僕はドサマギで告白したんだけど、あの返事をどう受け止めればよいのか分からない件
サンキュー@よろしく
『【三題噺 #111】「透明」「参考」「味」』での書き下ろし
友人が、カフェの窓の外をぼんやりと眺めていた。その横顔は、いつもよりずっと暗く、何か深い悩みがあるのは明白だった。僕が頼んだホットココアの湯気が立ち上るのを見つめながら、友人はゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、透明になりたいって、思ったことある?」
その突然の言葉に、僕は一瞬思考が止まった。
「…透明に? どうしたんだよ急に」
友人は僕の顔を見ず、小さくため息をついた。
「毎日が、もう本当に辛いの。誰かといると気を遣いすぎて疲れるし、かといって一人でいるのも、それはそれで孤独を感じる。何をやってもうまくいかない気がして…いっそ、透明になって誰にも気にされずに生きていきたい」
僕は友人の言葉に驚きつつも、どこか寂しげな響きを感じ取った。無理に明るい声を出すのは違う気がして、少し考えるようにカップに口をつけた。
「透明に、かぁ。でもさ、透明になったら、一体どうなるんだろうね?」
僕は、頭の中でふと浮かんだ雑学を口にした。
「面白いことに、海の底には透明な生物がたくさんいるんだよ。例えばクリオネとか、深海魚の稚魚の一部とか。彼らは捕食者から身を守るために透明になったんだって。まさに『誰にも気にされたくない』の究極の形だよね」
友人は、少しだけ興味を引かれたように僕を見た。
「うん…そうだよ。私もそうなりたい。誰の視線も感じずに、ただ、そこにいるだけ…」
「でもさ、もし本当に君が透明になったら、僕も君を見つけられなくなるよ。話もできなくなるし、いつものカフェで、こうやって一緒にココアを飲むこともできなくなる。それは、寂しくない?」
友人は何も答えず、ただココアの表面に映る自分の顔を眺めていた。その表情は、やはり晴れない。
「君が透明になりたいのは、本当に『誰にも気にされたくない』からなのかな?」
僕は少し間を置いて、続けた。
「それとも、『誰にも傷つけられたくない』、でも心の奥底では『誰かにはちゃんと見ていてほしい』、そういう複雑な気持ちが混ざってるんじゃないかって、僕は思うんだけど」
友人の瞳に、少しだけ迷いの色が浮かんだ。
「…どうだろう」
「それにね、人間って本来、社会的な動物なんだよ。心理学者のマズローが提唱した欲求段階説でも、生理的欲求や安全の欲求の次には、所属と愛の欲求、つまり『集団に属したい』『愛し愛されたい』っていう気持ちが来るんだ。完全に透明になって誰とも関わらないというのは、もしかしたら、人間が持つ根源的な欲求に反することなのかもしれない」
友人の視線が、僕に戻った。少しだけ、考えるような表情だ。
「今君が感じているその辛さも、きっと人生の複雑な『味』の一つなんだと思う。そして、この苦しみを乗り越える経験は、君がこれからどう生きていくか、良い『参考』になるはずだよ」
僕は、とっておきの提案をするように、身を乗り出した。
「だからさ、透明になって消える代わりに、少しだけ『特別』になってみない? 君自身の『色』を見つけて、君にしか出せない『色』で、この世界を彩る側に回ろうよ。君が輝けば、君を見てくれる人もきっと現れる。それは、透明になって誰にも気にされないのとは、全く違う景色のはずだ」
友人は、僕の言葉をゆっくりと噛みしめるように、小さく頷いた。その口元に、少しだけ微笑みが浮かんだのが見えた。
「…そっか。私の、色…」
その顔は、ようやく少しだけ、晴れやかになったように見えた。
「透明になりたいって気持ち、すごくよくわかる。誰だって、人間関係で傷つくのは怖いからね。でも、君は透明なだけじゃなくて、世界を彩る特別な色になれるはずだよ。僕は、君がどんな色になるのか、見てみたいな」
友人は、もう一度僕を見て、そして初めて、穏やかな笑顔を見せた。その笑顔は、透明になんかなりたくない、と、はっきり物語っていた。
僕は、その笑顔を見て、いてもたってもいられなくなり、ふと口から言葉がこぼれた。
「それにさ」
友人が首を傾げた。
「僕にとって、君はもうとっくに、すごく特別な『色』だよ。君がいるから、僕の世界はこんなにも鮮やかで、色々な『味』があるんだ。だから、君が透明になったら、僕の世界も、きっと色を失ってしまう」
友人は、目を見開いて僕を見た。その瞳に、驚きと、そして微かな光が宿った。
僕は、恥ずかしかったけれど、真っ直ぐに友人の目を見て続けた。
「だから、お願いだから、透明になんてならないでほしい。君のその色で、これからも僕の世界を彩っていてほしいんだ」
友人は何も言わず、ただ僕の顔を見つめていた。やがて、その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。けれど、それは悲しみの涙ではなく、どこか温かい、安堵のような色をしていた。
友人は、少しだけ震える声で、小さく呟いた。
「…ありがとう」
その言葉は、僕にとって何よりも、世界で一番、鮮やかな「色」に聞こえた。
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