凍てつく世界の小さな光 #13


目の前が真っ暗だった。


体は冷え切り、まるで長い眠りに落ちた後のように重たく、どこにも力が入らなかった。もう動きたくない……ただこのまま、この暗闇の中で微かなぬくもりに身を預けていたかった。


だが、静寂は長く続かなかった。


遠くから複数の足音が雪を踏みしめるように近づいてくる。ザク……ザク……。その音は次第に大きくなり、やがてすぐ傍で止まった。


トカゲくんの心臓がドクンと鳴った。


目を開けるべきかどうか、一瞬迷ったが、やめた。



(きっと……捕食者だ。目を開ければ最後、すぐに食い殺されるに違いない。)



そんな思いが胸を締めつけ、トカゲくんは目を固く閉じたまま身動きひとつしなかった。


すると......甲高い鳥の鳴き声が頭上から響き渡った。


一羽の声に続き、別の鳥たちも次々と鳴き始める。その声はあまりに大きく、トカゲくんの頭にズシンと響き、鼓膜が震えた。


鳥たちはどうやらトカゲくんを取り囲んでいるようだった。無数の視線が自分に向けられているのを、肌がひりつくように感じた。



(もう……ここまでかもしれない。)



恐怖で震えながらも、トカゲくんは諦めるように呼吸をゆっくり落ち着かせた。


しかし次の瞬間、不意に体が持ち上げられる感覚がした。


驚いて心臓が跳ねたが、必死に目を閉じたまま耐えた。


やがて、どこか暖かい場所に運ばれた。そこは暗く、柔らかく、そして信じられないほど心地よかった。さっきまで冷え切って感覚がなかった体に、ゆっくりと温かさが戻ってくる。



(これは……?)



薄れる恐怖の中で、トカゲくんはようやく瞼を開けた。


目の前は暗闇。いや、よく見るとここは何かに包まれていた。まるでふわふわの羽毛にくるまれているようだ。



(……鳥の巣?)



耳を澄ますと、外からは鳥たちの鳴き声が断続的に聞こえてきた。


さらに近くからは、誰かの心臓がドクンドクンと鼓動する音と、胃腸がかすかに動く音が伝わってきた。



(まさか……この鳥、僕を卵と勘違いして抱えてるのか?)



状況を理解した瞬間、恐怖が一気に抜け、トカゲくんは思わず小さく吹き出してしまった。



(いや……どんなお人好しの鳥なんだよ。)



しかし笑みが消えると同時に、頭の中に嵐の記憶が甦った。


凄まじい風と冷気に体を巻き上げられ、ネコサウルスと離れ離れになった、あの瞬間の記憶だった。



(……ネコサウルス。)



ため息を一回こぼしてみる。胸の奥がギュッと痛んだ。


彼女は無事なのだろうか。あの嵐の中で、あの炎に囲まれた森の中で生き残れたのだろうか。



(……そんなはず...)



トカゲくんは、かすれた声で小さくつぶやいた。



(いや、ネコサウルスは……強い。僕なんかよりずっと強いんだ。きっとどこかで生きてる。生きてるはずだ。)



そう自分に言い聞かせてみたが、胸の奥の不安は消えなかった。


その後、トカゲくんは、それらの考えを一旦脇に置き、これからどう生きていくべきかについて考え始めた。


このままこの鳥に守られながら過ごしていくべきだろうか。


もしここを出たとしても、極寒の外では長く生き延びられないだろう。それにネコサウルスがいなくなったこの世界で、果たして何を目指して生きればいいのだろうか。



(僕は……何をしたい? 何のために生きたい?)



自問するたびに、心の奥に空虚な風が吹き抜けるようだった。


だがその時、トカゲくんの胸の奥では決意が芽生えた。



(ネコサウルスが生きてるかどうか……確かめるまでは、僕も死ねない。それまで僕は、懸命に生きる!)



トカゲくんはそう言った後、ゆっくりと体を丸め、再び鳥の羽根の奥へと潜り込んだ。


いずれ外に出る方法を見つけなければならなかった。そのために、まずは体力を回復させるのが先だと考えたのだ。


トカゲくんは、鳥の中の温もりに身を任せ、そのまま目を閉じて深い眠りへと落ちていった。



---



次の日、トカゲくんは新しい環境に適応するため、まずは食料調達に力を注いだ。


水分の問題は簡単だった。周囲は雪に覆われており、少し口に含めば喉を潤すことができた。しかし問題は食料だった。


この極寒の地で食料を見つけるのはほぼ不可能だと悟ったトカゲくんは、巣の外に出ることを諦め、鳥たちの行動に目を向けることにした。


どうやら、この巣の主である鳥のつがいが、定期的に獲物を持ち帰り、巣で待つ相手に与えているようだった。


その時、運良く餌の破片が地面に落ちることがあった。トカゲくんはそれを拾って食べるしかなかった。



(ラッキーなことに……この鳥はちょっとドジなのか、よく餌をこぼすんだな……)



トカゲくんは小さく笑いながら、落ちた食べ物を食べる日々を続けた。もちろん、巣の中で排泄したものは自分で始末した。


具体的な方法はここでは省略するが、トカゲくんにとってもこれは屈辱的で奇妙な作業だった。


こうして食料問題はなんとか解決したものの、他の問題は山積みだった。


外は極寒で、一歩でも巣から出れば体が凍えて動けなくなる。そして、もし出られたとしても、その後行くあてもなかった。


何より、今のところ、この鳥たちが本当に自分に無害かどうかすら分かっていなかった。



(……鳥たちの目の前に出れば、獲物と見なされるかもしれない)



考えれば考えるほど、巣の外の世界は危険に満ちていた。


しかし、いつまでもここで“卵のふり”をして暮らすわけにもいかなかった。


そんな時、トカゲくんは外を覗いてみて一つのことに気がついた。


鳥たちの体から、雪のようにふわりと落ちる小さな羽毛があったのだ。



「……もしかして、この羽毛を集めれば……」



思いついた作戦は単純だった。


鳥たちの羽毛を集めて繋ぎ合わせ、自分の体を覆う防寒具を作る。これで極寒の外の世界にも耐えられるはずだった。


トカゲくんは決意すると、鳥の羽毛が落ちるたびに少しずつ集め、懐にしまい込んでいった。


そしてある日、そのチャンスは突然訪れた。


鳥たちが一斉に換羽し、古い羽毛を大量に落としたのだ。巣の周りは雪のように白い羽毛で覆われていた。



「……今しかない!」



トカゲくんは一気に羽毛を集めた。それはもう、自分の体を何重にも覆えるほどの量だった。


次に取り掛かったのは“服作り”。


羽毛を何度も揉み込み、絡ませ、繊維のように繋ぎ合わせ、一枚の厚い布を作り上げた。そして布の内側には、周囲で拾った魚の小骨を差し込み、補強していった。



「……これなら強い風にも負けないはず」



さらにトカゲくんは余った羽毛で帽子も作った。それは巣の中の暖かさに匹敵するほどの防寒性を持っていた。


数日後、ついに全身を覆う防寒服と帽子が完成した。


トカゲくんはそれを身にまとい、ゆっくりと立ち上がると、氷の中に映る自分の姿を見て微笑んだ。



「……これで、もう大丈夫か」



動きは羽毛のせいで少し鈍くなっていたが、それでも外に出る準備は整った。


その夜、ついにトカゲくんは脱出を決意した。



(今までありがとう……でも、ここにはもういられない)



みんなが眠っている夜、トカゲくんは静かに巣の外に足を踏み出し、雪の中を進んでいった。


そして息を殺しながら、ある程度進んだその瞬間だった。


足元の雪の下に隠れていた枝をうっかり踏みつけ、大きな音が響き渡った。


パキィッ!


辺りの静寂が破られ、すぐにざわざわと鳥たちが騒ぎ始めた。


眠っていた鳥たちが一斉に首を動かし、トカゲくんの方に目を向けた。


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