第32話 閑話 ブレナンの慰霊祭 ②

まるで水色に染まった斜面を映し出したような雲一つない青空の下、今年もブレナン大公領の慰霊祭が華やかに執り行われている。

街中が沢山の水色の花で飾り付けられ、女性たちは領民も訪れた多くの観光客も皆、水色の花冠を模した髪飾りを付けて祭に華を添えている。


侍女頭であり姪のダフネ曰く


「伯母様の大切なお二人の特別な日なのですから、伯母様が一番美しくなければ私たち侍女の名が廃ります」


そう言って毎年違った意匠を凝らして私を飾り立てるのだ。

今年もいつものように最後の仕上げに水色の花冠の髪飾りを付け、入念に確認して満足そうに頷くと、控える侍女たちと共に一斉にカーテシーを執って私を送り出してくれる。


「行っていらっしゃいませ」


毎年見慣れたこの風景が、今日はなぜか一枚の絵画の様に見える。


「皆ご苦労様、今年もありがとう」


そう皆に声を掛け、少し寂しさを含んだ、それでいてどこか懐かしい様なその風景を目に焼き付けるように眺めて、迎えに来てくれたロバートとヴィクトリアと共に丘の上の式典に向かった。

式典は、ブレナン領の伝統である剣舞の奉納で始まり、慰霊碑に皆で祈りを捧げた後に大きな花冠を供えて終了する。


式典が終了した後、私は二つの墓標に花冠を供えてこの一年の出来事を報告する。

この地に移り住んだ頃は弟のルイスが、その後は参謀となったレイヴンが加わり、ルイスとレイヴンを見送ってからはロバートとヴィクトリアが私の長話に付き合って見守ってくれている。


なぜだか今日は目にするもの全てが美しい瞬間を切り取った絵のようにきらきらと輝いて見える。その一枚一枚を大切に心に納め、今年も恙なく特別な日を終えた。



街は祭の余韻を残しながらも普段の穏やかさを取り戻している。

慰霊祭の後からは床に就く事が多くなり外へ散歩に出る事がほとんど出来なくなったが、体調が良い日はロバートが車椅子を押して丘の見えるテラスに連れて行ってくれる。

ダフネの淹れてくれるおいしいお茶を頂きながら、三人で水色に染まった丘を眺めて先日の慰霊祭の話で笑い合う。


今では慰霊祭の剣舞は騎士たちの大切な晴れ舞台になっている。

騎士目当ての女性の見物客が多くなって来た頃から、そちらへの牽制と本人へ自覚を促す意味を込めてサッシュベルトが色分けされるようになった。

妻や子へ披露する者は紫、恋人や婚約者へ披露する者は赤、決まった相手のいない者は黒、そして、心に決めた相手がいる者は白。

ある年からサッシュベルトに刺繍が施されるようになり、お相手の女性は対になる刺繍のリボンや付け襟を付けるようになっていった。

それは年々華やかになっていき、数十年経った今ではブレナン領の刺繍技術はホーエン王国一と言われる程になっている。


騎士の妻のダフネも長年夫の晴れ舞台の為に刺繍の腕を磨いてきた一人だ。

一線を退いたダフネの夫はもう剣舞に参加する事はないが、そう言った夫婦は慰霊祭に合わせてそろいの刺繍で襟元を飾っている。

今でも毎年意匠を凝らし、慰霊祭が終ると同時にもう来年の為に図案を考えているダフネ曰く、『これは騎士の妻たちの戦いでもあるのです』と力説している姿に思わず声をたてて笑ってしまった。


若者たちの原動力で領が繁栄するのは喜ばしい事だ。

そしてそう言った事に注力できるだけの余裕が領民にあるという事に安堵もする。


ふと、生涯私の参謀であり続けたレイヴンの白いサッシュベルト姿が脳裏に浮かんだ。



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