の目が暗く染まっていくのに気づき、ネコサウルスは震える声で答えた。



「トカゲくんは……私の大切な友達。トカゲくんのことはよく知っている。この名前も……トカゲくんからもらった」



その答えに、巨大な生命体、いや、トカゲくんの親は意外そうに目を細めた。


猫とトカゲが友達になるなど、本来ならあり得ない。


半信半疑の顔で、じっとネコサウルスを見つめる。



「今、それを信じろと?」



疑いの視線を受け、ネコサウルスは必死に頭を上下させた。


それは生き延びるための本能的な行動でもあった。


だが親はなお追及する。



「友達などではないのではないか? お前が奴を食ったのだろう。お前から……フランの匂いがする」



その声には怒りが滲んでいた。


ネコサウルスは驚いた。


別れてから長い時が経っているのに、まだトカゲくんの匂いが残っているというのか。



「違う……本当に友達」



今度は激しく横に首を振った。


必死の否定に、親の視線はさらに鋭さを増す。


まるで目の奥を覗き込み、嘘か真実かを確かめているかのようだった。


だがやがて、親は長い息を吐いて少し表情を緩めた。



「……どうやら嘘はついていないらしいな。疑って悪かった」



ネコサウルスはようやく緊張を解かれ、同じく深いため息をついた。



「まぁ、最初に会ったときに君が名乗った名前を見れば嘘ではないのだろう。だが……我が息子め。猫と友達になるとは、なんとだらしない……」



嘆くような言葉。その姿は威圧的な存在というよりも、ただ子を案じる親そのものだった。


ネコサウルスの胸に、なぜか親近感が芽生え始める。


だが次の問いが、空気を再び張り詰めさせた。



「......じゃ、一つ聞いていいか? フランは今、無事なのか?」



予想外の言葉に、ネコサウルスの心臓が強く脈打った。


生きているのかどうか、分からない。


どこにいるのかも分からない。それが真実だった。



「......フランはどこにいる?なぜ君はひとりなのだ」


「……わからない。あの時、別れた」



その言葉に、親の瞳が大きく見開かれる。



「は?それはどういうことだ。別れた、と?じゃあ今どこにいるのかわからないってことか。」



ネコサウルスは頷いた。まさにその通りだった。



「じゃあ、どこにいるのかわからないのはいいとしよう。とにかくフランは無事なのか?」



また、機嫌を悪くしはじめたトカゲくんの親の表情が見えた。


だが、ネコサウルスはやはり頭を横に振るしかなかった。


それを見たトカゲくんの親の表情は、ますます暗くなっていった。



「フランが君に“サウルス”という名をつけるくらいの仲なら、結構親しいはずだ。なのに、なぜわからない?本当に友達なのか?」



その叱責に、ネコサウルスの胸に熱いものが込み上げる。彼女にもその理由はよく分からなかったが、思わず感情が揺らめいたのだ。



「本当の友達…! でも……わからない!」



言葉が自然と力を帯びる。


トカゲくんの親の怒りに反発するように、自分の怒りも燃え上がっていった。



「ふざけるな。それは本当の友達なんかじゃない。いや、そもそも友達と呼ぶこと自体が間違っている。ただの知り合いだろ? 違うのか?」



皮肉を吐き捨てるその声に、ネコサウルスの胸の中で何かが切れたような感覚があった。


なぜかその言葉は、自分を否定するような意味を含んでいた。


ネコサウルスは、トカゲくんのことを本当に大切に思っている。


だが、たとえ本当の親であっても、それを否定されるのは、ネコサウルスにとっても怒りを抑えるのが難しかった。


さらに、トカゲくんを失った理由を自分にあると言われるのも、ネコサウルスにとっては気に食わなかった。


無論、ネコサウルスもトカゲくんと別れたくて別れた訳ではなかった。仕方のないことだったのだ。


責任があるのは彼女ももちろん分かっていった。


だがそもそも、トカゲくんがひとり前になる前に旅に出させた親に、そんなことを言われたくはなかった。


そんなに心配なら、もう少し成長してから、一匹でも生きられるようになってから旅に出させるべきではないのか、というのがネコサウルスの考えだった。


今までトカゲくんが旅をしながらどれほどの苦難に遭い、それをどう支えてきたと思っているのか。


これは、前に子を産んだこともあるネコサウルスにとっても、許せないことだった。


結局、怒りを押さえきれなくなったネコサウルスは、トカゲくんの親に向かって叫び出した。



「あなたは間違っている...。親として失格!弱いトカゲくんをひとりで旅に出させた悪い親!」


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