第1話 後編 なんでもない朝

──翌日。



僅かに色の濁った窓から差し込む朝の陽射しを受け、シルトアは目を覚ました。

軽く伸びをした後は家の前に流れる川で顔を洗う、冷水に濡れると眠気と共に嫌なことも忘れられる。


シルトアは手早く支度を済ませると家に鍵をかけ足早にギルドへと向かう、朝食は自分で作るよりギルドの食堂で済ませた方が味も効率も良いのだ。


「おはよ〜っす」


ギルドに到着したシルトアがドアを押し開くと

既にギルドには人が集まっており、食事をする者にクエストを受ける者や夜通しで酒を飲み続けている者も見られ朝でも活気に満ちていた。


すれ違いざまに他の冒険者と挨拶を交しながらシルトアは奥に進み、受付にいる1人の女性に声をかける。


「よぉミル! 今日も丁度いいクエストあるか?」

「何度も言ってるでしょシルトア! 私の名前はミルニア、ミルニア・カーリル! ちゃんと呼んでよね!」


振り返りながら怒る彼女は美しいブロンドの髪で結われた三つ編みをまるでしっぽのように揺らし、丸眼鏡の奥から覗く青色の瞳はシルトアを睨み付けていた。


彼女の名はミルニア、小さい頃からここで働いておりシルトアもよく世話になっている所謂幼馴染というやつだ。


「そんなに睨むなよ、眉間にシワできるぞ?」

「あんたの受けるクエストの報酬だけ減らすわよ、真剣に」

「うんごめん」


ひとしきりミルニアと話し終え、場の空気が温まった所でシルトアは本題を口にした。


「それで何かオススメのはあるか? 貼り出されてから長い間放置されてるやつとかがいいんだけど・・・・・・ これとかいいかな」


そう言いながらシルトアは見上げるほどの大きさの掲示板に貼り出されているクエストを吟味し、その中から奥に埋もれ所々破けている色褪せたクエストの貼り紙を手に取った。


「あんたまたそんな報酬が少ないものを、それじゃあいつまで経っても銀等級にすらなれないわよ?」


「だって長い間放置されてこの人も困ってるだろうしさ、やれることはやっておきたいだろ」

「そりゃそうだろうけど、せっかくあんたの為に用意したのがあるのに・・・・・・ 」


最後の方は声が小さくなり殆ど聞き取れず。

シルトアは聞き返そうとしたが上手く誤魔化され、先に朝食を済ませてこいと何故か怒り気味に言われてしまった。


「やれやれ、今日はいつにも増して当たりが強いな・・・・・・ 」


そんなことをぼやきながらシルトアは食堂に向かいカウンター席に座ると調理を行う職員に注文を伝える。



すると注文から数分で湯気の立つトレーが目の前に運ばれてきた。

そこに乗るのはギルド内の釜で焼かれたパンに分厚いベーコンを2枚、その上にトロトロの半熟に焼き上げた目玉焼きを乗せ塩胡椒を振りかけたベーコンエッグセットである。


このギルドでは朝の定番メニューで多くの冒険者がこの朝食を食べてからその日のクエストに臨む。

味の良さも然ることながら保存食とはいえ朝から肉を食える上に提供まで早い。

茶色いパンは固いが、わざわざパン屋に生地を持っていく手間も掛からないので楽なのだ。


「きたきた、やっぱりこれだよな〜」


1口齧ればパサついたパンの乾きを打ち消すベーコンの肉汁と半熟の黄身、これだから朝食はギルドで食べるに限る。





シルトアが朝食を楽しんでいると、ふと自分に向けられる妙な視線に違和感を覚えた。

辺りを見回すとその場にいる殆どの冒険者がシルトアのことを見ており視線が合った者から順に目を逸らす、何とも不思議な空気感である。


そんな時、ミルニアが真新しい貼り紙を手にこちらへ歩み寄ってきた。


(何だ? もしかして、まださっきのこと怒ってる?)


思わず身構えているとミルニアはシルトアの目前で止まり・・・・・・ 手に持った紙をこちらに突き出した。


「シルトア! あんたにはこのクエストを受けてもらうわ!!」


「お、おぅ・・・・・・ 」


余りの勢いに変な声が出てしまった。

手に取った貼り紙を読むとその瞬間、シルトアの目は丸くなり思わず驚愕の声を上げる。


「おい! これってまさか!」


その紙に書かれていた内容は"調査済みの遺跡にて新たに見つかった未踏領域の探索"という一文だった。



"遺跡探索クエスト"

それは新たに発見された古代遺跡の探索と共に棲みついた魔物を討伐し、後々調査を行う研究員の安全を確保するべく国からギルドに直接出される特殊なクエストである。


参加する冒険者におけるメリットは何を隠そう探索中に発見されたアーティファクトの所有権。


もし探索中に見つけることが出来れば発見者の物。

大勢がほぼ同時に見つけ第1発見者が不明瞭な場合は、探索隊のリーダーが所有権を持つこととなっている。


即ち探索クエストに参加出来さえすればアーティファクト獲得の可能性が得られるのだ。

そして、それはシルトアが夢にまで見たクエストだった。


「いやいやいや! これを俺に!?」


シルトアは酷く動揺した様子で目を大きく見開き、驚きの余り腕が木製のグラスを倒してることにすら気付かない程に取り乱している。


上手く状況を飲み込むことが出来ないシルトアは真っ先に思い付いた疑問をそのまま口にした。


「大体、俺は受けられないだろ! 銅等級だぞ!?」


シルトアが口にしたように冒険者には"等級"という区分が存在する。


等級は下から仮登録を意味する黒等級。

初心者の多い銅等級。

一人前と認められる銀等級。

熟練者の証とも言える金等級。

熟練者の中でも特に能力が秀でた者に与えられる白等級。


そして真の英雄たる存在、赤等級の以上6つに分けられている。


尚、赤等級は仕組みとして設けられているものの未だに到達した物は一人としていない。

あくまでも冒険者の意欲を高めるために作られた形だけの称号なのだ。


また冒険者は己の等級を示すギルドカードという物が各ギルドから発行され、都市や国の検問を通る際に身分証明書として機能し通行税が免除される。



そして冒険者はこれらの等級に応じ、受注できるクエストに変化が起こるのだ。


指定された等級の者しか受注出来ないクエストもあれば、推奨される等級以外であってもギルドの判断によって受注が可能な物などなど。


今回提示された探索クエストは後者の方、参加に等級の制限は無くシルトアにもチャンスがあるにはあるのだ。


しかし新たに遺跡が発見されること自体は非常に稀であり予測も不可能。

何より未探索遺跡にはアーティファクトが眠っている可能性がある為クエストの競争率が異様に高い。


そうなれば実際にクエストを受けられるのは推奨等級の者の中から選ばれるのが必然であり、申請はできても実際に銅等級の冒険者が加わるなどまず有り得ない。


「えぇ、普通ならそうね」

「"普通"なら?」


何か秘密があることを仄めかすような自信を感じる声で口にしたミルニアの言葉が引っかかる。

シルトアが未だに頭の整理をつけられないでいる中、彼女は話を続けた。


「今回の未踏領域の発見って実は結構前なの。 けれど職員の皆で口裏合わせてあんた以外の冒険者達には先に伝えていたのよ、今回の探索クエストをあんたが受けられるように1つ枠を残したいってね」




「・・・・・・は?」


シルトアは驚愕のあまり気の抜けるような声を漏らした。


冒険者なら喉から手が出る程参加したいクエストにわざわざ銅等級冒険者の枠を用意する。

そしてそれをさも当然のことのように笑顔で話すミルニア。


彼女だけじゃない、周りに座っている冒険者達も何やら満足気な表情を浮かべているがシルトアはまるで理解が追いついていなかった。


「ちょっと待ってくれ! なんでそんな俺が受けられるようになんて、大体そんなことギルドマスターの許可無しに出来ないだろ!?」




「俺の許可が、なんだって?」




ギルドに響き渡るその声に、その場にいた全員の視線が一点に集中する。

腹の底に響くような強い声、その声を知らぬ者はこのギルドには存在しない。


受付横の階段を軋ませながら降りてくるその脚は丸太のように太く、磨き上げられた筋骨隆々の肉体に獅子を称えたかのような逆立った金髪は見る者を圧倒させた。


いつもは騒がしいギルドが今この時に限ってはその男の登場を待っていたと言わんばかりに静まり返る。


「いたのかよ、カーリルさん」


少し気だるげな声色でシルトアはそう口にしたのだった。














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