【おまけ改二】 ぎゃると個室で二人きり
市内にある某カラオケ店へ。
人生ではじめて入るが、小雨さんは違うようで会員登録をしているようだ。
しかも、今回利用するお店はセルフ。店員がおらず、セルフレジで済ませるようだった。
「へえ、凄いな。今時のカラオケってセルフなんだ」
「うん、少し前からこういう店が多いみたい。ヒトカラにはありがたいよ」
そうなのか。小雨さんってヒトカラするんだ。てっきり、女友達か……もしくは他の男とかなんて思ったりもしたけど、その可能性は限りなく低くなった。
……ちょっと安心した。
「ヒトカラかぁ、俺にはハードルが高いな」
「慣れれば平気だよ。今はひとりで行く人も多いし!」
「なるほどね」
「それにホラ、今は二人じゃん」
それもそうだな。一人では厳しいが、小雨さんとならどこでも行ける気がする。
レジで受付を済ませ、ドリンクバーへ。
俺はコーヒーを、小雨さんはジンジャーエールにしていた。そして指定の部屋へ入る。
部屋は完全な個室。液晶、テーブル、ソファとくつろぐには十分すぎる設備が整っていた。……へえ、こんな感じなんだ。ちょっとした休憩にも良さそうだなと俺は思った。
ソファに腰を下ろした瞬間、俺は緊張に包まれた。
よくよく考えれば小雨さんと個室で二人きり。しかも、密着寸前な距離感で小雨さんは俺の隣に座った。……ち、近ッ。シャンプーの香りがするほど近い。
「…………小雨さん、その」
「曲はこの端末で入れるの」
どうやら、この距離感をあまり気にしていないらしい。……俺が幸せだからいいけどっ。
端末の操作方法を教えてもらいながらも、小雨さんは曲を選択していく。意外にもアニソンを選んでいた。へえ、好きなんだな、そういうの。
という俺も、まともに歌えるものといったらアニソンかボカロくらいだった。
なんだか親近感が沸いた。
小雨さんはギャルだから、邦楽だとかそっちばかりと思っていたけど、これは朗報だ。
さて、どんなアニソンかなぁと期待していると――なぜか“演歌”に変貌していた。いつの間にかジャンルを変えていた!?
握りこぶしを作り、熱唱する小雨さん。……まてまて、いつの間に演歌にしていたんだ! しかも、かなり渋いっ。
き、北島三四郎の『南の漁場』……?
「――さぁぁぁぁぁ♪」
なんちゅう声量だ……!
まるで演歌歌手のようだぞ。
圧倒的な歌唱力に俺は感動さえ覚えてしまった。……小雨さん、スゲェ。
そうして歌い終わった小雨さんは、さっぱりした表情でマイクをテーブルへ置いた。
「ふぅ」
「す、すご……てか、なんで演歌?」
「最初はアニソンにしようと思ったんだけど、やっぱりストレス解消には演歌だなって思って。いつも初めは演歌にしてるの」
そういうことだったのか。確かに、あれだけの声量で歌えば嫌なことも吹き飛びそうだな。今の小雨さん、歌い切ってとても気持ちよさそうだ。
さて、俺もなにか入れるか。
・
・
・
「――ふぅ」
「おー、いいじゃん。霜くん、結構、歌うまいね!」
なんとかアニソン一曲を歌い切り、俺は額の汗をぬぐった。ヘタクソなりにがんばってはみたが、点数はあまりよくない。79点と微妙だった。
「恥ずかしいな」
「そんなことないよ。このアニメ、凄く人気だよね」
アニメの映像つきでちょっとテンションが上がったな。
「小雨さん、見たことあるんだ?」
「そりゃね、すっごく有名だもん」
両親や兄弟を殺された主人公は、鬼退治の旅に出るという話だ。目標がシンプルで分かりやすく、今や劇場版も公開されて話題になっている。
小雨さんはすでにアニメを全部視聴済みで、劇場版も行く予定があるらしい。
「よかった。さすがに知らない曲だとしらけるよな」
「ううん、あたしなんか初っ端演歌だよ。ごめんね」
「いや~、熱がこもっていてよかった。ちょっと胸が熱くなったし」
「そうかなぁ、褒めてくれてありがと」
そうして――
なんだかんだカラオケを二時間ほど楽しんだ。
はじめてにしては上出来だったかもしれない。思えば、プチデートになっていた。こんな楽しい時間は久しぶりだ。
燐とはカラオケに行ったことはなかったし、こういうデートみたいなことはなかった。ちょっと買い物へ行くとかゲームセンターへ寄るくらいだった。
会計を済ませ、店の外へ。
小雨さんは嬉しそうに俺の右手を握っていた。……握られていた!
「楽しかったねっ」
「う、うん。最高だったよ」
「今度、映画も見に行こ」
「ああ、鬼退治」
「そそ。ちょうど相手が欲しかったから」
「い、いいよ。俺なんかでよければ」
「やった。じゃ、今日は帰ろっ」
まさか次のデートも確約になるとは思わなかった!
映画なんてデートの王道も王道じゃないか!
俺の青春、はじまったな。
◆
【某留置所】※Side:溝口
「…………ありがとうございます。弁護士先生」
「いえいえ、溝口くんのお父さんにはお世話になっておりますからねぇ。これくらいお安い御用です」
眼鏡をクイッとあげる痩せ型の男。
コイツは親父のお抱え弁護士。
この男なら直ぐに手続きを進めて釈放までしてくれるという。……助かった。親父が金持ちで、それなりの権力があって。
これで相良に復讐ができる……!
いや、その前に女を漁るか。どうせ、親父がもみ消してくれるからな! 金さえあれば簡単に“和解”できるからな!
【おまけ甲へ続く】
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