第6話 五戒粛清(5)

 そう言って彼女は手に持った、IC端末を掲げて、にっこりと微笑んだ。


「……は? 何が“ログ”だよ」


 大柄の男はそう言って少女を見下ろした。だが少女は笑顔を崩さず、涼しい顔のまま言葉を続けた。


「ここ、監視カメラ入ってるの知ってる? 記録出して、生徒会で確認したら、“割り込み三回目”ってことで、購買利用制限一週間コースだけど」


 にっこりと笑い首をかしげた。

 静かな空気が一変。数人が息を呑んだ。


「……冗談だろう」


 と少し凄んで見せたが、少女はその様子を半目で見つめ、


「冗談なら笑ってるよ。ほら、後ろ戻ろう?」


 と催促した。男は無言で列の後方へ移動した。少年も少し戸惑ってはいたが、少女に笑いかけられ頷いて列に戻っていった。


(ネクタイの色からすると中級3、4年生ってところか?)


 タウが観察していると、少女は軽く笑って列に並ぶ生徒へ声を掛けた。


「お騒がせしました。購買部の皆さんも、業務をどうぞ」


 販売係の職員が、苦笑いを浮かべてレジを再開させた。少女はタウの横を通り、何も買わずに店を出ていってしまった。


 その後ろ姿をしばらく見ていたタウに、レジを終えたローが声を掛けた。


「あの娘、怒鳴りもしなかったね」


 するとタウが身震いしながら言った。


「……なんか優しい顔してるのに」


 タウを見ながらローが話を続けた。


「あれが“記録係”ってやつ。4年にして生徒会候補生。生徒会室に出入りしてる。」


「じゃあ……」


 タウの言葉に、ローは頷いて続けた。


「校内のあらゆる記録監査に立ち会える。無用な情報も消せる。別名“火消し人”」


「こわっ……」


 二人は目の前で起きた出来事を受け、生徒会の存在が、ますます得体の知れないものに感じていた。


 ◇


 その日の夕食、タウたちとはクラスが違うため、ファイとシグマ、それにアルの三人は先に食堂へ来ていた。


 食事のトレーを持ち、三人が席についたときだった。金属のトレイがぶつかる音が食堂に響いた。


 音の方向をみると、長テーブルの一角で、2人の生徒が睨み合っていた。片方は6年の訓練班の代表、もう片方は4年の四人グループだった。


「この席は俺らの班がずっと使ってんだろうが」


 6年の男が先に凄んだ。


「時間内に来なかったのが悪いだろ。訓練延びたの、俺のせいかよ」


 威勢よく4年のひとりが立ち上がると、椅子が倒れ、スープが床に散った。


 ◇


「あーあ。もったいない。 あれじゃおかわり貰えないよな」


 他人事ながら、アルは心配していた。すると、食堂の奥、窓際の席で静かに食事をしていた生徒が、フォークを置いた。


 整った制服、まっすぐな姿勢、淡々とした表情のまま立ち上がる。


「誰?」


 シグマがファイに耳打ちをした。するとファイが


「生徒会副会長のセドリックだ」


 と短く答えた。


 周囲がざわめき始める中、彼は静かに問題のテーブルへと歩み寄った。

 声を荒げることなく、乱闘寸前の二人の間に立つ。


「言い分があるなら、文書にして生徒会へ提出してくれ。……ここで解決する必要は、ない。」


 恐ろしく圧の掛かった声だった。


「お前、生徒会ってだけで…」


 そう言う男に一瞥をむけ、セドリックは話を続けた


「肩書“だけ”では動かない。私は“規律”の代理として動く」


 動じず冷ややかに放たれた言葉に、少しの沈黙が生まれた。


 上級生が舌打ちをして引き下がる。もう片方の生徒も、怒りを押し殺してトレイを拾い直した。


 セドリックは少しだけ首をかしげるようにして周囲を見渡した。


「他に問題がある者は?」


 だが、誰も何も意見を言うものはいなかった。


 彼は頷くと、何事もなかったように自分の席へ戻っていった。


 再びシグマがファイに尋ねた。


「……あれが副会長?」


 それに付け加えるようにアルが呟やいた。


「凄いな。怒鳴らなくても、空気が凍るなんて……。てか、何者なんだよ、あいつ」


 そう言ったときだった。セドリックが顔をあげ、アルたち三人に気がついた。


 びっくりして目を丸くするアルたちを見て“フッ”と軽い笑いを浮かべた。


 ◇


 生徒会の噂はすこぶる良かった。


 シグマの調べた“エイデン”と“ノーラン”もともに5年生で、後輩の面倒見の良い上級生だった。


 だが、ローの得た情報通り、その組織は機能していた。“ものを言わせぬ制圧”それが生徒会だった。


「狙った奴らが何も言って来ないのは、絶対におかしい!」


 たまりかねたシグマが叫んだ。

 あの日以来、襲撃もなく何も仕掛けてこなかった。


「同じ部屋だし、“寺”のことも知ってるんだろう?」


 タウが尋ねると、


「こっちが調べてるのも知ってるだろうな」


 ファイはそう言いながら、机の上に広げた生徒会名簿のリストをトントンと指で叩いた。


 ◇


 そのリストは生徒会室に出向いた際、壁にあった名簿表をファイが覚えて帰ったものだった。


 リストには、執行四人との三役員が各二名ずつ、それに、予備軍の4年生“二名”の名も明記されていた。


「生徒会長って“情報”だよな」


 ふいにタウが聞いてきた。シグマがピクリと反応を示した。


「そうなのか、アル?」


「いや俺、会ったことないから」


 情報科とはいえ、実際には授業が重ならない限り、教室で会う機会は少ない。本来なら放課後、課題履修にも来ていれば別なのだが──。


「仕掛けてこないのかな? それとも既に、根回しされてるか……」


 ローの呟く傍で、アルが珍しく名簿を睨みつけていた。

 

「アル。どうする?」


 ファイの質問に、アルがハッと顔を上げた。その後、ファイを見ながら、


「さあ、どうしたもんかな」


 と笑いかけた。だが、


(……仕掛けてはいるんだけどねぇ)


 誰にも言わなかったが、アルの心の中には一つの決意が宿っていた。


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