名前をつける日、湖畔の小さな約束 #4
湖畔の風は静かに葉を揺らし、鳥のさえずりが遠くから聞こえていた。
水面には青空が映り、二匹は並んで腰を下ろして、しばらくのあいだ何も言わずに風を感じていた。
ふと、トカゲくんが空を見上げながら口を開いた。
「ねえ、そういえば……君って、名前あるの?」
ネコは少しだけ困ったように首をかしげた。
「……ない」
「じゃあ、つけようか」
トカゲくんは、にこっと微笑んでそう言った。
「ぼくの名前は、トカゲサウルス。トカゲたちは、友達や大切な存在には“サウルス”をつけるんだ」
ネコは「なるほど」と頷き、じっとトカゲくんを見つめた。なぜか、目の前にいるこの子が言いたいことが分かるような気がした。
「……ネコサウルス...?」
「そう。そう。猫みたいだし、サウルスをつけたらぴったりでしょ。変かな……?」
少し戸惑った様子を見せながらも、ネコはゆっくりと笑った。
「……ネコサウルス……いい」
そして、ちょっと照れたようにふふっと笑った。
「じゃあ、よろしくね。ネコサウルス」
トカゲくんのその言葉に、ネコサウルスは小さな声で答えた。
「……うん。よろしく」
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晴れたある日、湖のほとりで過ごす二匹は、草むらの中でじゃれあっていた。
トカゲくんがネコサウルスの背中からぴょんと飛び降りると、さっと草の影に隠れる。
ネコサウルスは辺りをきょろきょろ見回して、不安そうに呼びかけた。
「……トカゲくん? どこ……?」
その背後から、いきなりトカゲくんが跳びつく。
「ばあっ!」
ネコサウルスは驚いて、ぴょんとその場で跳ねた。
「……!」
いたずら好きなトカゲくんと、ちょっと心配性なネコサウルス。
けれどその時間は、どこか子ども時代に戻ったような、甘くやさしい時間だった。
---
夕暮れの空が、やわらかなオレンジに染まっていた。
焚き火の残り香が漂い、空気には少しだけ煙の匂いが混じっている。
ネコサウルスとトカゲくんは、今日も一日を共に過ごしていた。
彼らは、ほとんど離れることがなかった。
トカゲくんは小さく、かしこくて、器用だった。ネコサウルスには入れないような小さな穴にも入り込めるし、いろんな知識や道具の使い方も知っていた。
一方でネコサウルスは、トカゲ君より大きくて、強くて、そしてなによりもやさしかった。
トカゲくんを背中に乗せ、時には驚くほどの速さで獲物を捕まえる。
その違いは、まるで欠けたピースを埋めるように、互いを補っていた。
焚き火の揺れを見つめながら、ネコサウルスはぽつりとつぶやく。
「……トカゲくんといると、なんか、胸があたたかい」
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星がきらきらと瞬く夜。湖面にも、その光が波紋となって揺れている。
トカゲくんとネコサウルスは、焚き火のぬくもりに包まれながら、身を寄せ合っていた。
眠る前の静かな時間、トカゲくんがぽつりと問いかけた。
「ネコサウルス……ぼくと会う前、ずっとひとりだったの?」
ネコサウルスは少しのあいだ黙り込み、首を横に振った。
「……ちがう」
「そうなんだ……じゃあ、誰かと一緒だったんだね」
少し間があいて、ネコサウルスは静かに答える。
「でも、いまはひとり」
「……親と、暮らしてたの?」
トカゲくんの質問に、ネコサウルスは目を伏せたまま、ぽつりとつぶやいた。
「もう……いない」
空気がふと沈黙に包まれた。
「ごめん……なんか、悪いこと聞いちゃった」
気まずそうに言ったトカゲくんに、ネコサウルスは小さく首を振った。
「だいじょうぶ」
トカゲくんは話題を変えるように、少しだけ声の調子を明るくして続けた。
「……ぼくはね、旅に出たかったんだ。だから親に頼んで、冒険に出たの。いろんなところを見て、学びたかった」
ネコサウルスは黙って、その声に耳を傾けている。
「……そのおかげで、ネコサウルスに会えたんだ。ありがとね」
ネコサウルスはかすかに頷くと、そっと体を寄せた。
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