第16話 愚か者の恋-バーバラ ④

シェリーを落ち着かせ、応急処置の手配をして部屋を出るまでの間、あの男はわたくしに突き飛ばされてしりもちをついた状態のまま呆然とわたくしたちを見ているだけだった。

本当は女性騎士のノーラに運んでもらうのではなく、子供の頃のようにわたくしがおぶっていきたかった。

しかし、わたくしの足首は自分を支えて歩くのがやっとだった。


あの男に掴みかかられた時は突然の事で恐ろしくて動けなかった。

しかし今、暴力によって手籠めにされかけ心をも壊されかけたこと思い起こすと猛然と怒りが湧いてきた。


脳裏に焼き付いた光景と手を掛けられた感触が思い出されるたび、怒りと憎しみと嫌悪感が募っていく。


金輪際この男のために指先一つ動かす事はしない。

今まで通りの態度で接するのは公の場とシェリーの前だけだ。

それはこの男のためではなく、この国のため、シェリーのためだ。


シェリーの応急処置をして医師の診察を受けている間、あの男は私の部屋へやってきたようだが、シェリーの心配だけしかしないあの男の言葉に怒りを覚えた父のガレリア侯爵に体よく追い返されたようだ。

わたくしは足首の酷い捻挫に加え、手首と指の骨にヒビが入り、手を掛けられた首には生々しく指の形に痣が出来ていた。


わたくしは怪我の治療を終えるとすぐに父のガレリア侯爵と共に両陛下と王太子殿下へ謁見を申し出た。

既に状況の報告を受けていた国王陛下はすぐに謁見に応じて下さり、けがの状態と首の痣を目にした陛下は、あの男に向かって問い質した。


「そなたの所行に間違いないか」


あの男は私に向かって縋るような視線を向けたが、わたくしが目を合わせる事はなかった。


「こんな事になるとは思っていなかったのです。これには訳が・・・」


陛下はあの男を見据えて再度問われた。


「そなたの所行に間違いないか」


陛下の再度の問いに、あの男は絞り出すような声で答えた。


「はい。・・・ですが!」


ぱっと顔を上げて続けようとした言葉を陛下は遮った。


「状況は余すところなく影から報告を受けている。そなたには言い訳の余地などない」


視線を王妃に向けた陛下は王妃にも問うた。


「シェリル嬢とこやつの結婚を先延ばしにするなど、誰が許可した」


扇子で口元を隠し眉を顰めてわたくしの怪我を眺めていた王妃陛下は、国王陛下の問いに驚いたように答えた。


「この子がこんなにバーバラを嫌っているなんて知らなかったもの。もう一人子を望んで何が悪いの? そもそも側妃との結婚式なんて取るに足らない事、少し時期が延びるからって誰の許可もいらないでしょう?

 でもそうね、バーバラがそんなに嫌いなら側妃に降格して、シェリルをガレリア家の養女にして王太子妃として娶ればいいのよ」


さも名案だとばかりにぺらぺらとまくしたてる王妃陛下を尻目にじっと国王陛下を見据えていた父のガレリア侯爵が口を開いた。


「発言をお許しください。

 もとより我が娘への謝罪を期待しての謁見ではありませんでしたのでそれはさておき、

 王宮内では王太子殿下と我が娘バーバラ妃の不仲が急速に広がりつつあります。

このまま王太子殿下の非道な暴力を公にして王家有責で離縁するもよし、もしも婚姻を続けるおつもりなら、今回の責任の所在と措置を明確にし、バーバラ妃の立場と地位を守る為の各所への対処を即刻行って頂きたい。

お返事は本日の日の入りまで。私、ガレリア侯爵まで使者をお遣わし下さい。

それでは、これ以上満身創痍のバーバラ妃を立たせたままにしておきたくございません。

御前失礼いたします」


そう言うや否や、父のガレリア侯爵は、国王陛下のお言葉を待たずにわたくしを抱き上げて謁見の間を退出した。


「バーバラ、すまなかった」


国王陛下の声だけが父のガレリア侯爵の背中越しにかけられたが、父は足を止める事も振り向く事さえしなかった。


「お父様、こうして抱き上げて下さるのは子供の時以来ですわね」


安心感と心強さで体中の力が抜け、凝り固まって冷えていた気持ちが解れて行く。

真実の愛とやらで王妃を娶った陛下が愛と国と財、どれをどう取るのかが見ものだ。

国王陛下がどう選んでもガレリア家は揺るがない。高みの見物とさせて頂こう。


「わたくしの結婚の条件は、王家の子を産む事でしたわね」


「そうだ」


一瞬の躊躇いもなく答えた父が頼もしい。



部屋に戻ると、お母様とフォルン伯爵夫人が眠っているシェリーの手を取って寝台のそばに坐っていた。

ソファにそっと降ろされたわたくしの姿を見て、お母様は泣きながら優しく抱きしめて下さった。

フォルン伯爵夫人はハンカチを顔に当てて咽び泣いている。


謁見の間にシェリーを侯爵邸に移す準備は全て終わっており、馬車の手配を終えたアラン兄さまの到着と共に速やかに一行は出発した。

出発の直前、アラン兄さまは私の頭を乱暴に撫でて無言で馬車に乗り込んだ。


わたくしは一人ではないわ。

愛してくれる人々に笑顔を向けて馬車が見えなくなるまで手を振った。



その日の午後、わたくしの私室に待機していた父のガレリア侯爵へ国王陛下から使者が使わされた。


(今回の言動を重く見て王妃は幽閉する。ついてはガレリア侯爵夫人の実家であるノルマン侯爵領の領海に位置する孤島の邸を王家が買い取りたい。

 王太子の非道は厳重に箝口令を敷いた。シェリル嬢への接触はガレリア侯爵家の許可が下りるまでは一切禁じることとする。

国内外への貢献を見ても明らかなとおり、バーバラ王太子妃は得難い国の宝である。噂の払拭のため、ジョージ第一王子の生後半年を祝う王家主催の舞踏会を開催する。バーバラ妃にはその祝いの席への出席と、今一人王家の子を生す事を希望する。)


使者の持参した書類の内容を確認してそれぞれサインし、婚姻は継続されることになった。


次の日から私は執務に復帰した。

首の痣が消えるまでは部屋から出る事は憚られるという言い訳と共に、その日を境に共通の執務室ではなく以前のように王太子妃の執務室で仕事をする事にした。

出来る限りあの男を視界に入れたくない。


結婚式を1か月後に控えていたシェリーは、病気療養のため一時侯爵邸へ下がり、側妃としての輿入れが延期になったことが発表された。

非公式ではあるが、王命として接触を禁じられているにもかかわらず、手紙を送り、侯爵邸へ出向いている事が美談として噂されるようになった。王妃陛下が離れ離れになった二人の恋の橋渡しを得意げに吹聴しているからに他ならないが、王命に逆らっているつもりは無いようだ。

事情を知る高位貴族家の中には、幽閉が決まっている王妃陛下はともかく、その口車に乗っているあの男を見限ろうとする家門も出てきたようだが、それを目ざとく見抜いた人たらしのホーエン公爵に鮮やかに絡め捕られていった。


シェリルの療養が3か月を迎えるころ、ガレリア侯爵夫人のフローラとわたくしに王妃陛下からお茶会の招待状が届いた。


(どうしてあの子たちの恋の邪魔をするの?)


面倒だが行かない訳にはいかない。

何しろお会いするのは最後になるのだから、きちんと挨拶はしなければならない。


わたくしはお母様と共に王妃宮の庭園のガゼボでお茶を前に坐っていた。

30分も遅れてやって来た王妃陛下は、呼び出しておきながら詫びる事も挨拶もなく、坐ると同時に嬉しそうにわたくしたちに告げた。


「陛下が愛するわたしに、ノルマン侯爵領のプライベートアイランドをプレゼントして下さったのよ!邸の手入れがやっと終わって、明日には出発するの!

 海が一望できるバルコニーがあるんですって!素敵でしょう? 捕れたてのお魚もとてもおいしいそうよ。気の張る王宮でずっと頑張ってきたご褒美なんですって。

しばらくゆっくりすると良いって言ってくれたから、1か月ほど滞在しようと思うの。

愛されるってこういう事よ。

意地悪なバーバラには絶対手の届かない未来よね。あの子とシェリルの仲を無理やり引き裂いたりするから嫌われるんだわ。あの子のお渡りが欲しいなら、きちんとこれまでの事を謝って足元に身を投げ出すくらいしなきゃお情けはもらえないわ。

ガレリア夫人も、さっさとシェリルを王宮に戻しなさい。

わたしが帰るまでにきちんと言いつけどおりにしておくのよ。わかったわね二人とも」


言いたいだけ言って挨拶もなく去っていった。


ノルマン侯爵領はお母様の生まれ故郷だ。

王妃陛下の言う、プライベートアイランドがどんなところか誰よりも知っている。

邸の手入れはガレリア家が手配した。

海を一望できるバルコニーが家から伸びる桟橋である事も、自分たちで釣るのだから、お魚は捕れたての物しか手に入らない事も、船の定期便は月に2度である事も、そして生涯その島からは出られない事も、王妃陛下は知らない。


結局最後のお別れは言えなかったけれど、もう二度と会う事が無いのだからどうでも構わない。ひと先ず頭痛の種が一つ減ったというだけの事だ。


人の話を聞かない、思い込みが激しく直情的で感情に任せて後先を考えずに行動する、客観視が出来ない所は、びっくりするほどあの男にそっくりだ。

これは持って生まれた性格で、子どもの頃ならともかく、今から周囲の誘導や教育で変えることは不可能だろう。


王妃がまるでバカンスに行くように幽閉先へ旅立ってから10日程経ったある日、

あの日以来避け続けて顔を合わせていなかったあの男から、お茶会への誘いがあった。


シェリーはまだ医師からの許可が下りていないと返事をすると、君と話がしたいと返された。

ため息を吐いて執務机を離れると、侍女に化粧直しをと促されて鏡台の前に坐った。目の前にチョコレートの箱と、小さな小瓶が置かれていた。


その小瓶を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


動揺を悟られないようにそっと小瓶を手に取った。


「先ほどトビアス閣下が、疲労回復薬だとお届けくださいました。

妃殿下は働きすぎるからってご心配されていましたよ。

 それに、隣国から輸入される貴重なチョコレートもお持ち下さるなんて、さすがトビアス閣下ですね」


屈託なく笑う可愛らしい侍女に、声が震えないようお腹に精一杯力を込めて笑顔を作って答えた。


「チョコレートはたくさんあるわね。わたくしが一人占めするのは気が引けるわ。わたくしは一つ頂くから、あとは控室に持っていってみんなで少し休憩していらっしゃい」


侍女にチョコレートの箱を持たせて控室へ行くよう促し、鏡台の前で一人になると一息に小瓶の中身を飲み干した。


小瓶の中身は解毒薬だ。事前に飲むことでも毒を中和できる。


チョコレートの箱に描かれた紋章は、ガレリア侯爵家ともホーエン公爵家とも繋がりのない商会の物だった。毒の種類も入手先もルートも黒幕の貴族家も全て把握済という事だ。

鏡の中の不敵な顔の悪女がわたくしに笑いかけた。




談話室に入ると、既に人払いをしたあの男がソファに座って待っていた。

テーブルには淹れたての紅茶と、先ほど目にしたものと同じチョコレートが美しく盛り付けられている。


「突然のお呼び出しに取るものも取り敢えず馳せ参じましたわ。一体どのような火急なご用向きでしょうか。そうでなくては、わたくしと話したいとおっしゃるなど、槍でも降ってくるのではないかしらと気が気ではありませんでしたの」


部屋に入るなり挨拶もなく、突然切り出したわたくしの顔をあっけにとられて見つめる目の前の男にさらに畳みかけた。


「ご用がないならもう下がらせて頂いて宜しいかしら。文官たちを待たせておりますの」


わたくしが向かいのソファに座ると、男は気を取り直して話し始めた。


「今まで君は淑女の中の淑女だと思っていたから、先ほどからの話し方に少々驚いてしまったよ。どういった心境の変化だろうか」


どうせ何を言っても通じない。


「殿下のお考えと同じく、わたくしも殿下のために割く時間が人生で一番の無駄だと漸く理解できるようになりましたの。それで、ご用向きは何でしょうか。時間は有限でしてよ?」


動揺を見せない男は心にもないことをさらりと言う。


「しばらく君と話をする時間が取れなかったから少しでも交流をと思ってね。

 君の好きなチョコレートを手に入れたからお茶に誘っただけだよ」


わたくしも淑女の笑みを浮かべて対する。


「まあ、まるでわたくしと交流をしたことがおありのようなおっしゃり様ですわね。

 わたくしたちが二人だけでお話をしたのは、結婚式の前日だけですわ。

 ずいぶんと記憶が混濁されているご様子ですが、医師を呼びましょうか?」


わたくしはチョコレートを一つ摘み上げ、にっこりと微笑んだ。

 

「それにわたくし、チョコレートが好きだなどと誰にも話したことが無いのですけれど、

 どなたからお聞きになりまして?」


これには一瞬言葉に詰まった様子だったがあごに手を当てて、ふむと呟くと答えた。


「私の思い込みだったのかもしれないな」


ちょうどその時、談話室の扉がノックされ、返事をするとトビアス閣下が書類の束を持って入って来た。

至急わたくしのサインが必要だと言ってテーブルに置かれたので、急ぎ確認してサインをしていると、


「チョコレートなんて珍しいな。一つ頂くよ」


そう言って閣下がチョコレートを摘もうとした時、あの男はお皿ごと取り上げて遠ざけた。


「これはバーバラに用意したものだ」


何だ、ケチだなと言いながら、サイン済の書類を持ってトビアス閣下は退出していった。

閣下を見送ったあと、私が手に摘んだチョコレートをじっと見ていたので、口元に持って行ってやった。男がのけぞった所をテーブル越しに詰め寄り、さらに押し付けようとすると顔を背けた。その拍子にチョコレートは床に転がり落ち、男はほっとした表情をした。

その体勢のまま、射貫くように男の目を見据えて問うた。


「わたくしのために用意したチョコレートを、わたくし以外が食べられない理由は何でしょうか」


詰め寄るような体勢を変えず、もう一つチョコレートを取ろうとすると、男はお皿を遠くへ押しやりながらいった。


「これはもう溶け始めてしまったから、新しいものを後で届けさせるよ」


わたくしは指に付いた溶けたチョコレートを男の口元に擦り付けて耳元に顔を近づけて言った。

鏡の中の不敵な悪女と同じ顔で微笑み、出たのは思ったよりもずいぶん低い声だった。


「いらないわ。たった今大嫌いになったから」


男は嫌な虫でも見るような眼で私を見た。

それを見たわたくしが男の顔と同じ様な表情で男を見返すと、男はすぐに表情を取り繕った。わたくしもそれに倣って淑女の表情を貼り付けて、思い出したように明るく告げた。


「お医者様に診察を受けましたの。明日、子が出来る日です。

 懐妊が分かると同時にシェリーを王宮に呼び戻します」


それだけを告げてわたくしは談話室を後にした。


解毒薬の副作用なのか、あの男に対峙したストレスからか、頭痛が酷い。

申し訳ないけれど午後からの執務を休ませてもらうよう侍女に伝えてもらい、薬を用意してもらって少し眠ることにした。

侍女を下がらせて寝台のカーテンを閉じて一人になると、涙が溢れて止まらなくなった。


蛇蝎のごとく嫌われていると分かっていた。それでもなんとか穏やかな関係を築こうと努力したが、些細なきっかけで全ての努力も気遣いも無駄に終わったばかりか、大切なシェリーの声までをも失った。

そして今日、とうとう私は殺されかけた。


恐らく、敵対派閥の貴族の甘言にでも乗せられたのだろう。

シェリーとの仲を引き裂くガレリア侯爵家を失脚させれば、シェリーは自由の身になり殿下の元に戻ってくるなどといったところだろうか。

王太子妃を毒殺し、その毒入りのチョコレートをガレリア侯爵家御用達の商会が用意したと証拠をでっちあげれば、敵対商会もガレリア家も潰せて、一門の令嬢を王太子妃に祭り上げられる。シェリーさえ手に入れば王太子妃など飾りで良いあの男は、シェリーを質に取れば何でも言う事を聞く。正に一石三鳥だ。


なぜわたくしが自分を殺そうとする男を支えなければならないのか。

なぜわたくしは自分を殺そうとする男の子を生さねばならないのか。

考えても仕方がないと分かってはいても、今は涙が止まらない。


明日、またあの男と子を生すために体を合わさなければならない。

何としても一度で懐妊するよう祈るしかない。

そうでなければ私はきっと壊れてしまう。


そう考えてふと気が付いた。

一度目とは違い、なんとも思っていない男ではなく、わたくしの尊厳を踏みにじろうとし、殺そうとした男の子を身籠って、わたくしは正気でいられるだろうか。

怒りと憎しみの対象でしかないあの男の種が自身の中で育っていくと考えると全身に寒気が走った。わたくしは、身籠ったことが分かった途端、自身を引き裂いてしまうかもしれない。


そして、生まれた無垢の子を愛せないかもしれない、そのことがさらにわたくしを苦しめた。

自身の子どもには愛情を注ぎ幸せな子供時代を過ごさせたい。

わたくしがそうであるように、この苦境にあってもしっかり自分の足で立っていられるのは、無条件に愛してくれる家族がいるから。

母親に愛されない、そんな不幸な子をこの世に誕生させたくはない。





神様、愚かなわたくしの選択をお許しください。

ただ、わたくしには生きる希望が必要なのです。

生まれて来る子を愛するための縁が欲しいのです。

たとえそれが事実ではなくても、信じられる根拠があればそれを頼りに子を慈しみ共に生きていけるのです。





夜半過ぎ、わたくしは王太子妃の執務室の隠し通路を通り、王太子の執務室の仮眠室の扉の前に立っていた。

これは賭けだった。

扉の向こうに思う人が居なければ、わたくしは何もかも諦めて心を殺して生きていく覚悟を決める。

そう決心してそっと扉を開けた。



そこでわたくしは、目を閉じて簡易な寝台に横になっている希望の姿を認め、あふれる涙をそのままに彼の髪に触れた。


「神よ、哀れな私に一夜の夢を見せてくれたことに感謝する」

 

目を開けた彼は、神への感謝の言葉の後、子供の頃そう呼んでくれていたように、僕の可愛いバービー、と何度も何度も囁きながら力強く抱きしめてくれた。


「トビー様、これは一夜の夢なのです。夢の中の出来事は誰にも咎められることはありません」


わたくしはトビー様の胸に縋り、幸福な夢に浸った。

空が白み始め、夢から覚めたわたくしは自室の寝台に戻っていた。




そしてその晩、医師の見立て通りあの男とはまたしても一度の同衾で子を授かった。

程なくわたくしの妊娠が発表され、国内は祝賀に沸いた。


その喧噪の中、シェリーと結ばれた王太子殿下は側妃宮に居を移し、甘く穏やかで幸せな日々を送っていた。

シェリーしか見ず、執務の大半を王太子妃のわたくしに押し付けて優雅に暮らす王太子殿下は、程なく別の呼び名で呼ばれるようになった。


お飾りの王太子 と。



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