第35話 エピローグ

丘の上の教会で執り行われたビアンカ前女大公の葬儀は、国王も参加するほどの盛大なものとなった。

参加した皆が、女大公として生涯を捧げてブレナン領を守り、発展させてきたビアンカの偉業を称え、別れを惜しんだ。

教会での葬儀のミサの後、運ばれたビアンカの棺は、ブレナンの街を見渡せる丘の上、オフィーリアの隣に埋葬された。


『ビアンカ・フォン・ブレナン』


墓標の銘にも、教会の中の慰霊碑に彫られた真新しい名にも、遺言通り『ルクセル』の家名は残される事はなかった



貴族の執り行う葬儀に近づけない領民たちは、教会を取り囲むように集まって弔鐘と共に祈りを捧げていた。

ビアンカは人々の好意には身分など問わずに心を込めて礼を言う人だった。

平民の子どもたちがあの水色の小さな花冠を持って走り寄って来た時も、目を細めてそっと受け取り、順番に皆の頭を撫でていたのだった。


『ブレナンの子は皆私の宝物だわ』


かつてのビアンカの言葉や姿が皆の心に残っているのだろう。

葬儀が終った後も墓標や教会は人々の献花が絶えず、常に美しい花々に囲まれている。




遺言の執行者に指名されたロバートとヴィクトリアは、葬儀の前夜、パーシヴァルとエマ、そしてその子、孫たちと共に空の棺と共に教会を訪れた。

侍女長のダフネを始め、多くの使用人たちも共にビアンカとの最期の別れを告げにやって来ていた。

慰霊碑の前に安置されたビアンカの棺は、最期のお別れに訪れた領民を含め数多の人々からの献花に埋め尽くされている。

皆で棺の前に跪き、祈りを捧げた後にそっと棺の蓋を閉じて運び出し、代わりに空の棺を安置した。

そしてビアンカが家族と呼んでいた皆の手で馬車に乗せられて、晩年を過ごしたブレナンの別邸に運ばれた。


後に残ったロバートとパーシヴァルは、空の棺の中に一冊の本を置いた。

それは、ビアンカが最晩年の出来る限りの時間を費やして書き上げた一代記ともいえる著書だった。残す資料としては抒情的すぎると言いながら、しかし『大切な人々との思い出や別れを、感情を殺して書く事は出来なかったの』と言いながら、眉尻を下げて愛おしそうに出来上がった本の表紙を撫でていた姿が思い出される。

私の人生そのものだからと、空の棺に入れるようにと託されていた。


『愚か者の後悔』


そう記された表紙を目にして顔を上げたロバートに、ビアンカは穏やかに笑いながら告げた。


「愚かである事を自覚していれば、周囲の人々の助けや助言を素直に受け取れるわ。そして、それが自身の幸せにも繋がるのよ。もちろん全て鵜呑みにすることはないし、分かっていても譲れなかったこともある。どちらにしても後悔はあるわ。でもその選択をしたのは私。人のせいには決してしない。それを全部含めて私の人生なのよ」



葬儀を終えたロバートとヴィクトリアは、長年過ごしたブレナンと丘の上の皆に別れを告げ、故郷のガレリアへ向けて出発した。

二人はそっと棺の乗った後続の馬車に手を置いて微笑みかけ、声を掛ける。


「さあ姉様、ガレリアへ帰りましょう。レイヴン卿が首を長くして待ってますよ」



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