第15話 愚か者の恋-シェリル ④

乳母や侍女たちとジョージ殿下をあやしながらバーバラ様が王妃陛下との謁見からお戻りになるのを待っていると、廊下が騒がしくなりました。

すると息を切らせて侍女が飛び込んできて王太子殿下の暴挙を知りました。

私はすぐにお二人の入った部屋へ急ぎ、そこで無体を働かれようとしているバーバラ様の姿を見た瞬間、気が付けば王太子殿下の背中に羽交い絞めにするように飛びついていました。


やめて!

バーバラ様をこれ以上傷つけないで!

やめて!

殿下のそんな姿は見たくないの!

やめて!

私の愛する二人が傷つけあうのを見たくない!

やめて!やめて!やめて!


私の姿を認めたバーバラ様の目が驚愕に見開き、王太子殿下を突き飛ばして私を抱きしめて何か仰っています。


何も聞こえず、全てがゆっくりと流れていく感覚でした。


あぁバーバラ様!私のバーバラ様!

なぜあなたがこんな目に遭わなければならないの!

どうして!


(だめよシェリー!大声を出さないで!落ち着くのよシェリー!声を出してはだめ!)


私の頬を両手で挟んで、バーバラ様の口がゆっくりとそう動いています。


両手でバチンと頬を叩かれ、ゆっくりだった世界が元に戻りました。


「シェリル!! 黙りなさい!!」


私の意識が戻ったことを確認すると、バーバラ様はご自分の状態も顧みずに矢継ぎ早に指示を出しました。


「ノーラ!シェリーを私の部屋へ運んで!

すぐにガレリア侯爵家へシェリーの専属医師を至急派遣するよう伝えて!医師が着いたら即座に私の部屋へ!

シェリーの部屋からハーブ入りのはちみつを取ってきて!厨房に頼んで氷といつものミント水を急いで作ってもらって!

それから王宮に居るガレリア侯爵を呼んできて!フォルン伯爵家へ早馬で使者を送る準備を!

みんな!急いで頂戴!」


声と涙が止まった私は、バーバラ様の護衛女性騎士のノーラ様に抱き上げられてバーバラ様の自室に運ばれながらその指示をぼんやり聞いていました。



医師が来るまでにバーバラ様手ずから応急処置をして下さいました。

ゆっくりと少しずつミント水を喉にしみこませるように飲みながら、予防のために処方されたハーブを練り込んだはちみつを少しずつ舐め、氷で喉を冷やします。


子どもの頃、泣いて声を出してしまうと炎症が再発していた私を、手ずから優しく看病してくれたのは侯爵夫人のフローラ様でした。その間バーバラ様は私にぴったりくっついてずっと頭を撫でてくれていました。

バーバラ様があの頃のフローラ様の姿に重なりました。


バーバラ様は髪も服も乱れたまま、手や手首は腫れ、首元には痣が出来ていました。

あまりの事に私が話しかけようとすると、優しく指で唇を押さえられ首を横に振られました。


子どもの頃からずっと頼りにしていた先生はいつもと変わらない様子で診察してくださいましたが、目の奥に微かに悲し気な色が浮かんだ事で理解しました。

きっと私の声はもう戻らないと。


私は診察を終え、バーバラ様の治療を見届けてから、処方された薬でずっと眠っていたようです。目が覚めると、そこは王都のガレリア侯爵邸で与えられていた私の自室でした。

私は3か月の絶対安静を言い渡され、それ以降は医師の許可が出るまでガレリア侯爵邸に留まって静養することが決まりました。


(愛するシェリー

 その後無理をしてはいないかしら。あなたの体だけが心配です。

 ちょうど社交シーズンでお母様もシェリーのお母様のフォルン伯爵夫人も王都にいらっしゃる時期で良かったわ。この世で一番信頼できるお二人になら安心してシェリーを任せられるもの。

返事は書いてはだめよ!

あなたのバーバラより)


(大切なシェリー

 起き上がれるようになったと聞いたわ!本当に良かった!

わたくしも動き回れるようになったから、時間を作ってぜったいに顔を見にいくわね。

アラン兄様が報告に来てくれて、あのいつもしかめっ面の兄さまがわたくしよりも泣いていたの。見ものだったのよ。シェリーにも見せたかったわ。

返事はまだ書いてはだめ!

あなたのバーバラより)


(私のシェリー

 早く会いたいわ。シェリーがいないと何を見ても色がないみたいでさみしいの。

 でも、わたくしの心配はしちゃだめよ。くれぐれも自分の体を治す事だけを考えて!

 返事を書くのはもう少しの間我慢して!

あなたのバーバラより)


毎日欠かさず届くバーバラ様のお手紙を私は心待ちにして何度も繰り返し大切に読んでいました。ご自身も酷い怪我だったのにもかかわらず、相変わらず私の心配ばかり。

本当はお側で、声を掛けられなくても寄り添ってお慰めしたかったのに。


王太子殿下からは禁じられているにもかかわらずたくさんの手紙が届きましたが、どうしてもバーバラ様を襲った時の殿下の様子が脳裏を過ぎり、禁じられていることを言い訳にして一通も開封出来ずにいました。


また、王太子殿下は禁じられているにもかかわらず、何度かガレリア侯爵家邸にもいらしたようですが、ガレリア小侯爵として王都のガレリア侯爵邸を任せられているバーバラ様のお兄様のアレン様が、敷地に踏み入れる許可をなさらなかったそうです。


私の絶対安静の静養が終わるころ、フローラ様とバーバラ様が王妃陛下のお茶会に呼ばれました。招待状には一言、こう書かれていました。


(どうしてあの子たちの恋の邪魔をするの?)



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