墓石の天使 〜浅緋の盾が迎える世界〜
誉れのタンケッテ
第一章
第1話 前編 魔法なんてない
街は歓声に包まれていた。
市門が開き100人あまりの屈強な戦士達が街道を進み歩く。
今年で8つの歳になる少年は父親に連れられそんな英雄たちの凱旋を見に来ていた。
「見えるか? シルトア」
「人が多くて見えないよ、父様」
そう言うと父親は軽々とシルトアという名の少年を持ち上げ肩へと乗せる。
すると視界に飛び込んできたのは紙吹雪が舞う中、祝福の声に答える戦士達の華やかで眩しい光景だった。
「これで見えるだろう? 」
「うん! 父様!」
シルトアは普段見ることのできない
高さの景色に心が踊り目を輝かせる。
「よく見てろよ? あれが "冒険者"だ」
「ぼうけんしゃ?」
「世界には魔物っていう怖い動物がいるんだ、そんな怖い動物が増えて街に来たら大変だろ?
だからそうならないようにやっつけるんだ。
他にも困ってる人たちのお願いを聞いて助けてあげるのが冒険者って仕事だ、父さんも昔は冒険者だったんだぞ?」
父親の話に夢中になっていたシルトアだったが突如、今までの歓声をかき消す程の祝福の声が上がり思わずその声の先へと視線が移った。
その先にいる冒険者の姿に強く惹かれたシルトアは灰褐色の瞳を見開き、興奮混じりに父親に尋ねる。
「父様! 沢山の声を貰っているあの人は誰なの!?」
「ん? あぁ! あれは"メイガス"だよ」
そこには身の丈を超える大きな槍に大砲を小さくしたようなものが合わさった武器を背中に携え、誰もが振り向く程の麗しい美女と共に手を振る冒険者の姿があった。
「世界にはアーティファクトっていう不思議な武器があってだな、それを手にした者は────」
父親は何やら熱く語っていたようだがシルトアの意識は眼前の存在に釘付けになり、父親の話は一切耳に届いていなかった。
その力強い立ち姿に皆から溢れんばかりの賞賛を受けるその様はまるで。
「御伽噺に出てくる英雄みたいだろ?」
父親は全てお見通しと言わんばかりにシルトアの顔を見上げ声を掛ける。
ずっと物語の中にしか居ないと思っていた英雄が今、目の前にいる事実にシルトアの心は躍った。
そして強く願う『僕も冒険者になってあの人のような英雄になりたい』と・・・・・・
◇◇◇◇◇◇◇
──14年後。
ザオービグ王国
木々が生い茂る足場の悪い獣道の中、木漏れ日に照らされた黒髪のくせ毛が風になびく。
細身な体格の青年は質素で使い古されたロングソード片手に魔物を追いかけていた。
「ここまでだなラグート、お前で6匹目だ!」
青年は軽やかに跳躍し兎型の魔物、ラグートの前に降り立ち剣を構える。
魔物は青年の喉元を食いちぎらんと飛び掛るが、次の瞬間その魔物の視界は青年を捉えられぬまま闇に染まるのだった。
── 数時間後。
ザオービグ王国 首都 テルセリア
王国の首都たるこの街には5000人あまりの人々が暮らしており国王の評判も良い。
歪な円を描くような市壁に囲われた都市は常に活気に満ち溢れ、人間にとっては実に住みやすい国だろう。
ザオービグ王国は恵まれた土壌によって育てられた質の良い農作物や交易によって繁栄し、
いつも賑やかなこの街でも夜の帳が落ちると人々の喧騒は静まり返る、ここ"冒険者ギルド"を除いて。
カウンター席に座りながら果実酒を片手に
何やら熱く語るのは、ラグート10匹討伐のクエストを終えてギルドに戻ってきた青年。
その隣には青年とは対照的に、鍛え上げられた筋肉とハリのある白髪のオールバックが光るガッシリとした体格の男が座っていた。
男は青年の話を呆れたような表情で頷いているが、その雰囲気はどこか楽しげに聞いているようにも思える。
「なぁ聞いてるのか? 人がせっかくメイガスの魅力について語ってるって言うのに」
「聞いてるよ、まったくお前も飽きないな、良くもまぁそんな何個もメイガスの逸話が出てくるもんだ」
そう言うと男は木製のグラスに注がれた酒を口にし、整えられた顎髭をさすりながら青年に乾燥肉の乗った皿を寄越す。
「ほんとかよ・・・・・・ 他の奴らは最近忙しいとかで相手してくれないし、あんたくらいしか聞いてくれる奴いないんだから頼むぞ? ビルケス」
「はいはい、どうせ今日もメインを張る話は別にあんだろ? シルトア」
その言葉を聞いた青年シルトアは、よくぞ聞いたと言わんばかりに自慢気に鼻を鳴らすと懐に手を伸ばしつつ声を張り上げた。
「これだよ! ハートフェルト連邦で発生した大規模な
シルトアが灰色の目を輝かせながらビルケスに突き付けた1枚の羊皮紙、そこには。
『人魔共栄を掲げるハートフェルト連邦にて大規模な魔物襲撃が発生、狂血の異名を持つメイガスが掃討』
と大きな見出しで書かれている。
「新聞って、高かったろ・・・・・・ 全くメイガスのことになると相変わらずだな」
ビルケスは軽くため息をつくと、髭をさすっていた手で羊皮紙を受け取りひと通り眺めると口を開いた。
「確かに凄ぇな、天下のメイガス様でもこれを単騎でやれる奴はそういねぇだろうに」
「だろ!? やっぱり凄いよな! 俺もいつかアーティファクトを手に入れてみせる!」
そう意気込むシルトアに対してビルケスはまたも呆れた様子を見せる。
「まだ狙ってんのか、アーティファクト」
「そりゃそうだろ! そのために冒険者になったんだし、俺の夢なんだからな!!」
シルトアはそう言い放つとビルケスの持つ新聞の切り抜きを手元に戻し記事を眺めた。
「でもお前よぉ、そろそろひとつのパーティーに座ったらどうだ? 臨時で組むだけじゃ連携も団結も深まらねぇし。 実力はあってもずっと初心者の銅等級止まりのまま、メイガスになるなんて夢のままで終わっちまうぞ?」
その言葉を聞いた途端シルトアはさっきまでの様子と打って変わり、酒に酔って紅潮した肌の赤みが一気に引くと暗い顔つきとなった。
それまで持ち続けていた果実酒をテーブルに戻せば、その様子の変化にビルケスも何かを察したのか目を逸らす。
「そうだな今日は帰って休むよ、代金は」
「俺が払っといてやるからいいよ」
「助かる・・・・・・ じゃあまたな」
そう言い残しシルトアは確かな足取りでギルドを後にしたのだった。
「──ったく、まだ気にしてやがんのか」
独り残ったビルケスはやるせない気持ちを誤魔化すように一息に酒をあおる。
その脳裏に浮かぶのは何年も前にまだ冒険者になって間もないシルトアが血まみれでギルドに帰ってきたあの日の光景。
「あんなことさえなけりゃな・・・・・・ 」
ビルケスは空いた杯に溢れるまで酒を注ぎつづけるのだった。
──ギルドを出てからそのまま自身の家へと着いたシルトアは2階の寝室に入るや否や、腰に提げた剣と革防具を脱ぎ去りベッドに身を投げる。
しばらく経ってシルトアは身体を起こし、おもむろに枕元に置いた本を手に取ると火打石で蝋燭に火を灯した。
蝋燭の灯りに照らされた本の表紙に書かれたのは"アーティファクト"の文字、長く読み古したことで羊皮紙は所々破けてしまっているがシルトアは表紙をなぞりながら最初のページを開く。
『世界に存在するアーティファクト、それは古に勃発し世界を滅ぼした"古代瘴気戦争"にて開発されたとされる人智を越えた武具のことである。
この力を手にした者はまるで空想上に存在する魔法使いを思わせるほどの絶大な力を授かることから
シルトアは文章のひとつひとつを噛み締めるように読み込む。
この世界にはかつて高度な文明が栄えていたがある時、世界を終末へ導く戦争が起きた。
地表は荒れ果て残った大地には瘴気と呼ばれる大気が充満し、生き残る術を失った人類は1度滅んだと言われている。
その後再び人類がどのようにしてこの地に生まれ落ちることが出来たのか、瘴気とは何なのか、古代が残した多くの謎は未だに解明されていない。
『アーティファクトを構成するものは3つ。
絶大な破壊力と物語に描かれる魔法のように離れた距離から敵を打ち砕く力を合わせ持つ"武装"
メイガスとなった者に知恵と恩恵を与え英雄へと導く麗しい美女"神の使い"
アーティファクトに触れた者が力を授けるか否か判断する選定具"アーティクブレスレット"』
シルトアは開かれたページに描かれたブレスレットの模写を見つめる。
このブレスレットに選ばれることで絶大な力を手にし、神の使いと呼ばれる美女によって超人とも言える肉体を授かることが出来る。
シルトアは幼いころからこの本を読む度に何度も心を躍らせてきた。
しかしいつも最後のページで現実を突き付けられる。
『現代においてあらゆる戦力よりも強力とされるアーティファクトは国から許可を得て編成された探索隊による遺跡探索以外の方法で入手することは原則犯罪とされている。
探索隊に加わるには実力の認められた冒険者であること、もしくは同行出来るだけの地位や権力を持つ者に限る』
「俺には探索隊に参加出来る実力も地位も無い、かといって許可なく1人で遺跡に潜るなんて犯罪な上に自殺行為だ・・・・・・」
溜息を吐くシルトアの脳裏に響くのはビルケスの言葉、『そろそろパーティーを組んだらどうだ?』その言葉に頭が痛くなった。
シルトア自身仲間がいないとこの先やっていけないのは重々理解している。
しかしあんな思いをするくらいならもうパーティーなんて組みたくないし、そもそも自分に組む資格もない。
その過去がシルトアの心を長く縛り続けていた。
シルトアは本を閉じると蝋燭の火を吹き消し眠りにつく、過去の出来事から目を背けるように。
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