森の旅と甘いもの探し #7
二匹は、ついに旅に出た。
湖畔の暮らしは穏やかで、静かだった。ずっとそこにいても、生きていくことはできただろう。
けれど、そうはしなかった。
旅立ちの理由は、大きく分けて三つあった。
ひとつ目は、食べ物だ。
草や小さな獲物で生き延びることはできたけれど、トカゲくんの好みには合わなくなっていた。もう飽きてしまっていたのだ。味も種類も代わり映えしない食事に、心がしぼんでいくのを感じていた。
ふたつ目は、トカゲくんの中にある“旅を続けたい”という信念のようなもの。
いろんな景色を見て、いろんな食べ物を味わい、たくさんの思い出をつくる。
それこそが、生きるということだと思っていた。
そして、三つ目
それが最も重要な理由だった。
“甘いもの”を探すため。
自然界で甘いものを見つけるのは、本当に難しい。見つけたとしても、すでに他の動物に食べられていたり、まだ熟していなかったりする。
しかも、甘いと思って食べたものの多くは、実際には酸っぱかった。
トカゲくんの記憶の中に、ひとつだけ忘れられない味があった。
幼いころ、親からほんの少しだけもらった“蜂蜜”。それはまるで魔法のような甘さで、心がぽっと温まるような幸福をくれた。
あのときの味を、もう一度味わいたい。
それが、この旅の大きな目的だった。
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ネコサウルスの背中に乗って、二匹は森の小道をゆっくりと進んでいた。
トカゲくんの尻尾はすっかり治っていたが、歩くよりも背中に乗っていたほうが早いし楽だったので、歩かず背中に乗り続けていた。
それに、ネコサウルスが文句を言わなかったので、つい甘えてしまっていた。
旅の途中、二匹は道端の景色について語り合ったり、くだらない冗談を交わしたり、時には狩りをしたりして過ごした。
もちろん、旅の本命は“甘いもの”。
果物を見つけることもあったが、多くは鮮やかすぎる色をしていた。
その度、ネコサウルスは匂いを嗅ぎ取り、腐敗や毒の気配を感じて、トカゲくんを制止した。
一歩間違えば、命に関わる。
旅は、美味しいもの探しだけでは済まないものだった。
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森の奥で、二匹は思いがけないものに遭遇した。
一見すると、太くて長いミミズのような何か。
だが、それは巨大なヘビだった。
ネコサウルスの何倍もあるその体は、木々の間をぬるりと滑るように動いていた。
あれに見つかっていたら、生き残るのは難しかっただろう。
この世界は、弱肉強食。
強い者が生き残り、弱い者は喰われる
ただ、それだけの世界。
だからこそ、二匹は一緒にいた。
協力すれば、少なくとも今日を生き延びる確率は高くなる。
それが、この旅のなかで得た、一つの真実だった。
けれど、不思議だった。
ネコサウルスは、トカゲくんを食べようとはしなかったからだ。
今まで出会った動物の多くが、トカゲくんを“食べ物”として狙ってきた。
でも、ネコサウルスだけは違っていた。
特に脱皮してからというもの、ネコサウルスはトカゲくんにいっそう優しくなっていた。
頻繁に舐めてくるようになり、トカゲくんはそれを少し痛いと感じながらも、どこか満たされた気持ちで受け入れていた。
ネコサウルスは、信頼できる存在だった。
少なくとも、トカゲくんにとっては。
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ある日の夕暮れ、二匹は崖の上で並んで座っていた。
赤く染まる空と、その下で沈む太陽。ゆっくりと一日が終わろうとしていた。
トカゲくんは、小さな足をぶらぶらと揺らしながら、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、やっぱりさ、生きるって、何か“目標”がないと、虚しいのかもしれないな。むろん、今の僕たちは、甘いものを食べるっていう目標があるんだけどね。でも最近、それがもし終わったら、まあどうなるのかなーって、よく思うんだ」
短い足を上げて、また地面に落とす。
ネコサウルスは少し考えたあと、夕暮れに視線を向けたまま、ゆっくりと答えた。
「……あとで、考える」
その答えが意外だったのか、トカゲくんはくすっと笑った。
「うん、それでいいかもね」
その日は、静かなまま終わりを迎えた。
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翌朝、二匹はまた旅を続けた。トカゲくんは相変わらずネコサウルスの背中に乗っていた。
旅の途中、一匹の蝶が二匹の後ろをついてくるようになっていた。
最初はトカゲくんも手で追い払っていたが、いつの間にか、次第に仲良くなっていった。
羽をひらひらと揺らしながら、軽やかに旅の後ろを飛ぶその姿は、まるで二匹の旅に参加しているようだった。
けれど、森の中をしばらく進むと、蝶はひと回りし、ふっと空高く舞い上がって、そのままどこかへ消えていった。
蝶の離れていく姿をみて、トカゲくんは、名残惜しそうに小さな手を振った。
「バイバイ……」
ネコサウルスはその様子をちらりと横目で見て、何も言わずに前を向き、歩き続けた。
それから、どれくらい歩いただろうか。
森の様子が、ゆっくりと変わり始めていた。
木々は急に背を伸ばし、枝葉が空を覆い隠していた。
空気はしっとりと湿り、どこか甘いような、懐かしい香りが混じっていた。
葉は大きく広がり、地面はぬかるみ、足を踏み出すたびにぬるりとした感触が伝わってきた。
頭上と足元からは、無数の虫の鳴き声が響き、まるで森そのものが生きているかのようだった。
トカゲくんは、この場所がとても気に入っていた。
肌にまとわりつく湿気が心地よく、なによりも、あの甘い匂いがどこかで記憶の扉を叩いていた。
(ここに、欲しいものがあるかもしれない)
本能が、そう囁いていた。
けれど、トカゲくんの反応とは反対に、ネコサウルスにはまったく快適とは言えなかった。
(ここは臭くて、うるさいし、見通しも悪い。足元がぬるぬるしてる……)
ぼやきを飲み込みながら、一度だけ後ろを振り返ると、トカゲくんがうっとりした顔で森を見つめていた。
「……行きたい?」
「うんっ!」
その即答に、ネコサウルスは小さくため息をついた。
「はぁ……もう……しょうがない」
そして、トカゲくんを背中に乗せたまま、ぬかるむ森の中へと、一歩を踏み出した。
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