第5話 薄暮の強がり

 アルが監督室に戻ったのは、日が完全に落ちてからだった。

 窓の外は群青色に染まり、卓上スタンドの白い光が机の上の資料を照らしていた。

 シグマは端末に向かい、無言のまま指を動かしていた。

 背筋を伸ばしたその姿は、まるで戦場の士官のようだった。


「シグマぁ」


 ドアの隙間から声をかけると、シグマが顔を上げた。

 姿勢に似合わず疲れが隠せない表情に、アルは軽くため息をついた。


「アルか……どうだった?」


「受け皿はOK。ニックたちも協力するってさ」


「そうか。……助かる」


 短い返事の後、シグマは再び画面に目を落とした。

 その姿に、アルは少し呆れたように笑いかけた。


「でもお前……随分評判悪いぜ」


「その分、あの三人がいい子だから釣り合いは取れてる」


 真顔で答えるシグマにアルは思わず吹き出した。


「相変わらず天邪鬼あまのじゃくだな。……強がっちゃって」


 その言葉にシグマがジロリと睨みつけた。


 メンター制度で部屋が分かれる前は、五人は寮で同室だった。その中で最年少のシグマは割と強気な発言をしていたのだった。


「強がってない。俺は強いの」

 

 二人が話していると、入り口から別の声がした。


 「おや? 相変わらず強気な発言じゃないか」


 そう言って部屋へ入って来たタウの後から、ファイとローが続けて入って来た。


 アルが軽く手を上げると、シグマはさり気なく下を向いた。途端、タウが詰め寄った。


「なに企んでるんだ、お前ら」


「なんでもねぇよ」


 シグマが机の上の書類をまとめ、そそくさと片付けに入った。


 その様子をファイが眉を上げて見ていた。

 ローは穏やかに笑っていた。


「また何かやるのかシグマ。俺にも1枚かませろよ」


 タウの執拗な追求にシグマが断ち切るように答えた。


「何でもないったら!」


「シグマ、お前が“何でもない”って言う時は、絶対何かある」


 問い詰めるタウを、ローが止めた。


「そのくらいにしておきなよ。なんでもないって言ってるんだし」


 ローの助け船に内心ほっとしたシグマだったが、


「シグマ。監督生なんだから、問題起こすなよ」


 と、ファイが静かに釘を刺した。

 シグマはそっぽを向いたまま、


「監督生だから解決しないとな」


 と一言いうと、いきなりタウが後ろからシグマの首に腕を回して締めてきた。


「やっぱシグマ、お前なんか企んでるな。吐け!」


「やめろって、タウ!」


 慌てて止めるアルたちに、ローが声をかけた。


「早く帰らないと、部屋子が心配するよ」


 その言葉で三人はふざけるのをやめ、手際よく片付けを始めた。

 その様子を見て、ファイとローも笑いながら片付けを進めた。


「ちえっ。ろくに絡むこともできないのか」


 つまらなそうにつぶやくシグマの肩をファイが軽く叩いて声をかけた。


「じゃあ行こうか」


 そう促すと、五人は生徒会室を後にした。


 ◇


 寮の部屋に戻ると部屋子のローレンスが挨拶をしてきた。


「おかえりなさい」


 トーンの高い声、眉を下げたにこやかな笑顔、問題があるような子ではなかった。


 シグマはなぜ四年生になって情報に転科したのかが気にはなったが、本人が言わないのであえて聞かなかった。


 それは──シグマたちもまた、聞かれたくない事情を持っていたからだった。


「これが今日の授業内容です」


 そう言って差し出されたノートはシグマが出した課題だった。ノートをチラリと見たシグマの顔色が変わった。


「今日習ったところを書き出せって言ったよな」


 ジロリと睨んでもローレンスはにこやかな笑みを返した。


「はい、調べて書いたので間違いないです」


「調べてじゃない。授業を思い出して書くように言っただろう」


 シグマが声を荒げると、ローレンスはしゅんと肩を落とした。何も言わなくなったローレンスに


「やり直せ」


 とだけ告げると、シグマは背中を向け机に向かった。背中に、ローレンスもまた席に座り直す気配を感じた。


 シグマは正直、ローレンスを扱いにくい子だと感じていた。

 相性というのもあるのかもしれないが、何も言わない彼が、何を考えてるのか想像できなかったのだ。


 優しい声をかけたところでよくなるのか、そもそも謝らないと言うのは、案外根性があるのか……色々と考えていたときだった。急に背中から寝息が聞こえた。


 振り返ると、ローレンスは机に突っ伏したまま、すーすーと寝息を立てていた。


 起こしたところで頭には入らないだろうと、シグマはそのまま寝かせることにし、放置したのだった。


 ◇


「おはよう、ダン」


 翌日、情報の履修の為、専科棟にやって来たローレンスがにこやかな笑顔で挨拶をして来た。


「おはよう、ラリー」


 ダンはローレンスのことをいつもラリーと呼んでいた。

 だが、その声に反応するように、ローレンスはぐったりとパソコンの前に突っ伏した。

 それを見て、ダンが眉を上げて尋ねた。


「随分お疲れだな」


 そう言うダンにラリーは顔だけを向けて答えた。


「また部屋主に怒られた」


「なにやってんだお前?」


 ダンは訓練校からの編入の為、学園の授業ではなく情報の単位取得だけの生徒だった。もちろん寮も学園寮ではなく、専科寮の一人部屋だった。


「授業で習ったところを書けっていうから、間違えないように調べたのに怒られた」


 ラリーの話に少し疑問を抱いたダンが、短く尋ね返した。


「なんていわれたんだ」


「思いだして書けって」


「そりゃお前が悪い」


 いきなりそういわれ、ラリーがむくっと体を起こし、ダンを見ながら尋ねた。


「なんで?」

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