第6話 五戒粛清(4)
生徒会に狙われたアルの情報を探りに、ファイは2組の委員長として生徒会室を訪れていた。
部屋には会長のジャックをはじめ、幹部たちが静かに執務をこなしていた。
ファイは落ち着いた様子で言葉を発した。
「3年生が上級生から狙われたという噂が立ち、うちのクラスの者たちが怯えています。対応を願えますか」
これは挨拶でも、相談でもない。針の先ほどの切っ先を見せる質問だった。
ジャックはすぐに微笑みを浮かべて答えた。
「そうなんだ、情報をありがとう。こちらでも確認してみるよ」
一見すると穏やかな応対だった。だが、彼の目の奥には測るような光が見て取れた。
ファイはにこりと笑い、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その笑みの奥で、別の感情が冷たさを孕んでいた。
(やっぱり、本音は見せない。反応は予想通りだな)
静かに背を向け、ドアへ向かおうとするファイだったが、数歩進んだところで背後から名を呼ばれた。
「ファイ・クラーク」
その言葉に立ち止まり、肩越しに振り返った
「はい?」
静かに目を向けた先で、ジャックが首を少し傾けて言った。
「君は編入生だよね。よく学級委員長になれたね」
それはまるで、“おかしいと思わないか?”と言わんばかりの探るような視線だった。
ファイは笑みを崩さず彼に告げた。
「編入生だから、押し付け易かったのかもしれませんね」
相手の意図を正面から受け止めず、あえて流した視線からは、笑みが消えていた。
(それ以上踏み込むなら、こちらにも考えはある)
そう内心で呟きながら、ドアに手をかける。
だが、出る直前に、ふと立ち止まり、振り返らずに言葉を発した。
「……それでも」
まるで忘れ物を思い出したかのように振り向き、続けた。
「“誰か”に手を出されれば、僕も委員長として黙ってはいませんから」
明らかな宣戦布告だった。
真正面から見据えるその顔に、部屋の空気がピンと張り詰めた。
顔色を変える役員たちを前に、ファイは軽く会釈をすると部屋から静かに出ていった。
室内の空気が、数秒だけ固まった。
廊下に出たファイは、足を止めた。
ドア越しに、内側の声が漏れ聞こえてくる。
「あれが“寺”から来た五人のうちのひとりか」
「乗り込んでくるとは、アルファからの差し金か?」
「落ち着き払って、可愛気のない小僧だな」
全てが筒抜けで聞こえた。ファイは小さく目を細める。
(やっぱり、生徒会絡み。しかも、“寺”の出身とアルとの関係まで筒抜けか)
伏せた目が、目標を見つけたように見開いた。
(アルに何かあれば、たとえ生徒会でも許さない)
その目に、一瞬だけ冷たい光が宿った。
何も言わず、何も残さずに、ファイは廊下の奥へと静かに歩き出した。
◇
午後の授業中、シグマは窓から運動場で練習する生徒の様子を眺めていた。
授業は英語だったので、教科書を一読し、あとは外での練習風景を横目で観察していた。
「エイデン、急いで! 隊を全滅させる気?」
女性教官の声が2階の教室まで響いていた。
「ノーラン、寝るなら寮に帰ってからにして!」
容赦ない罵声が飛ぶ。
(あの夜の二人はエイデンとノーランか……)
シグマはその様子を盗み見ながら、アルを襲った二人を特定していたのだった。
◇
隣のクラスではタウが皆に話し掛けていた。
「家族がマジ最悪、俺なんてアニキが悪いからって俺までこんなとこに放り込まれたんだぜ」
「最低だな。俺、ちゃんと味方になるぜ」
タウの話を受けて、ケイブが答えた。
「だけど、ここって6年まであるんだろ? 上級生とかいじめられねぇかなぁ」
「大丈夫さ。生徒会がそこは見張っててくれる」
「信用できんのか?」
「ああ、よく上級生の喧嘩も仲裁してるから、なにかあっても安心さ」
タウの集める情報に、生徒会の悪口は皆無と言ってもいいほどなかった。
◇
課外授業の基礎訓練が終わると、タウはローとともに購買部へ向かっていた。
「だけど、アルが狙われたんだぜ? 理由が分からねぇ」
コース3回、腕立て伏せ、ロープ登りと“基礎訓練”は結構きつかった。
「そこだよね」
そう言いながらローも購買部の中へ入った。
購買部は管理棟の裏、プレハブのような建物の一角にあった。寮などからは少し離れていたが、訓練場からは近かった。
中に入るとひんやりとした空気に、冷蔵庫のブーンという音が重なっていた。壁際の棚には、補給食やスナックと並んで、袋入りのパンが所狭しと並べられていた。
「あった……! シナモンロール、残ってる!」
目を輝かせてローが声を上げた。
「お前、どんだけ甘いもんに命かけてんだよ?」
タウが呆れ気味に言った。普段は静かなローも甘いものには目がなかったのだった。
「訓練のあとで甘いの食わなきゃ、体が回復しないんだぜ。エネルギー補給とか、医学的に!」
そう言ってローは冷えた缶のチョコレートミルクと一緒にシナモンロールをレジに持っていった。
さすがに練習あとだけあって列は混んでいた。列に並ぶと列の中ほどで、声が上がり周りはざわつき出した。
「ちょっと!今割り込んだだろ!」
その声に遠くにいたタウも、様子を見るために位置をずらした。
「は? 後ろがトロいから前に来ただけだろう」
凄んでいたのは少し大柄な男だった。どうやら下級生の前に割り込んだようだった。
「ふざけんな!お前、いつもこうだよな!」
その男は、いつも割り込みをしてるようで文句を言ってる少年もまんざら知らない仲ではなさそうだった。
「ふん……?」
タウが遠目に見ている中、列に並んだ生徒たちもざわざわと騒ぎ始めた。そのときだった。
列の端からひょいと姿を現した少女がいた。小柄で目立たないが、襟にはしっかり生徒会章のバッジが光っていた。
「はい、こっち見て。今の言い争い、ログに記録していい?」
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